アジサイ
酷い夏になるだろう。俺は何故かそう思った。雨は三日前から降り続き、空の色は陰鬱を表していた。しかし紫陽花は綺麗だった。
さっき窓から見下ろした紫陽花を何故か思い出して、俺は目を瞑った。雨音が聞こえる。ただそれだけ。
彼女は何も言わないし、俺も何も言えない。
部屋の中には気に留めるまでもない小さな音ばかり鳴る静寂があって、それら全てが四肢を動かすのを待っているようだった。二人は湿気を吸い取ったみたいに、ベタベタ汗ばんでいる。嫌な汗だ。なんとなく、部屋の空気が重苦しい。
今足を動かせば、彼女のそれに触れるだろう。今腰を浮かせば、体勢を変えれば、軋む音が鳴るだろう。何故だかそれが嫌で、俺はジッとしている。雨音だけが聞こえる。雨音の中でも、ここが静寂だと思うのは何故だろう。聞こえている、それは彼女も同じ。しかし俺達は、それが意味のある事だとは思っていないようだった。だから、取るに足らないその音に意味など見出さずに、ただ静寂の中でジッとしている。
彼女の汗ばんだ身体。嫌な汗をかいて震えている自分。白いシーツ。俺の手の届く所にあるものはこれぐらいだ。その他このベッドの上にあるのは、明らかでは無い彼女の心だけ。
俺は彼女の外側を全く支配した気でいる。喉を震わす嬌声も、閉じた瞳も、震える身体も、全て自分のモノにしたと。そう思っている。傲慢だろうか。だが彼女は抗わない。俺はすっかり自分が認められた様な気になっていた。
承認欲が満たされれば、次は支配欲、独占欲が俺の手の力を強めようとする。俺はそれに抗わず(抗えた筈であったのに)彼女の腕を握る力を強めた。
その時にはもう、自分の身体が自分の意思によって動いてはいないような気がして、俺は何処か外側から、彼女を見ている様だった。
彼女の身体が震える。
俺はそのまま……。
そのまま力を弱めて……。
どうしてだろうか、さっき覚えた欲は鎮火されて何処かへ消えていく。残されたのはただ震えている自分だけ。目に映るのは白い肌だけ。
なら、彼女が感じているのは?恐怖?不安?それか、全く反対の……。
俺は彼女に覆い被さったまま身を起こし、すっかり力の抜けた両手で顔を覆う。
彼女の事は愛している。だから、俺は愛というモノを履行したがる。
では、さっき俺を動かしていたのは?さっき俺を動かしていたのはなんだ?情欲は、忘れたハズなのに。
多分情欲、肉欲やらなんてモノは、醜悪な感情なのだ。だから俺はそれを捨てた。けれど、俺は彼女を汚そうとする。まるでそうしなければならない、道は一つしかないのだと言うように。
俺は何がしたいんだ?
彼女はどうされたいんだ?
愛情から切り離された情欲が、また俺を支配するのは何故なのだろう。
俺はまだそこに居る彼女に、顔を覆ったまま告げる。
「今日はこれで終わりにしよう。」
指の隙間から覗いた彼女は、まだそのまま目を瞑っていた。
雨の音が強い。
紫陽花は、散ってしまわないだろうか。