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4 時計の街と機械の想い 後編

「時計の街と機械の想い 前編」の続きです。

「――夜の時刻となりました」

 頭が痛い。目が覚めてから感じた事はそれだった。

 ふらつく中、頭を押さえて起き上がる。視界はまだ靄がかかった様になっていた。

「だ、駄目ですよ、環さん! まだ横になっていてください」

 灯の声を聞いて、自分はまだ生きていると、改めて実感する。

 大丈夫、と答えてから目を擦る。だいぶ開けてきた視界には、不満そうな顔をした蛍と、人形の姿があった。

 咄嗟に身構え、腰のナイフに手を伸ばす。と、灯に止められた。

「あの方に助けてもらったのですよ」

 小声でそう言って、人形に振り返り、頭を下げた。

 灯の言う通りならば、あれは他の人形とは違うという事になる。

 現に、解毒されて、腕に包帯を巻いてもらっている。それに、灯が嘘を吐く必要がない。

 よくよく見れば、昨晩見かけた覗き魔人形だった。

「どうして助けた?」

 人形の様子を見るために、話しかける。

 すると、他の人形とは違う機械音で返事が返ってきた。

「ヒト、シヌ、ミタクナイ」

 悪意の感じない話し方。むしろ友好的だ。

 これなら人形の製作者の事もわかるかもしれない。

「……ありがとうは?」

 むっとした顔で蛍に言われる。

「ああ。すまない、助かった」

 ここにいる全員に言う。すると蛍が僕に歩み寄り、頬を叩いた。

「次からは気を付けて」

 蛍に向き直り、一言だけ返す。

「わかった」

「……仕事の依頼よ」

 ふぅ、と蛍は小さく息を吐いてから、人形に振り返る。

 依頼主となるであろう人形から、仕事についての概要を聞くことにした。


 依頼の内容は至って単純。この時計塔の最上階にある時計を破壊する事だった。

 ただし、僕達は壊し屋ではない。たとえ命の恩人だとしても、そこだけははっきりと依頼主に伝えた。

 受け取ったのは小さな歯車と、この街の通貨である金のナゲットだった。

 前金は僕自身の命。金は後でもらうつもりだったが、断られた。

「トケイ、コワス。ワタシ、トマル」

 どうやらこの街の時計と人形には、何かしらの関係があるらしい。

 目の前にいる依頼主が動かなくなるとしたら、他の人形も同じく動かなくなる。そう依頼主は言う。

 詳しい話を聞く必要はない。僕達はただ依頼品を運び、生き延びる事だけを考える。

 階段の先、時計塔の頂上は暗く、良く見えない。所々で階段が欠けている箇所が見えるが、これは何とかなる。

 暗さよりも気になるのは音だ。頂上から微かに聞こえる時計の歯車の音、それとは別の音が聞こえる。

 重たい物が軋みながら、ゆっくりと空気を揺らす音。

 振り子だろうか、そんな音がいくつも聞こえた。

 塔を上るに当たって、何かの邪魔にならなければ良いが……そうも上手くいかないだろうと腹を括る。

「――行くぞ」

 依頼主に別れを告げ、階段を上り始めた。

 さっそく見えたのは、壁ぎりぎりの所まで揺れる大きな振り子。

 僕と蛍は超えられるが、灯は無理だろう。

「灯、ここから上の様子を見ていてくれ」

「はい。お気を付けて」

 振り子を避け、灯の目を借りて先に進む。

 灯の視点から見れば、残りの振り子は三つ。これだけならすぐに事が済む。

 難なく上まで進み、灯の視点が使えなくなってくる。

「ねぇ、環。あれ見て」

 蛍の指差す先、見えたのは壁を叩く棘のついた板状の振り子。

 侵入者がいても、その対策は採られている様だ。

 このままでは先に進めない。見上げれば、振り子を操作している機械が置かれていた。

「蛍、あそこまで行けるか?」

「環が持ち上げてくれるなら」

 踏み台になる体勢になり、蛍を持ち上げる。身軽に壁を蹴り、振り子の機械まで辿り着く。

 壊せば振り子がその場で停止した。

 この調子ならば、この先も問題なく進める。だが、他の機械音が聞こえた。

「他の振り子、ちょっと早くなってない?」

 風を切る鈍い音が聞こえた。どうやら壊した機械は振り子を制御していた物だったらしい。

「何とか乗り切る。――蛍」

「わかってるわよ。さっさと切り抜けるわよ」

 風の恩恵を受け、僕達は先に進んでいく。

 暗がりの中、ランプの明かりを頼りに辺りを見回すと、階段を上りきった事が確認できた。

「やっと頂上まで着いたわね」

「ああ。後はこいつを――」

 依頼主に言われた通り、時計を動かしている歯車の隙間に小さな歯車を差し込んだ。

 軋む時計の歯車。同時に声が聞こえた。

「夜の時刻……朝……」

 上手く壊れたらしい。下から聞こえる振り子の音も消えた。

「後は逃げるだけだ。戻るぞ」

 ギギギ、と音がした。振り返れば、時計の歯車が真っ赤に燃え上がっていた。

 ここも長くは持たない。さっさと逃げた方が無難だ。

 燃え上がる頂上を背に、階段を一気に下っていく。

「な、何事ですか?」

「時計が壊れた。さっさとここから逃げるぞ」

 灯を連れ、最下層まで降りてきた。

 僕達を待っていただろう依頼主は、すでに動かなくなっていた。

 内側から塔の扉を開け、辺りを見回す。人形の姿はない。

 燃え上がる時計塔。これが依頼主の願いだったのだろうか。

「変な事が起こる前に、街を出るぞ」

 金を持っている事を確認してから、街の門まで駆け抜けた。


 街の外まで逃げると、街から声が上がった。

「自由だ!」「これから何をすれば良いんだ?」様々な声が飛び交っていた。

 時間に縛られ続けた人々の行き着く先は、幸福なのか、それとも不幸なのか。

 考える必要はない。もうこの街には用はなかった。

「時間はお金になるのに。勿体無い人達だったわね」

「それが当たり前だったんだろ」

 ため息を吐く蛍と、不安そうな顔をしている灯。

「あの人達はこれからどうなるんでしょうか……?」

「さぁな。僕達には関係のない事だ」

「……幸せになると良いですね」

 静かに、柔らかく微笑み、そう灯りは返した。

 時計がシンボルの街。時間という鎖が解けた今、彼らはどんな生活を送る事になるのだろうか。

 深く考える事をやめ、僕達は次の街に向かって歩き出した。

最後まで読んで頂き誠にありがとうございます!


次回はまた一週間以内には投稿したいと思っております。

ではまた次回まで。

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