幕間 風車の街と束の間の休息
「5 湖の街と仕事の代償」の続きです。
「風が気持ち良いわね」
カタカタ、と風車の回る静かな音が響く、街の高台。
山岳地帯にあるため、舗装らしい舗装もされていない広い道が続く。先に見えるのは、この街の門だった。
周りに見えるのは、まばらに建っている木造の建物と大きな段々畑のみ。店も必要最低限の物しか売っていない。
基本的に自給自足で暮らしている街の人達から見れば、十分に満たされた街なのだろう。
物々交換が主で、金という存在が皆無なのは僕達にとっては大きな痛手ではあるが、蛍の回復のためには致し方ない。
「蛍さん、体調はいかがでしょうか?」
「この街に来たお陰でバッチリよ」
しばらく動く事もままならなかった蛍も、だいぶ顔色が良くなってきていた。
もう数日この街で過ごせば、仕事にも復帰できるだろう。
「――ねぇ、環」
蛍が僕を見上げて、一言だけ。
「ありがとね」
柔らかに笑って、そう言った。
現時点で使える資金は食べ物のみ。
それもそのはず。仕事をしようともらえる物は限られているからだ。
空き家だった風車小屋の中で寝泊りしながら、次に行く街の事を考える。
街の為替がわからないどころか、外部からの情報がまったく得られていない。
辺境の地で過ごす事は、僕達にとってリスクが大きい。
「ここで暮らしていくのも悪くないかもしれないわよ?」
「……本音は?」
「飽きたわね……」
蛍の言う通り、どの街にも存在する「普通の生活」というものに馴染みがない僕達にとっては、逆に気が休まらない。
慣れればまた違うのだろうが、慣れるつもりもなかった。
「他の街にでも行く?」
そう蛍に問われ、考える。
彼女の体調はまだ万全ではないが、道中で休みながら歩けば回復していくはずだ。
数日分の食料もある。以前に訪れた街の金もまだ両替できるはずだ。
動くならば、手元の金が使える今のうちだろう。
「明日の朝、この街を出る。それで良いな?」
頷く蛍と、曖昧な返事をする灯。
「あたしの事は大丈夫だから。ね、灯ちゃん?」
「……わかりました」
灯の了承を得てから、今日一日は下手に動かず、小屋の中でゆっくり休む事にした。
夜、扉の開く音が聞こえて、目を覚ました。
中に誰かが入ってきた気配はない。
辺りを見渡せば、眠っている灯しかいなかった。
鞄を手に、彼女を起こさない様に外に出ると、そこに蛍の姿があった。
「起きたんだ?」
振り向かずに蛍は呟く。
「起こされた。こんな夜更けにどうした?」
夜空を見上げていた蛍の隣に立つと、彼女が答える。
「なんとなく、かな」
星空を眺めながら、ふぅ、と蛍は息を吐いた。
「こんな時間もあったのよね。あたし達だって」
「ああ。まったく、難儀な仕事を選んでしまったな」
クスッと彼女が笑う。
「でも、その方が飽きないか」
「慣れてしまった以上は。逆に『こんな時間』が肌に合わないな」
そう答えると、蛍も頷いた。
果たして、昔の僕達はゆっくりと流れていく時間の中で過ごしてきただろうか。
思い出そうにも、あまり記憶に残っていなかった。記憶に残していなかったのかもしれない。
生きるために必要な事だけを学び、そして今も生きている。それで良かった。
「やっぱり、思い出すだけムダね」
「ああ、そうだな」
一つ息を吐いて、蛍が僕と向かい合った。
「ねぇ、環。こんな時に聞くのもおかしいんだけど……」
「……再契約する日を忘れたか」
「さすが環。ご明察」
クスクス笑う蛍に対して、僕はため息で返した。
「暇な今の内に、再契約しておくか?」
「うん。そうする」
鞄に入れてあったリンゴを手に、僕達は契約の儀式を始めた。
そうして、僕達の時間が過ぎていった。
「――さてと。環、ちゃんとあたし達の事、守ってよ?」
朝起きてからすぐに準備を済ませ、街の門まで歩く。
「自分の身は自分で守れ」
「本音は?」
ため息だけで返答しておく。その返答を待っていた様に蛍は笑い、先に門を潜っていった。
そんな後姿を見ながら、灯も小さく笑う。
「本当に、蛍さんが元気になって良かったです」
「ああ。またうるさくなるけどな」
「そうですね。でも――」
言いかけてから、蛍が元気に僕達を呼ぶ声が聞こえた。
「悪くない、か」
はい、と灯が頷く。
先を進む蛍に続き、僕達も街を後にしたのだった。
ここまで読んで頂き誠にありがとうございます。
初めて幕間を挟んでみたのですが、いかがだったでしょうか。
改めて、次回もまた不定期ですが、1週間前後には投稿したいと思っております。
では、また次回まで。