五十三話
アサギが教室に来る前、ウルが去り際に渡してきた地図に従い目的地を目指しセントは歩いていた。六塔の七階、そこで行われる決闘に臨むため。
結局セントとフリュ・アルトレスタの魔法を禁止した決闘は既に決定されたものだったらしい。本人の意思も殆ど無視されたような形になる。
この事実は小さくない違和感をセントに与えていた。
話に聞いていた魔法学園はとにかく生徒を平等に扱う場所だったからだ。魔力があれば平等に教育を受け、権力も何の意味もなさないと。
増して今日はこの第七の面子が初めて顔を合わせた日になる。
確かに自分たちは特殊だ。それについてはなんの異論も無い。
だがーー子供であることも間違えようのない事実。十年、たったそれだけしか生きていない子供たちの初めての学校。
最初に行う授業はセントが思い描いたような子供同士でコミュニケーションを取るような授業で全く問題無い筈だった。
「でも実際に行われたのはクラス分担、魔法禁止の走り込み、決闘。初日にやるにはおかしい事ばかりだし……」
他の第七教室の生徒たちは今頃全員で集まって楽しく談笑でもしているんだろうかと思うと悲しくなるセントだ。
抜けているのは自分とフリュ・アルトレスタ、そして黒髪のポニーテールの少女、この三人。
前世はあまりいい思い出のない学校生活を送ったセントだ、この世界では青春とやらを感じてみたかったらしい。
教室で学友と談笑。放課後に一緒に帰る女子。案外一番学校生活を素直に楽しみにしていたのはセントかもしれない。
残念ながら出鼻から挫かれている事に果たして気づいているのかは知らないが、少なくとも彼に真っ当な青春は訪れないだろう。
人を騙す事に慣れていても頭が良いわけではない。
いくら考えても見えてこない第七の授業の意図。そしてすぐそこに迫っている魔法騎士直系との決闘。
逆にシンプルに考えても割と状況はよろしくない。
今後この軽さで決闘の許可が下りれば果たしてセントは生きていけるのか。いいや絶対いずれ死ぬ。ストレスで。
ビッグネームを背負ったセントに敵は多いのだ。第七だけでなく、他のクラス、先輩、もしかしたら教師にもユーラスの息子をよく思わない者がいる可能性もある。
そんな環境下で魔法なしであればいつでも決闘していいよなんて言われれば流石のセントでも躱し切ることは不可能。ただでさえ背中を向けて逃げる事が許されない立場にいるのに。
「…………………………」
歩きを止め、顎に手を当てて考える。
このままではいけないのは明確。ならば変化が必要だ。
そしてその変化にーー魔法騎士との決闘を使わない手は無い。
幸いに、セント・ユーラス個人としての力は最初の試合で多くの人間に開示できている。
今思えば、あの試合で精霊との取引が出来たことは考えられない程幸運だったのだ。
大勢の観衆の中で発動された魔法は生徒会長ですら知らぬ闇魔法。ユーラスとしての力は示されている。
「材料はある。だが……」
だが、頭の中にあるシナリオを辿ればーーセントは一度完全な敗北を晒す事になる。
それは仕方のない事だ、これからの魔法学園で過ごす生活をより安全に、穏やかにするためには必要な事。
戦術的敗北。負けの先にある勝利を掴む為には必要な恥なのかもしれない。
しかしーー。
「…………」
ギリ、と嚙み締めたセントの歯が音を立てる。
想像するだけで吐き気がする。敗北を、膝をついたセント・ユーラスの姿を。
想像するだけで顔が赤くなる。この程度かと嘲る顔の観衆を。
最早セントのそれは病気だ。
無様を晒さない人間はいないだろう。膝をつき笑われても立ち上がって生きていくのが人間なのだから。
だがセントはそれを許さない。
ただの一度も自分が嗤われるのを許せない。前世の歪んだ感情が、セント・ユーラスになってから更に加速していく。
勝利と敗北、そのどちらも見据えているのに答えは出ていない。
窓から覗く青空を眺めながら、セントは再び歩き出した。




