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4 時計の街と機械の想い 前編

新たな仲間「灯」が登場します。

長いため、前後編に分けています。

ご了承ください。

「夜の時刻となりました。皆様は自宅に入り、朝の時刻になるまで外に出ない様にお願いします」

 この街に来てから毎日、同じメッセージを聞いている。

 続いて聞けるのは、物騒な言葉だ。

「もし外に出た場合、発見次第その場で処刑します」

 時間に厳しい街、というよりも、時間に縛られた街と言った方が正しいだろう。

 宿屋で借りている部屋の扉に鍵をかけ、窓も閉める。これで今夜の安全は確保できた。

 外からカラカラと音が聞こえる。窓から見れば、通りを人形が通っていった。

「相変わらず可愛げのない人形ね」

 ベッドで横になりながら、欠伸混じりに蛍は言う。

 街人の監視と処刑を行う機械仕掛けの人形は錆びだらけで、表情一つ変えない顔はより不気味さを感じさせる。

 手には物騒な物を持ち、背中では赤黒く染まった歯車が音を立てて回っている。

 そんな物が街の治安を守っていると、この街の人は口を揃えて言っていた。

「通り過ぎましたか……?」

 蛍の隣で灯が小声で聞いてくる。どうもまだ人形達に慣れていないらしい。

「ああ、もう行ったよ」

「まったく……ここに来てから夜もまともに眠れないわ……」

「カラカラうるさいですよね。街の皆さんはどうしているのでしょうか?」

「慣れているんでしょ、きっと……おやすみ……」

 ため息混じりに蛍は答えてから、枕に顔を埋める。それからすぐに寝息が聞こえた。

「私には眠っている様に見えるのですけどね」

「いつもの事だ。適当に流してやってくれ」

 僕の言葉に、はい、と柔らかな笑みを見せて灯が答える。

 灯と契約してから数日が経ち、やっとこんな表情を見せてくれる様になった。

 初めは暗い顔ばかり見せていた彼女も、蛍が話しかけているうちに打ち解けてくれたみたいだ。それだけは蛍に感謝しなければならない。

「明日も早くに叩き起こされる。灯も休んでおけ」

「はい。あの……環さん」

 ぐっすりと眠っている蛍に毛布をかけてから、灯は続ける。

「今夜も眠らないのですか?」

「ああ。少し気になっている事があるんだ」

 椅子に座って通りを眺めていると、灯が毛布を持ってきてくれる。それから僕の隣に椅子を置いて、一緒に窓を覗く。

「私に任せて頂ければ良いのですが……私では力不足でしょうか?」

「いや。ただこの目で確かめておきたいだけだ」

 灯の力を使えば、僕ももう少し休めるだろう。けれど、この時間だけは任せたくなかった。

 精霊である灯だが、蛍の様に何かを操る魔法は使えない。身体能力も正直言って足手まといになるレベルだ。

 その代わり、彼女は僕や蛍の「目」となる力を持っている。彼女の見たもの、見てきたものを共有する事ができる力だ。

 灯から力について詳しい話は聞けなかった。

 魔法ではない、なんとなく発動する。少なくともそれだけはわかった。

 僕と蛍は、彼女とどこか精神的な面で繋がっているのだと思っている。難しい事はあまり考えていない。

 仕事に使える力ならば、とことん使うしかないだろう。

「何か、気になる事?」

「人形の様子を窺っているだけだ。自分の目で見ないとわからない事もあるからな」

 カラカラ、と再び音が聞こえる。灯がピクリと耳を立てる。

 そして窓から視線を逸らし、僕に隠れる様にして屈んだ。

「これだと任せられないだろ?」

「すいません……」

 窓の前を人形が通っていく。気になっていた事は、人形の顔だ。

 錆びついてどれも同じ様に見えるが、一つ一つ違う顔をしている。意図的な物か、それとも作られた過程に問題があったのか。

 中には目が潰れている物も存在する。それなのに、どこにもぶつからずに先に進んでいく。

 一体何で人や物を見分けているのだろうか。

 窓のそばで立ち止まって、じっと僕を見つめる人形。

 屋内だから攻撃こそされないが、やはり不気味だ。

 しばらく僕を観察すると、何事もなかったかの様に、人形は立ち去っていった。

「もう行ったぞ」

「環さん……」

 僕にしがみつきながら、震えながら灯は零す。

「私、腰が、抜けて……」

 今後の事を考えると、頭が痛い。


「朝の時間となりました。皆様、今日も張り切って仕事をしましょう」

 朝から頭が重たい僕はベッドで横になり、蛍と灯には買出しに行ってもらっていた。

 夜中にずっと目を凝らしていたおかげで、目の奥がじりじりと痛む。

 濡れたタオルで冷やしながら、昨晩の人形について思い出していく。

 どうして通り過ぎるだけのパトロールなのに、僕達の部屋を覗いたのか。

 それに、あの人形の顔も気になった。錆や傷もなく、他とは違い綺麗なままだった。

 作られたばかりの人形なのだろうか。それが僕達に何か用があった?

 つまりは、機械でできた人形にも感情がある、という事だろうか。

 まだ何とも言えないが、試してみる価値はある。

 とにかく。静かな今だけはゆっくり休んでおこうと決めた。

 扉が開く音が聞こえ、パタパタとてとて足音が二つ聞こえた。

「買ってきたわよ、環――って、寝てるか」

「昨晩はずっと起きていたみたいなので。今は静かにしていましょうか」

「……ねぇ、灯ちゃん。一緒に環と添い寝でもしてみる?」

「えっ!? い、いえ。環さんに悪いです……」

「ちゃんと自分に正直になる事も大切よ?」

 もう僕が休めるなら勝手にしてほしい……。


 昼間に目が覚め、寝ぼけ眼で辺りを探る。

 身の安全を確かめ、ベッドから起き上がった。

「あ、やっと起きた」

 ベッドの隣の椅子に座っていた蛍が僕の顔を覗き込む。

「目の下、くまができてるわよ」

「それだけ疲れているって事だ」

「へぇ? それじゃ、マッサージでも」

「遠慮しておく。それより灯は?」

「身体を洗ってるわよ。覗きに行く?」

 蛍の言葉を無視して、窓際に座る。

 通りには人形の姿はなく、代わりに人だかりができていた。

 どの人も何かしらの仕事に追われている様に見える。この街の決まり事だから、と言わんばかりに。

 通りに立っている黒い時計は、昼の二時を指していた。かなりの間、眠っていたらしい。

「時間に縛られた生活なんて、あたしにはムリね」

 そんな事を話しながら、蛍が買ってきたであろうパンを手渡してくれる。

 パンを齧り、蛍から街の様子を聞いていく。

「変わったこと……そうそう、人形が一体いなくなったって噂になってたわよ」

「いなくなった? どこかで壊れたって事か?」

「そこまではわからないけど。時計塔に帰るうちに朝が来たとかじゃない?」

 人形は、朝の時間からは街の中心にある時計塔を囲む様に鎮座している。

 鎮座する位置はそれぞれの人形で決められている。そのうちの一体が欠けていればすぐにわかる。

「灯が戻ってきたら、すぐにここを出るぞ」

「そんな事だろうと思って。ほら」

 すでに準備を済ませた鞄を渡してくる。中身を確認する事なく、肩から提げて、灯を待つ。

 しばらくして扉が開き、中に灯が入ってきた。

「あっ、おはようございます――お出かけですか?」

「ああ。もう行くぞ」

「ど、どちらに……?」

「行けばわかるわよ。ほらほら」

 突然の事でぽかんとしていた灯を連れて、部屋を後に、街の通りに出た。

 目指すは町の中心、時計塔。どの人形が欠けているか確かめに行く。

 できるかぎり、街の人に溶け込む様にして。


 人形の顔は夜中に観察していただけあって、大体の物は記憶している。

 おかげで、時計塔の周りで微動だにしない人形達の中で、どれが抜けているかもすぐにわかった。

「夜の人形がいないな」

「昨晩の人形ですか? あの、覗き込んできた」

 灯の言葉に頷く。

 確かに件の人形がいない。ぽっかりと、円形の列に空いた所にはそれがいるはずだった。

「その覗き魔、今はどこにいるのかしら?」

「さぁな。製作者にでも聞いてみるか」

 無駄足でも構わない。今は何かしらの情報が欲しい。

 だからといって、今すぐに会えるわけではない。

 人形の製作者は、この封鎖された時計塔の中にいると聞いている。

 夜中に扉が開くらしいが、これもただの噂話。

 他に当てもないから信じるしかないのだが、どう考えてもリスクが大きすぎる。

 塔の周りを散策する。近くに下水道に通じるだろう小さな穴を見つけた。

「蛍、ここ通れるか?」

「あたしを何だと思ってるのよ……」

「頼りにしてるぞ。まずは、一騒ぎ起こす」

 鞄から煙幕を取り出し、火を点ける。

 蛍に灯を任せ、人形達に向かって放り投げた。

「後は任せた」

 駆け出すと同時に展開される煙幕。そして警告。

「犯罪者はその場で処刑されます。犯罪者は――」

 一斉に動き出す人形達。狙いは僕だ。

 細い路地に入り、手製の爆弾に火を点ける。

 後ろに放り投げてから路地裏に入ると、爆発音と何かが砕ける音が聞こえた。

「処刑対象――警告――」

 鳴り止まない人形からの警告。捕まれば確実に殺される。

 立て掛けられたはしごを上り、蹴り倒す。

 屋根の上を走り、元いた時計塔まで向かう。

「――休憩時刻となりました。皆様は次の仕事に備えて休眠を取ってください」

 こんな時でも時間に縛られる街の人々。

 追ってきた人形達の半分はそのまま、もう半分は街のパトロールに戻っていく。

 残りは五、六体。手持ちはナイフに爆弾と煙幕が一つずつ。

 どこかに集めれば楽に事は済むのだが、そうも上手くいかないだろう。

 追ってきた人形に投げられた斧を掴み、投げ返す。頭を半分にされてもなお追ってくる。

 夜中に見た、背中の歯車がおそらく弱点だろう。しかし、今は狙う余裕がない。

 左目を押さえ、灯の目を借りる。彼女達は上手く事を進ませているだろうか。

 見えたのは大きな扉。その鍵を蛍が壊していた。

 今なら中に入る事ができる。

 飛んできた矢をかわす様に屋根から飛び降り、目前まで迫った時計塔に走る。

「環、早くして!」

 蛍が薄く扉を開けて待機している。滑り込めば逃げ切れる。

 爆弾に火を点け、後ろに投げる。爆風で吹き飛ぶ人形の破片。今のうちに少しでも数を減らしておく。

 扉をすり抜け、内側から押さえる。扉を破ろうとばかりに、人形達から一斉に攻撃を受ける。

「そこの本棚、動かしてくれ」

 扉を押さえながら、蛍と灯にバリケードを作ってもらう。

 耳元でザクッ、と音がした。見れば斧が扉を突き破っていた。

 扉をしっかりと固めて一息吐くと、灯が急いで駆け寄ってくる。

「環さん、血が……」

 右腕に痛みを感じた。扉越しに斧で斬られていたらしい。

「深い傷じゃない。それよりも――」

 言いかけて、膝から崩れ落ちた。

 身体が熱い。右腕の傷跡を見れば、紫色に変色していた。

 処刑するためなら、毒も使うということか。それもかなり即効性のある代物だ。

「ちょっと、環!」

 事情を知ってか、蛍がナイフを抜き、傷跡に触れた。

「少し痛いわよ……」

 ナイフで斬られ、傷口から血を吸われる。

 どこまで効果があるかわからないが、今できる事はこれくらいしかない。

 視界が歪む。体温が下がり、耳も遠くなっていく。

 最後に見えたのは、人形の顔だった。

ここまで読んで頂きありがとうございます!

後編へ続きます!

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