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5 湖の街と仕事の代償

 手漕ぎの船に乗り、街の門を抜ける。

 湖に浮いた街。船でしか街に入れないため、金品を換金する場所だけは外に作られている。

 船頭に金を渡して船を降りれば、そこは水路を中心とした作りの街並みに出た。

 陸路は木造というより、いかだの上を歩いているみたいだった。

「船も揺れたけど、街も揺れるわね……」

 顔色の悪い蛍がそんな事を言いながら、とぼとぼと僕達の後を付いてくる。

 おそらく船酔いでもしたのだろう。灯も心配そうな顔をしていた。

「早いうちに、どこか休める所を探すぞ」

「ちゃんと休めると良いわね……」

 街がゆらりと揺れる。さすが、水の上に浮いてるだけの街だ。

 あまり重たい建物は建てられておらず、基本的にバラック小屋らしき建物が並んだ街並み。

 どこか宿泊できる所はないだろうか。

「ごめん……もう、ギブアップ……」

 ふらりと僕に寄りかかる様にして、蛍は倒れこんでしまった。

 仕方なく彼女を背負い、足早に陸路を進んでいく。

「だ、大丈夫……ではないですよね?」

「出しても良いが、僕にかけるなよ」

 こくこく、と頷く蛍。正直、今の彼女は信用できない。

 陸路を進み、宿屋を見つけた。仕事をする場所としてはあまり好ましくないが、仕方ない。

 宿に入り、サインをしてから部屋に入る。

 中には、藁で編まれたベッドが一つのみ置かれていた。部屋自体もそこまで広くない。

 ベッドに蛍を寝かせ、木造の窓を開ける。

「うぅ……チクチクする……」

「我慢しろ。灯、蛍を頼む」

「は、はい。あの、環さんは……?」

 部屋の扉を開けて、外の様子を窺う。

 宿泊客は他に、二人が一部屋に泊まっているらしい。うっすらと話し声が聞こえた。

「街を見てくる。僕が出たら扉の鍵を閉めろ、良いな」

「はい。いってらっしゃい、環さん」

 部屋から出て、扉に鍵がかけられた事を確認してから、宿を出た。


 陸路と陸路の間には必ず水路が存在する。お陰で、隣の道へ入る事もかなり面倒だ。

 仮にこの街で危険な仕事をしても、逃げ道がないに等しい。

 為替が良かったから入ったものの、蛍があの様子ではまともに仕事ができないだろう。

 街の端まで歩き、遠くに見える陸を眺める。

 入るにしても、出るにしても、必ず船が必要。それ以外は、向こう側まで泳ぐくらいだろう。

「まるで孤島だな」

 人工的な湖の孤島。

 昔、他者からの攻撃を防ぐために造られた街とは聞いていたが、ここまで変な対策されているとは思っていなかった。

 この安定しない街では魔力の供給も上手くいかないらしい。

 ただの船酔いだと思っていたが、土地の魔力に敏感な蛍の事だ。容態が悪化する前にこの街を離れた方が良いだろう。

 灯は僕自身の血から魔力を得ているためか、今まで通りに動けている。それがせめてもの救いだった。

 街の通りに戻り、食べ物を買ってから宿へ向かう。

 宿の前まで着くと、中から男女の二人組が出てきた。ここの宿泊客だろうか。

「――受け渡しは今夜、ここで」

 物騒な話が聞こえた。

 聞いていないフリをして、中に入っていく。

「金を受け取ったら、後は船頭が船を出してくれるみたいだぜ」

「さっさとこんな湿っぽい所から出て行きたいね」

 何かの仕事だろうが、そんな上手い話があるだろうか。

 役に立つかはわからないが、二人の声と顔は覚えておく。

「今度の仕事、上手くいくと良いね――」


 ノックの合図をして、扉の鍵を開けてもらう。

「おかえりなさい」

「ああ。蛍は?」

 買ってきた食べ物を灯に手渡し、ベッドで横になっている蛍を見やる。

「さっき、やっと眠りました。まだうなされていますが……」

「悪化する前にこの街を出るぞ。それに、何か嫌な予感がする」

「嫌な予感、ですか?」

 首を傾げる灯の肩を軽く叩いてから、ベッドの側に座る。

 うなされている蛍の手を握り、一息吐いた。

 どこか嬉しそうにクスッと笑んでから、僕の隣に灯が座る。

「蛍さん、ずっと環さんを探していましたよ」

「そんな子なんだよ、蛍は」

 僕の手を握り返し、安心したかの様にすやすやと眠る蛍を見ながら、そう灯に返した。

 灯はそれから僕に何も聞かず、静かな時間がゆっくりと過ぎていった。


 異変が起きたのは、その日の夜の事だった。

 外から物音が聞こえ、数人の足音が去っていく。

 閉めていた窓を薄く開き、外の様子を窺う。すでに事が済んでいたらしく、もう人の気配はない。

「どうかしましたか……?」

 蛍の側で眠っていた灯が目を覚まし、小声で聞いてくる。

「気になる事ができた。灯、ここを頼む」

 部屋を抜け出し、静かに宿から出る。

 やはり、ここに泊まっていた二人組の仕事は上手くいかなかったらしい。血の跡が残っていた。

 それは陸路に点々を跡を残していた。

 血の跡を辿り、行き着いた先は街の端。そこで二人組は血を流して倒れていた。

 彼らの周りには、街の人々の姿が見える。

「た、助けてくれ……」

 二人組の男が救いを求めていた。だが、周りの人は皆、無言で二人の脚に何かを括りつけている。

 重りを縛って、湖に沈めるつもりだろうか。それも、街の人総勢で。

 助ける義理はないが、昼間に聞いた話も気になっていた。

 彼らの見えないだろう場所から湖に飛び込み、様子を窺う。

 二人組は共に湖に投げ捨てられ、その場を後にする人々。その隙に彼らの所まで泳いでいく。

 もがく男の脚に縛られたロープをナイフで切り、湖から救い出す。

 女の方は、どう見てもすでに手遅れだった。

 近くから陸路に男を押し上げ、自分も戻る。

「なんで……こんな事に……」

 悔しさからか、涙を流しながら男は零す。

「何を受け渡そうとした?」

 泣いている男の髪を掴み上げ、首元にナイフを向ける。

「もう一度だけ聞く。何を受け渡そうとした?」

「か、鍵だ……」

「鍵? 一体どこの?」

「この街を繋ぎ止めている、鎖を解くための――」

 男を離し、ナイフをしまう。

 誰かに頼まれ、もしくは仕組まれ、街の鍵を手に入れた。そして、得体の知れない誰かに渡す。

 それなら街の人が総勢で命を狙う意味もわかる。

「一体誰に頼まれた?」

「……宿屋の店主だ」

 彼らの宿泊していた宿屋。つまり、僕達も泊まっている場所。

 立ち上がり、近間にあった船を見つける。

「そこの船をいつでも出せる様にしておけ。先に逃げたら、わかるな?」

 頷く男。大怪我を負っているが、船の用意くらいはできるだろう。

 男を置いて裏道を駆け抜け、宿屋に向かう。

「――おや、今お帰りですか」

 ここを出た時には見かけなかった店主に声を掛けられた。

「ああ。急ぎの用があるから、もう出る」

「それはいけません」

 店主が取り出したのは、猟銃だった。

 この街の物ではない事は、はっきりとわかる。銃を作り、使う街は限られているからだ。

「何のつもりだ」

「お客様の身を守るため、この様な事をさせて頂いております」

 店主の手に持った物が撃たれた場合、当たらなくとも街の人々はここに集まるだろう。

 そうなったら、逃げる事は困難となる。弱った蛍を連れていくから、なおさらだ。

「……要求は何だ?」

「こちらを、街の中心まで運んで頂きたい」

 銃を向けたまま、鍵を見せてきた。おそらく命を狙われた二人組が渡した物だろう。

 ここで受け取れば、街の人から狙われる。目の前にいる店主も騒ぎを起こすはずだ。

 試されているのだろうか。それとも、ただの遊びか。

「――条件がある」


 前金は、蛍と灯を同行させる事。残りの報酬は、船を一隻もらう事。

 これだけ時間が経ったからには、おそらく男の方は望みが薄いと予想する。

 ならば、少しでも可能性のある選択をする。

 蛍を抱きかかえ、灯を同行させる。そして店主から鍵を受け取った。

 宿屋から出ると、予想通り銃声が聞こえた。街の人々への合図だろう。

「灯、僕から離れるな」

 はい、と灯が頷いた事を確認してから、駆け出した。

 進む先には街人が数人立ち塞がっていた。横道もあるが、そちらに誘い込むつもりだろう。

 灯に煙幕を手渡し、街人に向かって駆け出す。

 不慣れな手つきで火を点けた煙幕を手前に転がし、煙を撒き散らす。

 その中から飛び出し、一人に飛び蹴りを食らわせる。

 振り上げられた長物を避け、掴み掛かろうとした者の脛を蹴り、顎を蹴り上げて水路に落とす。

 長物を踏みつけ、掴んでいた腕を蹴り、へし折る。悲鳴を上げた相手の顔面に蹴りを入れて気絶させる。

 中央に続く橋で待ち構えていた街人達に向かって走り、一人の足元に向かって滑り込み、転ばせてから飛び起きる。

 相手の手から零れた長物を蹴り上げ、一人に向かって蹴り飛ばし、突き刺す。

 また一人の腹を蹴り、怯んだところを他の相手に向かって蹴り飛ばす。

 倒れた相手の顔を踏みつけ、一通り片付ける。

「環……」

 弱った蛍の声が聞こえた。走りながら一言だけ返す。

「すぐに終わる」

「……わかった」


 街の中央まで何とか辿り着くと、街人達がそこで待っていた。

 目に見える殺意こそないが、手持ちが物騒な物ばかりだ。

「よく辿り着きましたね」

 服装の違う一人の男が歩み寄ってくる。

「ゲーム終了です。貴方達の勝ちです」

 持っていた鍵を手渡すと、元いた場所まで戻っていく。

 男の足元、床の隙間から何か見えていた。この街を繋ぎ止めている鎖だろうか、すっかりと錆び付いた鉄製の物。

「――さて、ゲームは終わりましたが」

 男は不気味に笑って、話を続ける。

「この街の秘密を知った以上、貴方達がこの街から出ない様にしなければならないのです」

「つまり、この場で口封じ、か」

「大変申し訳御座いません。運び屋さん」

 男が両手を挙げると、周りの街人達がじりじりと近寄ってくる。

「……そんな事だろうと思ったよ」

 手元から見せたのは、着火済みの爆弾だった。それを男の足元に投げつける。

 爆発音と共に粉々に消えてなくなった男と、その場に大きな穴が開いた。

 ゴトン、と音がすると、街が大きく揺れ始めた。上手く鎖を解いたらしい。

 浸水する街並み。慌てふためく街の人々。

「逃げるぞ、灯」

「は、はい!」

 皆の隙を狙って駆け出し、船着場へ向かう。

 この街も、もうすぐ沈むだろう。それまでにここから脱出しなければならない。

 通りには倒れた街人が数人。先ほど気絶させた相手だ。起き上がる前に抜ける。

 まだ船着場まで着くと、一隻の船がすぐに出せる様になっていた。

 中には事切れた男が座っていた。これではただの邪魔な荷物だ。

 先に灯と蛍を乗せ、僕は近間にある船のロープを切っておく。後は波で勝手に流れていくはずだ。

 船に乗り込み、男を湖に落としてから船を出す。

「た、環さん――」

「ただの死体だ。気にするな」

「……はい」

 ある程度街から離れると、数隻の誰も乗っていない船も一緒に流れてきた。

 船着場で慌てる人や、大勢で船に乗りこもうとする人達で大騒ぎとなっている。少しは時間を稼げたらしい。

 沈んでいく湖の街。大きな波で船が揺れ、勝手に岸まで進んでいく。

「環……もう終わったの……?」

「ああ。それに、まだ生きている」

 弱弱しく笑う蛍。

 岸まで着くと、蛍を抱き抱え、街からできるだけ離れていく。

「もう、なくなってしまいますね。あの街」

「逆に、もう他に犠牲者が出ないと考えよう」

「……そうですね。――はい」

 優しく笑む灯を連れて、蛍を背負いながら、僕達はそこを後にした。

ここまで読んで頂き、誠にありがとうございます!

また不定期投稿となってしまいましたが、次回もまた一週間前後には投稿したいと思っております。

ではまた次回まで。

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