五十九話
(状況を整理しなきゃならん。今俺を取り巻く状況と、目の前にある問題と、それに対する解決策を用意しなきゃユーラスの名が泣くぞくそったれ!いってええええ!!)
腹に走る激痛を感じたのは一瞬、自分よりも小柄な少女の一撃によってセントは教室の壁に叩きつけられた。
的確にみぞおちを狙った拳技はとてもじゃないが何発もまともに喰らって耐えられるものでは無さそうだ、とセントは思う。吹っ飛んで壁に激突し、背中に走った衝撃で肺から息が全て吐き出された。
「まだまだぁ!」
「・・・・・・!」
大声で追撃の意思を見せながら、小さな少女の体がセントに迫る。セントより小さい筈の体なのに、迫る迫力はまるで猛獣だ。
フリュはセントに一撃を加えた後、飛び跳ねるように下がったその姿が再び一瞬でセントの目の前に現れる。
完全に射程圏内にセントを捉えた。
「ちぃぃ!」
セントは何とか息を吸い込んで前を見る。言葉通り息つく間もないほ程近くに少女が迫っていた。
(速いってもんじゃねぇ!この体でも目に捉えるのが精一杯かよ!どんなチート!?)
セント・ユーラスの目でなければ動きどころか姿さえ捉えられるか怪しいところだ。
だが優秀すぎる血を引くその体は、自分に向かってフリュが上半身を狙って放った蹴りに見事に反応した。
「くっ」
セントは倒れ込むように上半身を真横に動かす。前世ならば確実に腰をやっているような動きだ。
(んなこたどうでもいいけど・・・なっ!)
倒した上半身すれすれを、風を切るような音を立てて少女の蹴りが通り過ぎる。そのまま転がるように体を倒し、飛び起きざまに距離をとった。
セントは距離をとったーーつもりだった。
「おっそい」
「はぁ!?」
聞こえた声は真正面、飛び起きざまにバックステップで開けた距離は一瞬のうちに消えさっていた。
そのままフリュが』体を回転させーー回し蹴りをセントの体に叩き込む。
避けられない、体の重心が後ろに傾いている状態で間合いを詰められたセントは瞬時にそう判断を下し、体の正面で腕を交差させ受けの体制をとった。
瞬間、衝撃が走る。
「ぐ・・・う!」
一体どう鍛錬すれば十歳の少女がこの威力、この重さの蹴りを放てるのか。衝撃が腕を、そしてそのまま体をも吹き飛ばす。
数秒前とほぼ同じように教室の床をごろごろと転がり、それでも素早く体制を立て直して思考する。
幸いに、今度は追撃はなさそうだった。
(くそ、なぁにが落ちおぼれの魔法騎士だ。こいつしっかり武術を学んでるじゃないの)
まだ魔法学園に来る前の事、セントが魔力量の無さに嘆き、それを隠すように英雄である両親にあらゆる訓練を頼んでいた時の事をセントは思い出す。
(パッパの体術講座は長かったからな・・・俺も相当体術武術教えてもらったが、あんな実践向きのガチガチ戦闘スタイルじゃなかった)
みぞおち、脇腹、首近くの上半身、フリュが放つ一撃一撃が相手を戦闘不能に追い込む場所だ。相手の弱点めがけて迷わず必殺の一撃を放つ、それは戦場において必要な手段だと、サリエルも言っていた。
「なんだ、逃げ腰だなーユーラス。やっぱり大したこと無いのかオマエ」
(んだとコラァ!!!)
沸点の低さ。精神年齢で言えば30歳以上離れた少女の挑発に易々乗っていく男だ。
なんとか表情に出さぬよう努力している無言のセントに、フリュが不敵な笑みを向ける。
「全然攻撃してこないじゃないかー、さっきもわざわざ追撃しないで時間をやったのに。このままだと、ユーラスの名が泣いちゃうぞ?」
バチッ!と、セントの周囲に小さな青い光が弾ける。
どうにも今世の精神は、その侮辱に耐えることが難しいようだ。前世で培った感情を表に出さないという特技も、この世界で多大な愛を受けて育ったセントでは完全再現出来ないらしい。
溢れるなんてことがあり得ない程の魔力でさえ、表面に出てきてしまう。
セントの怒りは決して小さくない、だがーー。
「・・・君は強いね」
「・・・は?」
セントは笑う、天使の笑みで微笑む。
転がった時に髪についたほこりを手で払いながら、フリュ・アルトレスタに向かって、カナリアなどが見たら真っ赤になるであろう優しい笑みを浮かべた。
(クソガキてめぇはいつか絶対泣かす。でもな、今やるべき事は恐らくお前といい勝負をする事じゃない)
セントは気付いた。自分が本気になれば、恐らくこの少女とも五分の勝負ができる。勿論魔法抜きのこのルールに限りだが。
勝てるかどうかは分からないが、少なくとも無様に負けるなんて事は無い。
セントもずっと救世を相手にして訓練してきたのだ、それもその中で最も世界に名を轟かせる二人を相手に。
事実、最初の攻撃は面食らって防げなかったか、続く二撃、三撃は避ける事、ガードすることが間に合っている。
セントは皮肉げに呟こうとして、冷静になり小さく口を閉じた。
(成長した武術、体術を見てくれるのは性格の悪い生徒会長と、やさぐれ少女のたった二人。対して精霊から借りた俺のものじゃない力は全校生徒が見ていた。まぁ、お陰様で気持ちいい思いは出来たわけだし、ユーラスの名も落ちなかった訳だけど・・・なんともねぇ)
「なんだオマエ、それはどんな顔なんだよ」
フリュが不満そうにセントを睨む。
何とも言えない感情に浸っていたセントもすぐに考えを再開した。
(ま。それも後だわ。今は今、と。とにかくいい勝負が出来て運よくこいつに勝ったとしても状況はあまり良くならない。今後の学園生活において味方作り、仲間作りが重要になってくるのにここで無駄に敵を増やしてもいい事なんて何もない。それよりも、俺はこいつを手懐ける。この獰猛な女の子を、な)
ずっと気になっていた。
十全に武器を扱えないという理由だけで、魔法騎士として落ちこぼれと言われる事は果たして十歳の少女に耐えられる事なのだろうか。
ここに来るまでに聞いたらライクの話では、魔法騎士という家系はかなり厳しいようだ。母と父は詳しく言っていなかったが。
最初はセントも、この世界の英雄達の子供はそういう事に耐えられる精神の持ち主なんだろうと勝手に解釈していた。それはあまりにも、今まで出会ってきた記憶にある英雄の子供達が優秀で大人びていた為だ。
アリアにせよカナリアにせよ、精神が成熟しているように感じられたから。この世界の十歳の精神年齢は、前世の世界のそれより圧倒的に上だと判断していた。
だが、それだけではなかった。カナリアがずっと悩みを抱えてきたように、この少女もまた心に闇があるとセントは確信している。
(そりゃ気にしてないように、傍若無人に振舞うよな。無詠唱で魔法が使えて、体術も十分すぎる程だ。自分でも思ってるんだ、なんでこんなに頑張ってるのに魔法騎士と認めて貰えないんだって。そしてそれを同世代の、増して英雄の子供達の前で晒したくはないわな)
ただ、とセントは思う。
会話を重ねていく内に、彼女の素が見え隠れしている。
(騎士を侮辱すると許さない、女の後ろに隠れる情けない男、そこらへん口に出しちまうお年頃なのさ、お前は)
そしてもう一つ思い出されるのは、たまに彼女が見せる年相応の笑顔。
セントでさえも可愛いと思ってしまうあの笑顔は、彼女本来の笑顔なのだろう。
(最初は才能あんのに武器の鍛錬怠けてる贅沢野郎ーー野郎じゃねぇか。贅沢動物我儘少女かと思ってたが、誤解だったな。体術も魔法も、才能だけじゃああいう使い方にはならない。きっと武器の扱いも、努力したんだろうよ。だからーー)
「フリュ・アルトレスタ、僕を倒しなよ。そしてそのあと、友達になろ」
(俺のため、ユーラスのため、そしてお前のために俺が負けてやる)




