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3 鍛冶の街と少女の記憶

「いくら出せる?」

 僕の問いかけに、鍛冶職人は慌てた様子で目をきょろきょろと動かした。

「もう一度聞く。この石炭の山にいくら出せる?」

 この鍛冶屋が駄目でも、他に当てはいくらでもある。

 すでに五十払うものも出ている。

「ご、五十五でどうだ……?」

 これ以上、高みを目指すのはやめておいた方が良いだろうか。

 鍛冶師の顔を見ても良くわかる。これ以上出せば店が潰れると。

「決まりだ。金を見せてくれ」

 職人が取り出したのは、大きなバッチと小さなバッチが五つ。どちらも鉄製だ。

 それがこの街の硬貨だった。

 鉄製のバッチを受け取り、同時に石炭の入ったリュックサックを渡す。

「交渉成立だ」


「結構良い値段するわね。あんな石ころだけど」

「この街では貴重な資源だからな」

 ここは鍛冶の街。

 鉄で出来た街並みはどこか冷たく、硬い雰囲気をかもし出している。

 その中でも一際目立つのは、鍛冶屋の多さだ。

 鉄鋼業を生業としている彼らは、燃料である石炭を求めて炭鉱を探している。

 しかし近間には鉄鉱石しか見つからない空洞がいくつも口を開けていた。

 袋に入れた、手に入れた鉄製のバッチを確かめながら閑散とした街中を歩いていく。

「それにしても、人が少ないわよね」

「それだけ街を出て行った人が多いんだろうな」

 手に入れたバッチで宿屋に泊まることにする。

 もちろん、一泊がそこまで高くない所を選んで。

 そう考えながら宿を探すが、どこに行っても同じ宿泊料。小さなバッチが二つで泊まれる。

 統一されているのは嬉しいのだが。さて、どこに泊まったものか。

「綺麗な所が良いわね。身体も洗いたいし」

「僕にはどこも同じに見えた」

「そういうとこ鈍感だよね、環って」

 見晴らしが良くて、ついでに仕事が見つかりそうな宿屋を探す。

 食料を調達してから、街の離れぽつんと建っている宿屋に入り、バッチを渡した。

「……ホント、環って鈍感よね」

「仕事探しに持ってこいの場所だ。他に何かあるか?」

「もっと綺麗な所、あったのに」

 宿屋の中も閑散としていた。というより、宿泊客の気配が一切ない。

 いつもそうなのか、鉄で出来たエントランスには錆が目立つ。

 身を隠すにはちょうど良い場所だろう。蛍とは違い、僕は当たりを引いたと思っている。

 二階へ上がり、奇麗に清掃された部屋に入る。

 中には小さなベッドが一つと、小さなソファが二つ。テーブルも置かれていた。

 どれも肌に触れるところ以外は、全て鉄製。さすが鍛冶の街だけある。

「こんな部屋でちゃんと眠れるかしら」

「蛍はどこでも眠れるだろ。ベッド、使って良いぞ」

「うん? 一緒に寝ないの?」

「寝るときくらいはゆっくりしたいからな」

 窓を開け、街並みを眺める。

 街の離れにあるこの宿屋からは、この街の大半を見渡せた。

 どこもかしこも、鉄製の建物が建ち並んでいる。

「絶景、とまではいかないわね」

 道を歩く人の姿はやはり少なく、どれだけこの街が寂れているかが良くわかる。

「昔はもっと賑わっていたのにな」

 過去に一度、この街に来た事があった。

 その時は旅人がよく出入りしていたものだ。

 喧嘩も日常茶飯事だったらしく、職人達がいつも拳で対応していたのを覚えている。

 それからというのも、鉄で出来た物はいたる所で手に入る様になった。

 この街も対応策として、外に商品を流しているらしいが、この様子だと上手くいってないらしい。

 そんな事情もあって人の移り変わりが激しい、といったところだろうか。

「いつまでこの街にいるつもりなの?」

「二日ってところだろうな。それまでに仕事が見つからなかったら、他に行くさ」

「仕事、あるかしら。こんな街でも」


 異変を感じたのは、その日の夜だった。

 ソファで目が覚めると、目の前のソファに蛍が座っている。

「やっと起きた」

「ああ。何かあったのか?」

「何かって、こんなにうるさいのに気付かないの?」

 蛍に問われ、耳を済ませてみても何も聞こえない。

 けれど、気配は感じていた。

「精霊か……」

「それも依り代を持たないやつばっかり」

 精霊は契約してこそ実体として動く事ができる。

 逆を言えば、彼らの様にあやふやな存在は誰とも契約を行っていない事になる。

 実体化するには何かしらの依り代を必要とする。人や物、魔力など、精霊によって様々だ。

 蛍の場合は僕を依り代に実体化しているらしいが、詳しい事は聞いていない。

「あれ? あの子、身体があるわね」

 蛍の隣から窓を眺めると、誰もいない道にぽつんと一人、女の子が立っていた。

 辺りをきょろきょろと見回しているが、何かを探している様子ではない。

 周りの精霊から何か言われているのだろうか。

「虐められてるわよ、あの子。主のいない精霊みたい」

「主がいなくても実体化はできるのか」

「永続契約ってやつなら。ま、あたしはやらないけど」

 話だけなら聞いた事がある。

 主従関係を、たとえ主を亡くしたとしても続けるという永続契約。

 身体は依り代さえあれば保つ事ができるが、死ぬまで一生その主に付き添わなくてはならなくなる。

 人と精霊との間で、契約を途中で破棄する事は不可能と言われているこのご時勢。そんな契約ができるのだろうか。

 そう考えると、彼はかなり昔から誰かに遣えていたという事か。それとも他に理由があったのか。

「どうする?」

「金にならない事はしない」

「とか言っちゃって。ホントは気になってる癖に」

「……もう寝るぞ。明日にはここを発つ。面倒事はごめんだからな」

 ソファに座り、目を瞑る。

 蛍はベッドに歩いていった、と思ったがやっぱり戻ってきて、僕の上に座ってきた。

「……何か用か?」

「こんなにうるさいのに、眠れると思う? ま、環と一緒なら寝れるけど」

 ふふん、と嬉しそうに息を吐く蛍。

 重たい訳ではないが、ふさふさの茶髪を顔に押し付けられ、息苦しい。

「これでぐっすり眠れるわ。ね、環?」

 狐の耳がぴょこぴょこ動く。くすぐったい。

 きっと蛍は今、黒い笑みを見せているだろう。

「……わかった、降参する」

「それで良し。やっぱり素直が一番よ」

 蛍に立たされ、扉まで押しやられる。

 準備はすでに済ませてあるので、鞄を手に、そのまま部屋を出た。

 不思議とロビーには誰もいなかった。


 小さな通りに出て、大通りを目指す。たしか女の子はその通りの先にいたはずだ。

 僕の隣を歩く蛍は、どこか機嫌が悪い。

 理由は聞かないでおく。なんとなく察しはつく。

「……うるさい」

「気にするな。どうせ出来そこないの声ばかりなんだ」

「良いわね。環には何も聞こえなくて」

 そんな事を話していると、女の子の姿が見えた。やはり辺りを見回している。

 近づけばわかる。長い黒髪に、幼さこそ残るが整った容姿。服装は、ワンピースのみだった。

 彼女の周りには出来そこないの精霊達が漂っているはずだ。

 歩み寄ると、僕達の姿を見て、その場に座り込んでしまった。

「そこを退きなさい!」

 蛍が声を荒げる。それだけ出来そこない達に不満を抱いているという事か。

「話ができないなら、この場で消えてもらうわ」

 風が震える。蛍の魔法だ。

 それはつむじ風となって、女の子の周りを掃除する様にいくつも飛んでいく。

 しばらくすると、辺りの気配が消えていった。

「まったく……」

 ふぅ、と息を吐くと女の子に近づいた。

「ねぇ、あなた」

「……」

「……お礼くらい――」

「放心状態だぞ。今は何を言っても無駄なんじゃないか?」

 むっとした顔で女の子に歩み寄り、頬を叩いた。

「え、あ……」

 突然の事に女の子が目を丸くする。

 ここは蛍に任せた方が良いだろう。彼女に目配せをしてから、僕は一歩引いておく。

「あんた、大丈夫?」

 女の子の肩に手を添えて、目を見つめる。女の子の方はと言えば、目を泳がせていた。

「あ、あの、あなたは……?」 

「あたしは――ただの通りすがりよ」

 極力、他人には自分の名前は教えない。これが僕達の約束事の一つだ。

 もちろん、金になるなら別ではあるが。

「私、どうしてここに……?」

「それはこっちが聞きたいわよ。出来そこないに囲まれていたのは覚えてるの?」

「出来そこない? 私の周りに誰かいました……?」

 まるで話が噛み合っていない。そろそろ介入したほうが良いだろう。

「蛍。彼女を連れて宿屋に戻るぞ」

「うーん……そうしよっか」

 女の子の手を取り、立ち上がらせる。

 先に行く僕に続いて、蛍がぽかんとした顔の女の子を連れてくる。

 これは金になる話以前に、面倒事に巻き込まれたパターンだろう。

 腹を括るしかない。自分に言い聞かせて、宿屋に戻った。


 部屋に入り、女の子をソファに座らせる。

 その正面のソファに座ると、続いて僕の上に蛍が座ってきた。

「……どうしてここに座る?」

「なんとなく? ま、話さえできれば良いじゃない」

「もう好きにしてくれ……それで、あんたは何者なんだ?」

 僕が聞くと、女の子は俯いて答えた。

「わかりません……」

 僕に座っている蛍を小突く。すると彼女は小声で返してきた。

「……記憶喪失かしら?」

「精霊でもそんな事があるのか?」

「魔力が極端に減った時期があったなら、あり得る話よ」

 だったらなおさら面倒臭い。

 金にならない話に、記憶喪失ときた。やはり捨て置くべきだったか。

 そんな事を考えていたら、見透かされていたのか、蛍から肘鉄を喰らった。

「名前とか、憶えてる?」

「いえ……」

「じゃあ、あたしが付けてあげる!」

 拾ってきた小動物でもあるまいし、そんな簡単に名前を付けて良いものではない。

 そもそも、名前で呼べば親近感が湧いてしまう。つまり、仕事に支障が出る。

 それは蛍も知っている事だ。けれど、一度決めた事は覆さないのが蛍と言うものだ。

「あなたの名前は――少女。どう?」

 あまりにそのまま過ぎて言葉を失った。

 もっと他に名付け様があっただろうが、蛍の苦肉の策と言ったところだろうか。

「そ、そのままですね」

「そのままだから良いの。ね、環?」

「……もう勝手にしろ」

 ふふん、と嬉しそうに蛍は息を零した。

 対して、女の子――「少女」と名付けられた子は落ち着かない様子だった。

「よろしくね、少女ちゃん」

 少女に顔を寄せ、にこりと笑う蛍。

 その笑顔に安心したのか、少しだけ落ち着いた様子で少女は頷いたのだった。


 少女をベッドに寝かしつけ、蛍と僕はお互い向かい合って話し合いを始めた。

 内容はもちろん少女の事についてだ。

「自分の名前も覚えていない。ここに来た理由もわからない。そして金にならない」

「だからって、ここに置いていくわけじゃないでしょ?」

「正直関わり合いたくない……だが、蛍は違うんだろ?」

 無言で頷く蛍。彼女が一度決めた事は、どうあっても覆すことができない。

 それだけ頑固という事だ。契約している僕でもこればかりは我慢している。

「それで、どうするつもりだ?」

「どうするって、環は考えてないの?」

「そんな事だと思っていたよ……」

 ふふん、と無い胸を張る蛍。これでは話にならない。

 まずは現在の状況を見直してみる。

 記憶喪失の少女がこの街にやってきた。

 少女は永続契約を誰かと済ませている。

 つまり、何か目的があってこの街にやってきた。そう考えるのが普通だ。

 何か、この街に少女の秘密が転がっているのだろうか。

 記憶に繋がる何かが、この街に。

「少女の周りにいた奴らの声から情報はなかったか?」

「そうね……確か、大事な物を失くした出来そこない、とか言ってたかしら」

「大事な物?」

「詳しくはわからないけどね。あの子、何かを失くしてるのは確かだと思うわよ」

 この街にその「大事な物」があれば事は収まるのだが。

「問題は――」

「それがこの街にあるか。かしら?」

「ああ。すぐに見つかれば良いんだけどな」

「もし見つからなかったら?」

「……捨て置く気はないんだろ。連れて行くなり、蛍の好きにしろ」

「なかなか話がわかるじゃない。さすが環ね」

 すぐにこの街を発つつもりだったが、そうもいかなくなってしまった。

 下手をすれば、荷物が増える。それだけは避けたい。

「聞き込みに行ってくれ。蛍にしかわからない事ばかりだ」

「わかってる。脅してでも聞いてくるわよ」

 立ち上がると、蛍は扉を開けて、僕に振り返る。

「少女ちゃんに変な事しないでよ?」

「わかってる。そこまで興味はない」

「へぇ? ちょっとは興味あるんだ?」

「早く行け。時間の無駄だ」

 はいはい、と答えてから、蛍は部屋から出ていった。

 後は蛍に任せるしかないだろう。

 期待はあまりできないが、やらないよりはマシだ。

「あの……」

 ベッドから少女が起きる。

「聞いていたのか」

「私、やっぱりお邪魔ですよね……」

「それは蛍が決める事だ。あんたが決める事じゃないさ」

「……ありがとうございます」

 深々と頭を下げる少女に対して、僕はため息を吐いた。

「それは蛍に言ってやれ。今日はもう休め、良いな」

 控えめに頷くと、少女はそのままベッドに横になったのだった。


 蛍からの情報はどれも曖昧で、あまり役には立たなかった。

 少なくともわかった事は、この街にいた精霊の出来そこないからは嫌われているという事。

 彼らはそうだが、街の人はどうだろうか。

「それで連れてきたわけね」

「今は何か情報が欲しい。あまり期待はしないが」

「危ない事だけはしないでよ」

 わかってる、と答えてから、朝食を買うために市場へ向かう。

 中は広いが、人の気配はほとんどない。けれど、わかる事が一つある。

「あまり歓迎されていないらしいな」

 昨日は歓迎されたが、今は違う意味で歓迎されている。

 どの店の人も、少女に視線を向けていた。

「入ってみるか」

「少女ちゃんの事、ちゃんと守ってあげてよ?」

「わかってる。ほら、行くぞ」

 俯きながら僕達の後ろを付いてくる少女。

 それを見かねたのか、蛍は彼女の隣を歩く事にした。

 痛い視線の中パン屋まで歩き、注文する。

「パンを三つくれ」

 無言でパンを投げ渡される。余程気に食わないらしい。

 バッチの入った袋を見せると、首を横に振られた。

「駄賃はいらないよ。何せ、この街の主様のお使いだ」

「街の主? 何の話だ?」

「白々しい。さっさと行ってくれ」

 店から追い返される。だが、せっかくの話を聞かないわけにはいかない。

「さて、あんたの主様にご報告しないとな。この店、長く持たないだろうってさ」

 少女に語り掛けると、目を丸くして固まってしまった。

 それでも構わず話し続ける。

「しかし、この市場も落ちぶれたもんだ。一層の事、取り潰すってものありかもな」

「そうね。こんな辛気臭い場所があるから旅人が来ないのよ、きっと」

 人の少ない広間に、僕と蛍の声が響き渡る。

 すると、辺りは騒然とし始め、そこらの店から人が集まってきた。

 虚ろな目をして、手には何かしら物騒な物を持って。

「他に何もできないから、武力行使に出たか。まったく……」

「脳がないって醜いわね」

 じりじりと近寄ってくる人々。彼らの視線の先は僕でも蛍でもない。

「蛍、少女を任せるぞ」

 少女を蛍に押しやり、相手を見やる。

 一人は肉斬り包丁を、また一人は麺棒を僕に向かって振り下ろした。

 包丁男の腕を掴み、麺棒をぶつける。衝撃で落とした包丁を蹴り、もう片方の脚を斬る。

 脚を庇う様に屈んだ男の顔面を蹴り飛ばし、もう一人も顎を蹴り上げ気絶させる。

「次は誰だ? さっさと出てこい」

 言った途端に、人と人の間から槍が突き出した。

 掴み、蹴り上げ、取り上げる。そして人々に向けて、もう一度聞く。

「次はあんたか? それとも――」

「もうお許しください」

 年老いた声が聞こえると共に、人々が僕達から離れていく。

 人々の間を抜け、老人が僕の前まで歩いてきた。

「今日のところはこれで、お許しください」

 差し出した手には、大きな皮の袋があった。おそらく金目の物だろう。

 この場でそれを受け取れば、僕達はただの盗賊だ。それだけは避けたい。

「――前金はあんたの道案内で良い」

「は……?」

「この街の主がどれほど憎い者かわかった。そいつの首を持って来たらどうする?」

 何か金になる方法は、と思いついたのが、街の主の首を運ぶ事。

 もちろん、突然そんな事を言われたのだ。老人は固まってしまった。

「僕達はこの子の保護者じゃない。ただ気になったから挑発してみただけだ」

「つ、つまり……?」

「襲われるとは思っていたが……ここまで嫌われるとはな」

 老人の周りにいる人々からは、未だに睨まれ続けている。暴れたからには、不審に思われても仕方がない。

 次々と飛び交う暴言の中、老人は目を瞑る。さて、どう返答するのか。

「あの……」

 少女から話しかけられる。老人から視線は逸らさず、「なんだ?」とだけ返答した。

「私のご主人様、殺してしまうのですか?」

「時と場合によっては。どうする、ご老人?」

 老人に告げ口する者や、罵声を上げ続ける者。

 喧噪の中、老人は辺りを鎮めた。

「その話が本当なのであれば――」

「交渉成立だ」

 畳みかける様に言って、老人を頷かせた。


 老人の護衛にと、数人の男達が僕達の後を付いてきた。

 暗い路地を抜け、開けた場所に出ると、老人は振り返った。

「この先に、地下通路に繋がっている道がございます」

「そこに行けば街の主がいるのか?」

「はい。おそらく、ですが……」

 この言い方だと、ちゃんと「街の主」という者に直接会った事がない様に聞こえる。

「いつもそこにいる門番に金品を受け渡しておりまして……」

 門番の顔しかわからない。地下通路についての話はおそらく聞けそうにないだろう。

 中に入れば未知の空間が広がっている、と。

「何とかしてみるさ。蛍」

「わかってるって。でも、少女ちゃんはどうするの?」

「連れていく。ここにいたら何をされるかわからないからな」

「あんまり気が乗らないんだけど」

「口を動かす前に行動しろ。行くぞ」

 愚図る蛍を連れて、老人の横を通り抜ける。老人は何も言わず、僕達を先に進ませた。

 静かに武器を向けた、後ろにいた護衛達を止めて。


 少し歩けば、鉄扉が見えてきた。近くにいる門番は一人だけ。

 僕達が近づいても、門番は微動だにしない。

 鉄の鎧に鉄の兜。重装備に身を包んだそれは、少女を見つめ、振り返って扉を開けた。

「……ずいぶんと手薄な警備ね」

 蛍が門番にそう言っても、何も反応しない。まるで人形だ。

「通してもらえるんだ。入れてもらおう」

 中に入ると、扉が閉められた。歓迎されているのか、人形としての動作の一つなのかはわからないが、今は進む事だけを考える。

 長く続く下り階段を抜け、細い通路に出た。通路の先は暗く、終わりが見えない。

 近間にカンテラが置かれていた。これを使って先に進め、という事だろう。

 足元に注意して進めば、少しだけ浮いている床があった。

「どうやら歓迎されているらしいな」

 床にバッチを叩きつけると、釣り天井が降ってきた。

 一度きりの罠らしく、その場に佇んだままの天井の上を歩いて抜ける。

 次はレバーが三つ。真横にはいくつもの穴。

「正しい物を択ばないと串刺しか」

「物騒な物ばっかりね。ねぇ、少女ちゃん?」

「……真ん中が正解です」

 少女の記憶を頼りに、躊躇なく真ん中のレバーを倒す。すると、通路を塞いでいた壁が開いていく。

「記憶、戻ったの?」

「……なんとなくそう思っただけです」

「な、なんとなく……環も良く信じたわね」

「ああ。なんとなくだ」

「……命拾いしたわ」

 レバーに残っていた傷痕で、一番多かった物は真ん中だった。

 つまりは、他を選んで罠に引っかかった回数分、傷痕が多くなると踏んだ。

 それだけだったから、一種の賭けではあったのだが。

「その先の通路、偽物です」

 開いていた通路を指差し、少女は言う。

 偽物と言われた通路の床には、多くのヒビが見えた。何かが降ってきた跡だろうか。

 天井を見れば、棘だらけの天井が見えた。つまりは、あれに串刺しにされる、と。

「本物はこちらです」

 そう言って、少女は通路の隣にあった窪みに手を伸ばし、そのまま押し込んでいく。

 ゴリッ、と音が鳴ると、新たに通路が現れた。

「この先にご主人様がいらっしゃいます」

 どこか虚ろな目をした少女に連れられ、通路を進んでいく。

 やがて明るい広間に出た。奥に誰かが座っている。

「あれがあんたの主人か?」

「……はい」

 近づいても、動かない。それどころか、人としての気配すらない。

 カンテラで照らせば、そこには白骨化した何者が座っただけだった。

「ずいぶん放置されていたみたいね」

「こんな骨を相手に、街の人は怯えていたのか」

 ガシャン、と周りから音が聞こえた。照らせば、門番の姿と同じ鎧が迫ってきていた。

 声が広間に響く。永遠の命、と。

「ねぇ、少女ちゃん。もしかして……」

「皆、私の命を狙っているのです。私はそれを運ぶ、ただの器ですから」

 少女は優しく微笑む。まるで、それが自分という存在意義だと思っている様に。

「どうするの、環?」

「渡したら最後だろうな」

「だったら、やる事は一つよね」

 風の音が聞こえた。それは僕達を包み込み、やがて消えていく。

 埃でくすんでいた視界が一気に開ける。蛍に少女の手を掴まされる。

「少女ちゃんの事、任せたわよ」

 鎧に向かって駆け出す蛍。間合いまで詰め寄り、突き出した拳は鎧を突き抜け、弾き飛ばす。

 砕け散った鎧からは、青白い光が漏れて、消えていった。

 精霊の出来そこない。それらの塊だろうか。

 続けて二体目、三体目と倒していく蛍。遠くの鎧は彼女に任せ、僕は近間の鎧に狙いを定める。

「わ、私の事は見捨てて――」

「そういう事はもう少し早く言って欲しいな」

「……すいません」

 近づいてきた鎧に蹴りを入れ、弾き返す。態勢を崩した鎧の脇腹に蛍の拳が突き刺さる。

 崩れ落ちる鎧を蹴り飛ばし、他の鎧に叩きつけると、飛んだ勢いのまま両方を踏み潰した。

「キリがないわよ。どうする?」

 広間の奥には、まだ多くの鎧が立ち並んでいた。

 今は少ない数しか動いていないが、あれが一気に動きだしたら一溜りもない。

「――何を失くした?」

「は、はい?」

「何か大事な物を失くしていると蛍から聞いている。思い出せるか?」

「それは……」

 ガシャン、と音がした。見れば奥にいた鎧達が動き始めていた。

 口籠る少女の顔を上げ、視線を合わせる。

「何を躊躇う? こんな状況でも言えない事なのか?」

 少女が僕から視線を逸らす。肩を揺すり、再び視線を戻す。

「……契約の証を、失くしました」

「契約の証? それって――」

 鎧を相手にしながらも、蛍は続ける。

「今の少女ちゃんって、動く死体って事じゃない!」

 精霊にしかわからない、契約の証という何か。

 少なくとも今わかる事は、目の前の少女は「死んでいる」という事。

「永続契約の期限は『死ぬまで』だったな」

「つまり、この場で契約できるわ」

 少女から手を離し、彼女に問いかける。

「この場で全滅するか、それとも一緒に生き延びるか」

「えっ……?」

「自分の損得で考えろ。善意なんて薄汚い考えを捨てろ」

 僕と少女の間に薄い光りが灯る。

 契約の儀式。荒っぽい事象になってしまうが、仕方がない。

「生きるか死ぬか。好きな方を選べ」

「私は……」

 大勢の足音が聞こえる。僕達に向かって。

「あんたの望む物はなんだ?」

「……あなたの血を――」

 ナイフで掌を切り、少女に差し出す。少女の手が伸びる。

 そして、そっと僕の傷を指先でなぞっていった。

「――契約は、成立しました」

 それが彼女の答えだった。

 辺りの鎧が次々と砕け散り、青白い光を漏らして消えていく。

 広間は光で溢れ、やがて消えていった。


「永遠の命、ねぇ」

 蛍が小さく僕に言う。

 依頼品である街の主だった者の頭蓋骨を老人に渡し、金を受け取った。

 何か言いたげだった老人を無視して宿に戻り、身支度を済ませる。

「あんな姿になっても、まだ求めていたのかしら?」

「どうだろうな」

 宿代を払い、通りを抜ける。先に見えるのはこの街の門だ。

「それよりも、改めて名前を付けてあげないとな」

 少女と呼ばれていた精霊に振り返り、適当な名前を考える。

 蛍は一切口出しをしなかった。これは契約した者同士の話だからだ。

「少女、では駄目でしょうか?」

「呼びにくい」

「で、では……?」

「そうだな……今からあんたは『灯』と呼ぶ」

 契約の儀式で見た、あの明かりの様に。

 僕達を導いてくれると信じて、少女に新たな名前を授けた。

ここまで読んで頂きありがとうございます。

新キャラ追加です!

次回からは精霊の「灯」も登場することになります!

では、また次回まで。

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