五十五話
評価、感想ありがとうございます。
「何をやってるんだ君は?もう少しで一生歩けなくなるところだったんだぞセント君」
「…………すいません」
優しく問いかけるライクの視線が痛い。諭すような声音が耳にも痛い。まさしくWパンチだ、手は一切使われていないが。
壁の紋章に寄りかかり荒く息を吐く、流石のセントも精神的疲労を隠せない。
セントの雷(足)が消滅する寸前に現れたライクはセントの状況を確認すると、少しの動揺もせずに見事な対応を行った。
誰かのように動揺を隠している訳ではなく、実際に冷静だったのだから大したものだ。
消えかかった雷を前に、ライクはもう一度紋章を発動させた。補助装置は再度発動しセントとライクへ魔力を送る。
結果的にセントの足は再び雷になった。が、それではふりだしに戻っただけ。
だが、ライクはこの魔法の成功の仕方をセントに冷静に伝えた。
『いいかセント君、イメージだ。足だけのイメージじゃない、五体揃った全身のイメージを浮かべて魔力を集中させる事でこの魔法は完結する。ゆっくりでいい、焦らなくていいからーー落ち着いて』
ライクの冷たい声が静かに、しかしハッキリと脳内に溶けていく感覚をセントは覚えている。
それは魔法などの力ではなく、ライク・マクリアスという人間本来が持つ才能なのかもしれない。
焦りをライクに見られたくないセントは他人が現れた事によって一気に頭が冷えた。
ーー無様を晒すわけにはいかない。既にこの失態で死にそうなほどに恥を感じているのに。
足の形ばかりをイメージしていたから雷は戻らなかった。それさえわかれば、魔力コントロールが得意なセントに出来ない訳が無い。
頭の中でセント・ユーラスの全身をイメージする。前世、オンラインゲームを始める前のキャラクタークリエイト画面を思い浮かべれば難しくもない。
体をイメージした瞬間、文字通り目にも止まらない速さで集まった雷は確かにセントの足としてあるべき場所に帰っていた。思わず手を足に当て、そこから伝わる確かな肉の感触に安堵したのは言うまでもない。
訪れた安堵ど疲労により体の力が抜けて、セントは紋章の壁に寄りかかった。
そして、ライクの台詞に戻る。
「どういう経緯でこの魔法を発動したんだ?と、予想はついているが……」
セントのもたれている壁、そこにある紋章に目をやりながらライクは続ける。
「大方、紋章の数に違和感を感じたんだろう?魔法学園のいたる所にこれはあるがこの六塔は特に多いからな。それで紋章の前で私が使った魔法を思い出してーーそこまでなら大丈夫だったが」
まるでそれの場面を見ているようにライクは話していく。
このあたりでセントはこいつ本当は見てたんじゃねぇかと思い始めている。
「イメージして詠唱を行ってしまったと」
「……僕は魔力を込めていませんよ」
いや、込めるも何も。
「原因は恐らく鮮明すぎるイメージだよ、セント君。君は補助装置の可動範囲で完全な魔法発動のイメージと詠唱を行ったんだ。普通ではありえないが……それで補助装置は勘違いしてしまった。それで君は強制的に魔法を発動してしまったんだ」
勘違いで足を失いかけたセントとしては納得できたものではない。だが最終的な原因が自分の軽薄な行動だと言われれば怒る事も出来なかった。
だが、ライクはあまり怒っていない。とういか、若干楽しそうですらあった。
「気のせいでしょうか。生徒会長、何か楽しんでませんか?」
「いいや、楽しんでなどいないさ。ただ君の対応力に感服しているだけだ」
「はい?」
残念ながら心当たりがない。
セントの中では自分で窮地に突っ込みそして助けられたという状況だ。対応も何も出来ていないのだが。
「この魔法は扱いが本当に難しいんだ。そもそも発動するための魔力量が半端じゃなく多い。僕や、君のお母様。そして君のように魔力が多い者以外は発動しても失敗するような魔法だよ。それに加えてイメージするのが非常に困難だ。体が属性化するイメージなどそう簡単には思い浮かべない。コントロールも難しい。使い勝手最悪の魔法だ、難しい事だらけのね」
「………………」
「だが君は魔力量が多いにも関わらず属性化を足のみに抑えた。それも補助装置による魔力供給を受けながら、だ。この魔法は詠唱から発動までの時間が殆ど無いだろう。一瞬で体が雷になるのを防いだ君の冷静さには本当に驚かされる」
「……もし抑えていなかったら、全身が雷になっていたらそれはーー」
「死となんら変わりない。死より残酷なものかもしれないな。体は残らず、君は魔力の雷として世界に消えていた。セント・ユーラスという存在の一片もここには残らない。だがそうならなかったのは、君が優秀な魔法使いでそれを食い止めたからだよ」
誇っていい、とライクは笑いながら言った。
だがそんな言葉セントには届いていない。今の短い時間が本当に危なかったことを再認識しているセントには。
足しか属性化しなかったのは属性化を抑えた訳ではなく単純に魔力が少なかったから。
補助装置を使っても属性化したのは足だけだったのだ、これがライクの言っていた失敗の例だろう。
だがもしこれで魔力量が多かったら。
一瞬の属性化に対応など出来る筈も無い。
ライクの言った死より残酷な終わりが訪れていたのだ。
(女神様……魔力量少なくしてくれて……ありがとう……!)
この日初めて、セントは魔力量の少なさに感謝した。




