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カンジョウ  作者: 5番目
5/10

カイコウ

思い出すのは過去の記憶。

 俺は白い部屋にいる。ここは病室。無機質なベッドの上で上体を起こす俺は、隣のベッドを見つめている。

 まだ目覚めたばかりの俺は窓際のそのベッドを瞬きを挟んでは、誰かここに居たような気がしてならなかった。整えられたシーツは人の面影を残していない。それでも、何故かそこに誰かが居たような。

 考えている内に、右手側にあるドアが開き、部屋の中に誰かが入ってきた。

 不安、不快、恐怖、嫉妬。俺は頭を抱える。頭に巻かれた包帯に気が付いたのはその時だった。その上から、『それ』に締め付けられているような気がして、俺は見えない手を振りほどこうと暴れた。

 部屋に入ってきた誰かの気配が消えた頃、俺はそのまま眠ってしまった。その時の感情が嘘だったかのように、ここには心地よさが残っていた。

 あれは誰だったのだろう。そんな疑問も持たずに、俺は眠った。

 次に起きた時も、隣のベッドには誰も居なかった。その次も、その次も。ただ毎回現れる何者かに、貶され侮辱され諭され感謝され、俺は頭を抱えて、その度に自分が頭に怪我をしている事を思い出し、そして眠った。

 終わらない悪い夢が、ただ夢の中で眠る時だけは、仮初の終わりを見せる。俺はそれだけで満足だった。ただ、願わくばこれで終わりにしてくれないか。

 ……。俺は目を覚ます。


 俺は白日に晒されている。隣に彼女は居ない。彼女はジメジメした空気が苦手だから。今頃は部屋でいつものように黙って、ただ黙っているだろう。

 俺は雨上がりの道を歩いていく。俺も、この匂いは好きじゃなかった。昼間でも陰気で、どこか不安だった。

 肌に纏わり付く湿気に眉をひそめながら歩いていく。目的地はここからそう遠くない病院。

 俺が病気をした訳じゃない。彼女がそうなった訳でもない。人に会いに行くんだ。

 俺は何故か、つい最近から昔の知り合いの事が気になっていた。

 不図した時に思い出す。あいつと俺はあの病院で出会った。あいつが結局、何の病気をしていたのかは知らないまま、あいつは居なくなった。

 怪我をして入院した子供の頃の記憶、果たして正しいものなのかどうか。あそこに行けば何か分かる気がした。

 彼女もあいつを知っている。俺達はよく三人で過ごしていたから。だが俺は、彼女の居る前で、あいつに会うのが嫌いだった。

 それは嫉妬だとか独占欲ではなかったように思う。それは多分もっと深い、嫌悪感のようなモノ……。

 あいつが彼女を見る目、彼女を見ながら吐く吐息、あいつが彼女を記憶に残す事すらも嫌だった。

 そんなだったから、あいつとは次第に段々疎遠になっていった。彼女はそれについては何も言わなかった。今程では無いが無口だった彼女は、あいつの名前すら口に出す事は無かった。本当に存在していたのかすら疑問に思える程に、彼女はあいつの事を語らなかった。

 病院が見える。もう少しで着く筈だ。俺は何をしに行くのだろう。もうあいつはここに居ない筈なのに。何故今更子供の頃の事を思い出したのだろう。今を生きるには足枷にしかならないその記憶を。

 一歩進む事に、歩みを止めようとする自分と進むのを促す自分が解離していくようだ。

 あいつに会って何を話す?あいつは俺に何を話す?何故俺は歩いている?

 考えれば考える程不快になっていく。今日は、いつ家を出ただろうか。隣で眠る彼女を起こさないようにして、行き先も告げずに……。

 とうとう病院の前まで来てしまった。雰囲気がいつもと違うように見えるのは、俺が用事もなくここに訪れたからだろうか。俺にとって病院とは非日常で、増してや人を探しに来るような場所では無かった。非日常は不安や恐怖へと変わっていき……。何故こんな理不尽を受けているのだろう。俺はただ……あいつに会いに、ここに居ない筈のあいつに会いに?正しくは記憶の正しさを証明しに。おそらくはそうだ。

 恐れているのは、あいつ自身を恐れている訳じゃない。あいつと会う事、それ自体を恐れている。存在しているのかしていないのか分からない奴を、この目で見てしまえば存在を認めざるを得ない。あの不安と不快の具現が動き出す。俺はそれが恐ろしい。あいつが、彼女を脅かすかもしれない。あいつは俺を恨んでいるかもしれない。心当たりは無いが、恨まれるとは得てしてそういうものだ。

 三人で過ごした日々の記憶はあるのに、何故かそんな不安ばかりが浮かんでくる。

 自動ドアが開く。最早自分の意思から独立して歩く足を止める事も出来ず、俺は院内へと進んでいく。

 受付には誰も居ない。それどころか、辺りを見回しても誰も居ない。定休日だろうか、しかし、それならドアが開く筈は。

 院内の静けさは異質であった。俺はどうしてここに来てしまったのだろう。

 人の気配なんてしないし、もしかしてこの病院はもしかして廃病院になったのでは?いや、それならドアが開く筈が……。

 待合室の椅子は一つも使われる事が無く、ただそこに在るだけ。そこに窓から差し込む温かい光も、今は生温く感じてしまう。

 受付と、窓際の机に一つずつ置かれた花瓶、それに挿された花は枯れていなかった。俺は窓際の方の花瓶に近づこうとする。

「久しぶりだね。」

 花瓶に触れようとした時、どこからか聞こえる声。

「いや、今朝にも会っただろうか?」

 大げさな抑揚と、声変わりを逃したような幼い少年の声。

 この病院に立ち入ってから初めて聞こえた人の声を、俺は知っていた。

「最後に会った日の事、覚えてる?」

「君は僕に会いに来たんじゃないの?」

「何とか言ってよ。」

「ねぇ。」

 出会った時と同じように、俺に質問ばかりを投げかけてくる。その後に続く沈黙も、なんとなく覚えている、決まりごとのような……。俺はその幾つかの問いへのもっともらしい答えを探しながら、あの日を思い出していた。

病室、白いカーテン。白いシーツ、同じく壁、天井。俺は目覚めて、眠って。

 その間にあいつは居た。俺はそうだったように思う。何もかもが不確かだ。そうだ、そもそも俺はそれを確かめる為にここに。

 でもそれを確かめる為に必要なのは、不安、不快、その他諸々の正体を探る事。俺は思い出す恐怖と、過去の清算に頭を抱える。

俺は、頭に包帯を巻いている。

 そうだ……。俺は頭に怪我をしてここに入院して……。それから?

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