1 貧富の街と優しい父親
戦闘シーンがあるので、念のため残酷描写タグをつけております。
「そろそろ起きたら? いつ客が来るかわからないわよ?」
泥の様に眠ると決めてから数時間後。やっと目を覚ました僕に、蛍は声をかける。
「やっと起きた。お腹空いたんだけど」
「食べ物は買ってこないとない……今何時?」
ベッドから起き上がり、蛍の座っている窓から外を眺める。
「昼過ぎ。時計がないから正確にはわからないけど」
「何か変わった事は?」
「特になし。いつも通りの貧民街よ」
「いつも通りって言葉ほど怖いものはないな」
「それよりも――」
「食べ物だろ? 買いに行くぞ」
床に投げ捨ててあった上着を羽織り、腰掛け鞄に仕事道具を詰め込んでいく。
ガラス片の詰まった袋と、毒入りの小瓶が二つ。ナイフは腰に、タバコは上着のポケットに入れる。
硬貨は袋に入れたものを腰に、そのままの物は小分けにズボンのポケットに入れる。これで万が一盗まれたとしても、そこまでの被害は出ない。
「相変わらず物騒な身支度ね。ま、あたし的にはタバコがなければどうでも良いんだけど」
「大事な仕事道具だから我慢してもらうしかないさ。それより、お前も準備しろ」
両手を広げて、首を傾げる蛍。
「上着くらい着ていけ。その格好だと、何かと目に付く」
「刺激的過ぎるってこと?」
返答せずに壁に掛かっていたローブを投げ渡す。
「毎回言ってるけど、白って趣味じゃないのよね……」
「それを羽織っているだけで修道者と思われるんだ。少しは神様の恩恵でも受けなきゃな」
「はぁ……ただ買い物に行くのも大変ね」
渋々ローブを羽織り、前のボタンを留める。
「どう? これで良い?」
「街中ではフードも被れよ」
「はいはい、わかってるって。それじゃ、レッツゴー!」
よほど街に出るのが嬉しいのか、それともまともに外に出るのが嬉しいのか。蛍は早足で家から出て行った。
後を追うように僕も家から出る。
扉の鍵はかけない。かけても無駄だという事は、昔から知っていた。
窓は簡単に開くし、そもそも壊そうと思えば壊せるほど耐久力の落ちた掘っ立て小屋だ。身を隠すには持ってこいの場所ではあるが。
貧民街は大体そんな家が多い。むしろ、家を持っている人の方が少ないだろう。
テントに毛が生えたくらいの、雨風が凌げるほどの家屋がたくさん並んでいる。
住む人みんなが、目が死んでいるというのも貧民街ならではの光景だ。
おそらく、生きるというより死を待っている場所、と行った方が近しいだろう。
「相変わらず辛気臭い場所ね」
「みんなに聞こえるぞ」
「聞こえても良いじゃない。何一つ変わる事なんてないんだから」
周りからの視線を無視しながら、舗装もされていない道を歩いていく。
少し歩けば、舗装された道に出た。ここからは僕らが向かっている街のテリトリーとなっている。
貧民層は中に入れない、通らせない。そんな検問所も、金さえ渡せばすんなり通してくれる。
けれど、金を払う気は毛頭ないので、別ルートから街に入るつもりだった。
「いつもの道?」
「ああ。検問に金を渡していたらキリがない。ただの無駄金になるだけだ」
比較的手薄な警備の通り道は知っていた。
生い茂る草むらを抜け、地下道に潜る。そのまままっすぐ行けば、街の中心部近くに出る事になる。
有り難い事に、下水道の出口はちょうど裏路地に設置されていた。
「ここまでは整備されてないみたいだけど、臭いは気にならないのよね」
「それだけ貧民街に捨てられているって事だろ。嫌だね、貧富の差ってやつは」
「裕福、もしくは普通に働いている人の方が、お偉いさんって感じだもん」
「だからこそ付け入る隙が出来るんだよ」
その隙から僕の仕事が始まると言っても過言ではない。
はしごを上り、裏路地に出る。辺りに人影は見えない。
「出てきて良いぞ」
真っ白なフードを被った蛍が顔を出した。
「これで準備オッケー?」
「ばっちりだ。さっさとやる事済ませて帰るぞ」
「はいはい。まずはご飯って事で」
「わかっているさ。ほら」
蛍に手を貸し、引っ張り上げる。彼女が驚くほど軽い事はもう知っていた。
路地を抜け、パン屋を探す。食べ歩きながら他の物を買っていく魂胆だ。
「相変わらず、ここは賑やかね」
「街の中心部なんだ。人の通りも多いさ」
貧民街とは打って変わって、こちらは綺麗な建物が並んでいる。
色とりどりの街並み。見ているだけでも目が痛くなってくる。
溢れんばかりの人だかりを縫うように抜けて、パン屋までたどり着いた。
「これとこれを」
代金を支払い、パンを二つ受け取る。一つは自分のため、もう一つは蛍の分だ。
「硬貨の名前、まだ覚えていないんだ?」
「覚える気がないだけだ。僕達みたいに渡り鳥生活をしていれば、それぞれの国の通貨だって変わるんだ」
「だからって、ぼったくられたらどうするのよ」
「大体の目星くらいはついているさ。ほら、それを食べながら他に行くぞ」
他に欲しい物と言えば、砂糖と硝石くらいだろうか。
後は保存食となり得る物をいくつか。
「――誰か! その男を捕まえて!」
大声が聞こえた先には、中年女性と、それから引ったくりだろうか。ものすごい速さでこちらに向かってきていた。
「助けるの?」
「いや。何の得にもならないから放っておくさ」
僕達をすり抜ける様に引ったくり犯が過ぎ去っていく。その先には、通りがかった騎士がいた。
鞘から剣を抜き、勢い良く突っ込んでいった引ったくりに剣を突き刺す。
大量の血を流し、その場に崩れ落ちる引ったくり。まだ息はあったが、トドメの一突きで動かなくなった。
「誰かが助けてくれるさ。あんな感じで」
「相変わらず罪人には厳しい街ね、ここは」
中年の女性は、助けてくれた騎士に何度も礼を言いながら、銀貨を数枚渡していた。この街の治安はそんな安っぽいもので出来上がっている。
「お助け料、もらえたかもしれないのに」
「銀貨二、三枚のために身を張りたくない。ほら、ぼーっとしてないで行くぞ」
「あっ、ちょっと待ってよ!」
鍛冶屋で硝石を買い、雑貨屋で砂糖と小さな麻袋をいくつか調達する。
「後はタバコだけか」
「忘れて買わなければ良かったのに……」
「大事な商売道具だからな。忘れるわけないだろ」
「はいはい。ただ吸いたいだけなんだから、そんな回りくどい言い方しなくて良いのに」
路地を抜けて裏道に入る。階段を下り、ちょうど街の影になっている所に闇市はあった。
「よう、環。まだ生きてたみたいだな」
店の男に声を掛けられる。この街の裏を仕切っている男だ。
名前は知らないし、聞く気もない。むしろ知っている方が何かと不便だ。
「お蔭様でね。タバコは有るか?」
「有るとも。いくら出す?」
「交渉しよう。逆にあんたはいくら欲しいんだ」
男はニッと笑って指を三本立てた。対して僕は一本。
「それじゃあ売れねぇな。稼ぎは良いんだろ?」
「仕事次第だな。良い時もあれば悪い時もあるさ」
「じゃあこうしよう。良い仕事があるんだ。それをやってくれるんなら」
男は指を一本だけ立てる。交渉は成立。仕事の話も舞い込んできた。
金貨を一枚差し出し、タバコを受け取る。
「この先に古い喫茶店があるだろ。そこで客が待っているぞ」
「それは嬉しいな。情報ありがとう」
「良いって事よ。環はお得意さんだしな」
「なんか、あたしの事忘れてない?」
「おお、蛍もいたのか。ちっちゃくて見えなかったぞ」
むっとした顔でそっぽを向いた。どうも蛍はこの男を苦手としているらしい。
挨拶も程ほどに、喫茶店へ向かう。今となってはボロ屋敷と化した、ただの薬売り場だが。
到着して、割れた窓から喫茶店の中を見渡す。ローブ姿の人影は薬売り。もう一人は、随分と小奇麗な格好をしている女、というよりも少女か。
「こんな所であんな格好して。追い剥ぎにでも遭いたいのかしら」
「相手は子供だ。世の中わからない事だらけなんだろう」
変な仕事を押し付けられたりしなければ良いのだが。そう上手くもいかないだろう。
薬売りに銀貨二枚を渡し、店の中に入る。
少女が座っているテーブルまで歩くと、蛍が声を掛けた。
「あんたが依頼人?」
「えっ……?」
「何を運んで欲しいの? お姉ちゃんに言ってごらん?」
「え、えっと……どちら様、ですか?」
当然の答えだった。
「蛍、仕事の邪魔をするな。ここを取り仕切っている男から仕事の話を聞いてきたんだ」
少女と向かい合う様、椅子に腰掛けて話を切り出す。
「それで、何を運んで欲しい?」
「それは……」
言いかけて、口を閉ざした少女に向かってため息を吐く。
上着のポケットからタバコを取り出し、口に咥える。少女に、不思議そうな顔をされた。
背格好とタバコへの反応からして、庶民であることは間違いない。
火を点ける。煙に対しての反応はかなり悪い。そこそこ良い生活を送っている家庭だろうか。
「……臭いんだけど」
「我慢しろ。それで、さっきの話の続きだが――」
「父を、運んでください」
唐突な返答に、僕と蛍は視線を合わせた。
「明日、私の父が処刑されてしまうんです。無実の罪を被って……」
「最悪パターンね。どうする、環?」
「……どこからどこまで運んで欲しいんだ?」
「えっ? 仕事請けるの?」
「話を聞くだけだ。それから決める」
呆れた様に大きなため息を吐いてから、「お人好し」と蛍は小声で呟いた。
「留置所から、この街の外まで。出来ませんか?」
「状況による。街の外ならどこでも良いのか?」
「街の西側に廃墟があるのはご存知でしょうか? そこまで連れてきて欲しいんです」
西側の廃墟と言ったら、盗賊の住処だったはずだ。どうしてそんな所に。
「父の話では、そこに仕事仲間がいるから、困ったときに頼れと言われてまして」
「じゃあそいつらに頼んだらどうだ?」
「最初はそのつもりでした。ですが、行っても誰もいなくて……」
普段、盗賊という輩は下手な盗みはしない。仮に住処に少女が単独で行ったとしてもだ。
彼らは群れで行動し、大きなヤマだけを狙う。目の前の小さな獲物ほど怖いものはないと、そう聞いていた。
盗賊の仲間ということは、少女の父親は間違いなく黒だろう。
だからこそ、この仕事は面白い。
「いくら出す?」
「えっ、やるの!?」
「蛍……」
「う……わ、わかったって」
少女が小さな皮の袋を差し出してくる。中身を出せば、金貨が五枚と銀貨が七枚。
割に合わない仕事ではあるが、僕は二枚ずつ受け取り、残りは袋に戻した。
「これは前金。残りはそこの薬売りに渡しておいてくれ」
「は、はい! ありがとうございます!」
「言い忘れていたけど、失敗しても前金は返さないからそのつもりで」
「はい! どうか父を、お願いします!」
満面の笑みでそう答え、少女は深々と頭を下げた。
「蛍。客を街まで送っていってくれ。僕は準備する事がある」
「はぁ……わかりました。ほら、行くわよ?」
蛍に連れられ、少女が店から出て行く。これで無用心な少女でも安全に闇市を抜けられる。
「いつもの借りるぞ」
薬売りに了承を得てから、すり鉢を二つ用意する。
片方では硝石を砕き、もう片方で砂糖をすり潰す。
それぞれを混ぜて麻袋に詰め、しっかりと口を閉める。
簡単な煙幕。それをいくつか作り、鞄に詰め込む。
余った粉末はガラス片の入った袋に詰め、紐で締める。
あらかた準備が出来たところで、蛍が店に戻ってきた。
「ホントにあの仕事請けるの? それとも、ばっくれるつもり?」
「やると言ったからには、やってみるさ」
「あの子に恩でも売りたいわけ? あんなちっちゃい子のカラダ目的?」
「追加報酬に期待ってところだ。行くぞ」
「……変態」
街の北西にある留置所は、詰め所と処刑場の間にある。
そこにある留置所に入ることは容易いが、中に入ってもいるのは騎士くらいだ。つまりダミー。
本命の中に入るためには、詰め所の鉄の扉から入り、地下に降りて鉄格子を開けて、ようやく牢屋に辿り着く。
牢屋まで着けば、人を探すのも容易い。何しろ、牢屋は一つしかない。
そこに捕まっているだろう少女の父親を連れ出し、街の西にある廃墟まで連れて行く。
口で言ってしまえば簡単な作業だが、順序良く事を済ませるには状況を読む必要がある。
「正面突破はまずムリ。通気孔もダメ。地下からも入れない。鉄壁の要塞ね」
「公開処刑ならまだ成功する可能性は高かったが、留置所入りの罪人だ。内側で勝手に済ませてしまうだろうな」
「つまり、いつ殺されてもおかしくないって事?」
「ああ。明日になって、通知書が届いたらの話だけどな」
罪人を処刑するには、国から街に送られてくる通知書が必要となる。
その街その街で送られてくる時間と、送ってくる者は違う。
一般市民が送ってくる事もあれば、鳩や精霊を使う街もある。
この街では、一般の配達員が二度に分けて送ってくる。どちらか片方が本物を持っている、という事だ。
「本物を持っている方を足止め出来れば、多少は時間を稼げる」
「でも、どちらが本物を持っているかわからないわね」
「手っ取り早いのは、配達員二人に摩り替わる事か。だがリスクが大きいな」
「ついでにノーリターン。配達員に紛れ込んでも中には入れてもらえない」
「と、なると――」
「犠牲になってもらうしかないわね。騎士様には悪いけど」
適当な場所で時間を潰し、警備が手薄になった深夜に現場へ向かう。
まずはダミーの留置所にいる騎士を通気孔から確認する。
一人しか見えないが、おそらくもう一人か二人はどこかに隠れている。そうやって相手を誘い出してから始末するのが彼らのやり方だ。
蛍は入れそうな通気孔の前で待機させ、僕は留置所の扉を叩く。
「こんな夜更けに何か用か?」
扉に付いている小さな覗き窓から顔を出した瞬間を狙って、顔面に毒瓶を叩きつける。
兜を被っていても関係ない。目と口の隙間から入り込んだ毒液はすぐに気化して、鎧一杯に広がっていく。
ガシャン、と崩れる音と同時に、二人分の足音が聞こえた。
目測通り、鉄の足音ではない。つまりは二人とも鎧を着ていない。
扉の鍵が無造作に開けられる。これが蛍への合図。
昼間のうちに作っておいた煙幕を一つ、蛍に投げ入れてもらう。薄く開いた扉の隙間から煙が噴出した。
扉を開き、近間で咳き込んでいた一人のマスクを脱がし、口を押さえてナイフを首に突き刺す。もう一人も大声を出す前に、同じ様に口を塞いでおく。
煙幕が消えないうちに、立て掛けてあった鎧を着込む。重たそうに見える外見ではあるが、実際は薄い鉄板を継ぎ接ぎにしている代物だ。そこまで重くない様に設計されている。
身に着けてしまえばこちらのもの。後から増援でやってきた騎士達とも向かい合って話が出来る。
そこらに転がっている男達を襲ってきた者と言い張って、その場を切り抜ける。
そもそもな話、騎士達はお互いの顔をちゃんと見た事がない。身分を明かさない、必ずマスクは身につける事、というのがこの街の騎士の決まりだった。
だからこそ騎士の間でも合言葉がある。といっても、「松明」と聞かれれば「蛇」と答えるだけの簡単なものだ。
まずは鎧を調達。後は何事もなく日が昇るのを待つのみ。
もちろん、置き土産も置いて。
日が昇り、一人目の配達員が詰め所にやってきた。
扉に付いた小窓から手紙を渡し、立ち去ろうとしたところを、鎧を着たまま後ろからのしかかる。
倒れた配達員の手元に血のついたナイフを転がし、僕自身は刺されて倒れたフリをする。
突然の事で慌てる配達員に、異変に気付いた騎士が扉を開ける。
お互い何かを口に出そうとしたところを、僕は配達員の脇腹を殴り黙らせる。
背中を誰かに踏まれた。頭の上では男の呻き声。
中へ駆け込んでいく足音と、一人、二人と続け様に倒れる音が聞こえた。
「何やってるのよ。環?」
「……踏みつけられる事まで考えていなかった」
蛍の手を借りて立ち上がり、ナイフを拾ってから、何事もなかったかの様に中に入る。
鎧を脱ぎ捨て、辺りを見回した。鳩尾を狙っての一撃の名残か、倒れていた二人の鎧には拳の痕が残っていた。
「まだ殺していないな?」
「もちろん。後で事が大きくなるのはイヤだもん」
「もうなっているんだけどな。さて――」
扉の近くで倒れていた騎士を扉の前に座らせ、時間稼ぎに使わせてもらう。
「牢屋の鍵はこれかしら?」
鍵の束を手に、蛍が首を傾げる。
「ああ、それだ。地下に向かうぞ」
「はいはい。まだ生きていると良いわね」
「自分達の職務を全うしている事を願うさ」
地下牢に下りると、奥に人影が見えた。
「あれが例のブツ?」
「生きていればな。おい、あんた」
牢屋の奥で人影が動く。
暗がりに見えたのは、少女から父親と聞いていた中年の男だった。
「君達は――」
「あまり時間がないんだ。手短に話す」
牢屋の鍵を開けながら、続きを話していく。
「あんたの娘に頼まれた。この街の西にある廃墟まで連れて行けとさ」
「娘? まさか――」
「……ほら、さっさと行くぞ」
「ま、待ってくれ。君達は一体?」
「ただの運び屋だ。――蛍」
「準備出来てるって。後はおっさんが鎧を着るだけよ」
「鎧……?」
突然、頭の上で爆発音が聞こえた。同じく、騎士達の叫び声。
どうやら夜のうちに仕掛けておいた置き土産が爆発したらしい。
ガラス片がたっぷり詰まった煙幕が。
「さ、今のうちに行くぞ」
違和感はあるものの、騎士の鎧を身につけた依頼品は僕らの後ろをピッタリとくっついて来ていた。
特に目を付けられなかったのが逆に気になる程、何事もなく街を出る。
「まったく、この街も警備がなってないわね」
「軽い騒ぎくらいは起こしたからな。それを見込んでの作戦だ。さ、もう鎧を脱いでも良いぞ」
鎧を脱いで、その場に捨て置く。
身軽になった依頼品を連れて、西の廃墟まで連れて行った。
誰もいないと少女は言っていたが、こんなにも気配を感じるじゃないか。
「頭領!? 良くご無事で!」
ターバンを頭に巻いた男が一人顔を出した。続けて他の者も顔を出す。
「あ、ああ。他のみんなは?」
「頭領がいなくなってしまったおかげで、これだけしか残りませんでした。申し訳ありません」
「いや、良いんだ。無事で良かった」
「喜びを分かち合っているところ悪いが、これにサインをしてくれないか?」
そう言って、依頼品を届けたという証明書を差し出した。
「こっちもそういう商売なんでね。あんたのサイン一つでお互い幸せになれるんだ」
「わかった。ここに名前を書けば良いのか?」
頷くと、渡したペンでサラサラと名前を書き込んでもらった。
それを丸めて鞄に仕舞い、ふぅ、と息を吐く。
「それじゃ、こっちの仕事は終わったから。あんたも達者でな」
「恩に着る。このままだと首から上がなくなるところだった――」
言いかけたおっさんを横に払い、飛んできたナイフを掴む。
見れば、あまり歓迎ムードではないらしい。そこらの盗賊達がナイフをおっさんに向けている。
「お前さえいなければ、俺が頭領になるはずだったんだ。そうだろ、みんな?」
そうだ、と総勢で声を上げている。
「お前達……」
「そうそう。お前、娘がいたな。そいつを渡してくれるんなら、逃がしてやっても良いぜ?」
「なっ!? 娘には手を出すな!」
「そうかいそうかい。じゃ、仕方ねぇな。なぁ、お前ら!」
統率の取れていない動きで、元頭領に向かっていく盗賊達。
この瞬間を待っていた。
「なぁ、おっさん。ここを切り抜けたら、報酬は上乗せしてくれるか?」
「あ、ああ。だが、君達を巻き込んでまで――」
「交渉成立だな。――蛍!」
「はいはい。――風よ!」
辺りの風がなびく。蛍に収束していく風は、僕にも恩恵を受ける。
精霊の魔法。蛍の魔法は風を味方につける、というものだった。
一人目を弾き飛ばし、二人目を視野に入れる。
「お腹が空いてるから、そこまで長続きしないわよ」
「そう時間はかからないさ。置いてかれるなよ」
「環こそ。足手まといにならないでよね」
二人目は見た感じ、素人に毛が生えたくらいの者だろう。一気に間合いを詰め、腰のナイフで胸を突き刺す。
何の抵抗もさせず、三人目も狙う。
蛍は僕とは反対方向にいる相手を狙っていく。それが僕らの戦い方だった。
「は、速い――」
「喋っている暇があるなら、抵抗したらどうだ?」
「くっ!」
振ってくるナイフの軌道も読める。むしろ止まって見えた。
懐に飛び込んで、腹に一突き。トドメに首に一突き。
「こっちはもう終わったけど、環の方はどう?」
「こっちも今終わったところだ」
「き、君達は一体……?」
「それを聞くのは二度目だな。何度も言うが、ただの運び屋だ」
元頭領に歩み寄り、話を続ける。
「さっきの話の続きだが。いくらまでなら出せる?」
「娘と俺の命を救ってくれたんだ。それなりの金は出すつもりだ」
そう言って、廃墟の奥に歩いていく。
しばらく待っていると、大きな麻袋に詰まった金貨を見せてきた。
「これしかないが、好きなだけ持って行ってくれ」
「それじゃ、遠慮なく」
金貨を五枚受け取って、残りは返した。
「そんなもので良いのか……?」
「ああ。後は家族のために使ってやれ」
「……ありがとう」
金貨をポケットに仕舞い、その場を後にした。
闇市で薬売りから残りの金を受け取り、銀貨を二枚、仲介量として渡した。
「この街で大暴れしたみたいだな」
「そうだな。しばらくは街を離れるさ」
「そうか。寂しくなるな」
「まぁ、また今度会えたら一杯奢ってくれ」
「お前の奢りなら、な。蛍も元気でな」
「ふん。あんたもね」
ここを仕切っている男と別れを告げ、潜伏していた貧民街に戻った。
「――準備は良いか?」
「もう出来てるわよ。……ホントに出て行くのね」
「ああ。あれだけの事をやったんだ。危ない目に遭う前に出て行くさ」
家の中を空っぽにしてから、外に出る。
「ここから見る夜空も、もう見れないかもね」
「生きていればまた見れるさ」
「それで? これから行く所は決まってるの?」
「為替による。さ、行くとするか」
「はいはい。――じゃあね」
街に向かって手を振ると、蛍は僕と共に貧民街を後にした。
ここまで読んで頂き、ありがとうございます。
少なくとも1月に1つは投稿していきたいと思っています。
ときどき投稿が不定期になるかもしれません。
あらかじめご了承ください。




