幕間 星空の街と小さな運び屋
灯が決意を固める話です。
この話から蛍と灯の衣装が変わります。
長い旅の中で、蛍と灯の服がボロボロになっていた。
これでは見た目で判断され、仕事に支障が出る可能性が高い。
「灯。金はちゃんともっているな?」
こくり、と頷く。服の事は蛍に任せれば、灯の服もちゃんとした物に買い換えてくれるだろう。
街に着いてから、すぐに洋服店へ向かう。
「蛍、後は任せて大丈夫か?」
「モチロンよ。バッチリ可愛いの買ってくるから」
少し不安ではあるが、ここは蛍に任せる。
蛍に続き、灯も店に入っていく。僕はといえば、店の前で待機していた。
街並みを眺めながら、何か仕事の話がないか耳を澄ませる。
「――今日はお星様見えるかな?」
小さな子がそんな事を言っていた。
今のところこの街の情報は、あまり掴めていない。
せいぜい、夜空が綺麗だということくらいだろうか。休む分にはちょうど良いが、資金の事を考えると頭が痛い。
店の中から賑やかな声が聞こえた。おそらく蛍と灯の声だろう。
――灯の回復は思った以上に早かった。
初めて人を自分の手で殺め、こちら側にやってきた彼女は、今度は何を望むのだろうか。
「おまたせ、環」
店から出てきた蛍と灯。
蛍は赤いジャケットに赤のショートパンツ。内側には黒のタイトなシャツを着ていた。
その一方、灯は太ももが隠れるくらいの裾の短いローブを着ていた。
「どうかな? 似合ってる?」
「動きやすいならそれで良い」
「ふふん。環はまだまだ褒め言葉が下手ね」
褒めているつもりはない。彼女達が今の格好で動きやすいならばそれで良かった。
灯が初めて自分で稼いだ金だけで済んだみたいだ。不幸中の幸いだと言える。
「環さん、どうでしょうか?」
「少し短いが、気にならないか?」
「はい。こちらの方が動きやすいので」
「それなら良い。今日は泊まれる所を探すぞ」
新しい服を着た二人を連れて、適当な宿や空き家を探す事にした。
ボロボロの空き家を見つけ、そこを拠点とする事にした。
部屋も荒れてはいるが、身を隠すにはちょうど良い。
「仕事、あるかしら?」
窓から外を眺めながら、蛍はそう言った。
「まだわからない」
「そっか」
それ以上、仕事についての話は続かなかった。
蛍の隣から窓の外を眺め、人の通り見つめる。望みは薄そうだと、どことなく感じた。
「今日のところは休んでおく。――灯」
「何でしょうか?」
「少し街を歩くぞ。蛍は――」
「ここを見張っておくわよ。いってらっしゃい」
蛍にこの場を任せ、僕は灯を連れて街中に戻っていった。
食料として缶詰を持ち歩いているが、今はそれを非常食として取っておきたい。
昼に食べる分を買い、灯と街を歩く。
「あの、環さん」
「なんだ?」
「どうして私だけを連れてきたのですか?」
僕を見上げ、そう問う灯に対して、僕は答える。
「社会見学だ。もうすぐ開けた所に出る」
坂を上り、展望台に出た。この場所からなら、街を一望できる。
木造の柵に寄りかかり、僕達は街を見下ろした。
長閑な街並み。歩く街人は、ここからなら小さく見えた。
「絶景ですね」
眼下に広がる景色を眺めながら、灯はそう零した。
風で灯のローブがなびき、頭を覆うようにフードが被さった。
「灯、一つ聞きたい事がある」
「はい。何でしょうか?」
顔をこちらへ向けないで、彼女は僕に返事をする。
まるで、どんな事を聞かれるか、わかっているかの様に。
「このまま、僕達と一緒に来るか?」
戻るならば今のうちだと、彼女に問いかける。
もちろん、もう後戻りなんてできない。ただ、試したかっただけだ。
すると彼女は小さく笑って、僕を見上げた。
「一度染まってしまったら――」
フードを押さえながら、彼女は続ける。
「もう後戻りなんて、できませんよ」
灯の見せた笑顔はどこか悲しげで。
それでいて、彼女の新たな決意を表していた。
「わかった。だが、今の灯はただの荷物だ」
「わかっています。強くなります」
「覚えてもらう事もたくさんある」
「どれも大切な事です。ちゃんと覚えます」
「後は――」
「環さんに尽くします」
僕をまっすぐ見つめ、灯はそう答えた。
今までの灯の言葉とは違う、もっと重たい言葉だ。
「蛍を忘れているぞ」
そう茶化すと、彼女は目を丸くした。
「え、えっと……」
「冗談だ。灯は僕と契約しているんだ。それで良い」
「……なんとなく、蛍さんの気持ちがわかる気がします」
「余計な事は考えるな。――仕事を探すぞ」
はい、と頷いた灯を連れて、坂道を下りる。
先にある街並みは灯から見ればもう、ただの仕事場だろう。
今までの様に景色を楽しめない。それが僕達というものだった。
「――環。ねぇ、環」
その晩の事。突然、蛍に叩き起こされた。
「灯ちゃん、外に出ていったわよ」
「……追いかけるか」
灯の行く場所は検討がついていた。
空き家から出て、まっすぐ展望台に向かう。
「ここにいたか」
座って夜空を見上げていた灯に声を掛けると、はい、と彼女が答える。
「綺麗ね」
灯の隣に座り、僕達も夜空を見上げる。
空一杯に広がる星の海は、この街の名物だと聞いていた。
きっと灯は、そんな言葉も覚えていたのだろう。
「星空を見上げるのも、これで最後でしょうか」
寂しそうに呟いた灯に、蛍はクスッと笑った。
「そんな事ないわよ」
灯の頭を撫でながら、蛍は続ける。
「だって、あたしも環も、今はこうして見上げているんだから」
生きていれば、こうして何かを澄んだ気持ちで見る事だってできる。
僕達の数少ない過去の自分にだって触れられる。
「そうじゃないと、やっぱり面白みに欠けるじゃない。ね、灯ちゃん?」
「……そうですね。だったら、こんな時間を大切にしなければいけませんね」
そう蛍に答えた灯の笑みは、どこまでも澄み渡っていた。
今だけは、そんな彼女の姿を見ていたかった。
ここまで読んで頂き、誠にありがとうございます!
新たに決意を固めた灯は、これからどんな仕事に向かうのでしょうか。
一週間前後ででまた更新したいと思っています。
では、また次回まで。




