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プロローグ

「はい、契約料払ってもらう日になりました」

 立て続けの仕事を済ませ、気持ち良くボロボロのベッドで眠っていた僕を、彼女の冷淡な声が叩き起こした。

 時刻はおそらく深夜0時。日付が変わった瞬間だろう。

「あそこ……あそこに置いてある……」

 僕が指差す先には、歪んだ木造テーブル。そこに置かれたリンゴが一つ。

「おお! これよこれ!」

 眠い目を擦りながら、彼女がリンゴを手に取った瞬間を捉えた。

 嬉しそうに頬擦りしながら、うっとりと「はぁ……」と声を漏らした。

「これで契約続行か、蛍?」

 とても割に合わない契約料だと思うが、蛍には関係のない話だった。

「もちろんよ! このために一ヶ月あんたに付き合っていると言っても過言ではないわ!」

「そうか……じゃ、僕はもう寝かせてもらおうか」

「おっと、そうはいかないわよ。まだ環には仕事が残っているんだから」

 手に持ったリンゴを僕の顔に押し付け、布団代わりのタオルケットを引っ剥がされた。

 蛍に見せびらかす様に大きなため息を吐いてから、横に寝返りを打った。

「仕事で疲れているんだ……だから」

 肩を掴まれ、グイッと仰向けに戻される。成す術もなく、馬乗りになられる。

 おそらく蛍はいつもの格好だろう。精霊に着替えるという概念があれば、話は別だが。

「はい、契約料の続き」

「……わかった、降参するよ。だからそこを退いてくれ」

 目のやりどころに困る。そう思っていたのも遠い昔の話だ。

「蛍、一応お前も女の子なんだから、その丈の短いスカートで誰かに乗っかろうとするな」

 暗がりだから見えにくいが、薄っすらと、ふとももの間から下着が見える。

「なになに? 発情した?」

 見た目的には、発育途上の子ども。暗い茶色の短髪から狐の耳が生えている事以外は人の子と何ら変わりのない姿。

 それを可愛らしいと思っていた昔の自分が虚しい。

「さすがに見飽きた」

「それでこそ我が主」

 ふふん、と蛍は得意げに笑ってから、ようやく僕を解放してくれた。

 どんな意味で言われたかはわからないが、バカにされているのは間違いないだろう。

 どちらにせよ、今はさっさと目の前の仕事……リンゴの皮剥きをして。それが終わったら、何があっても好きなだけ眠る事にしよう。

 テーブルに置いてあったナイフを取り、寝ぼけ眼で半分に切る。そしてさらに半分。

 四分の一カットにしてから、それぞれに切れ込みを入れていく。

「いつものウサギでいいのか?」

「当たり前。わかってるじゃない、ご主人様」

 まったく、調子の良いやつめ。

 切り分けたウサギリンゴを、そのままテーブルに並べていく。

「皿くらい出せば良いのに……」

「出すのも洗うのも面倒臭い」

「洗っているところ、見たことないんだけど?」

「……はい、どうぞお嬢様。契約料でございます」

 むっとした顔で、綺麗に並べられたウサギを見つめている。蛍からの、「契約保留」の状態。

「他に何か?」

「なんか、その態度が気に食わない」

「跪いて靴でも舐めるか?」

「そうね。じゃ、そうしてもらおうかしら」

「では遠慮なく」

 ウサギを手に取り、蛍の口元まで運ぶ。何の躊躇もなく、彼女はそれにかぶりつく。

 悲しいかな、これが僕と蛍の契約の儀式だった。

 契約の対価も儀式も精霊によって違う。大金を払って長ったらしい儀式を執り行わせる精霊もいれば、蛍の様に安い対価と簡単な儀式で済む者もいる。

 僕のメンタル的には相応の対価ではあるが。

「はい、契約完了。また1ヶ月よろしくね、環」



 ごく普通に、人並みな生活ができるなら。そんなありがたい話はない。

 適当に与えられた仕事をこなして日銭を稼ぐ。それがこの国の「人並みな生活」だった。

 もし僕の様に、その一線から外れる事になれば最後。どこまでも人は堕ちていく。というのがこの国の一般常識だった。

 果たして僕は、どこまで人の道を外れたのだろうか。

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