五十二話
「何がユーラスの名前の重荷に潰れて心を病んでいる腹黒い少年よ!適当言うのもいい加減にして!」
魔法学園の生徒会室に響く怒声。
艶やかな黒髪を乱しながらアサギは生徒会長に怒鳴っていた。
ライク・マクリアス。
魔法学園の生徒会長であり、在学生最強。セントの母、ララ・ユーラスしか使えないと言われている魔法を当たり前のように使いこなす、正真正銘の強者なのだがーー。
「い、いやそこまでは言っていないよ。腹の内を見せない少年だから油断するなと……」
「同じよ!同じ!」
書類で散らかった机で、上半身を後ろへ反らしながら言い淀む姿は少し情けない。
アサギが机に手を付き身を乗り出して怒鳴っているため上半身が引き気味になるのは仕方ないのかもしれないが。
それにしてもセントの事をよく解っている男である。ユーラスの名の重圧に負け、心を病み、そして腹黒いとは百点満点だ。
果たしてセントが心を病んでいるのかは知らないが、人を騙して喜びを得ている時点で病んでいると判断されても仕方ない気がする。
「というか、セント君にもう会ったのかい?今はウル先生の授業を受けている筈だろう。一体何処で彼と?」
何とか誤魔化しにかかるライク、若干アサギには弱いようだ。
乗り出してた身を引いて腕を組んだアサギは鋭い目でライクを睨む。
「その前に、ライク。貴方本当にセントを裏があると思ってるの?あの子はただ一生懸命なだけだわ、両親の名前はあの子にはまだ重いのよ。それでもあの試合でーーあんなに優しい人を本当に疑ってるわけ?」
真剣な声音、アサギが本気で質問しているのを生徒会室にいた全員が理解した。
数秒、ライクとアサギが見つめ合う、睨み合うでも通じるが。
沈黙を破ったのはライクだった。
「……君達ははあの魔法をどう見る」
「あの魔法って……」
間違いなくセントが入学試合で使った魔法だろう。
クルトールとエンジ、世界に歌われる『救世』の血を受け継ぐ少女達の魔法はセントに傷一つ負わせることが出来なかった。
結果を見ればそれで良かったのだが。
「あの魔法が普通じゃない事は皆も気づいているだろう」
「……詠唱ね」
「そうだ」
あの試合でセントが犯した最大のミス。
何もかもがセントにとって完璧と思われたあの試合でも、穴は存在していた。
「覆せ、なんて詠唱はあり得ない。明確なイメージこそが魔法の始まりだ。覆せと言われて何をイメージする?バケツがひっくり返る光景かい?それとも逆境を逆転させる物語かい?不可能だ、覆すという言葉でイメージされるものは人によって異なる上に、抽象的にも程がある」
あの時セントが闇の精霊に対価を支払い、どんな魔法でも唱えていいと言われた時。
セントは簡単に考えればよかったのだ。防げと。守れと。壊せと。
それならばライクも不信感は抱かなかっただろう。素直に称賛していた筈。
加えて不運だったのはーーそれが闇魔法扱いになった事。
「セント君の魔法で私が分かったのはあれが膨大な魔力量が使用された闇魔法という事だけだ。あれほど強い闇魔法を見たのは生まれて初めてだよ」
闇魔法を警戒する魔法使いは少なくない、というか寧ろほとんどの魔法使いは警戒しているだろう。
解明されていない魔法が多く、その癖に闇魔法は訳の分からない効果と威力を叩き出すのだ。
使い手が少ない事も警戒される要因の一つ。
「……確かにあの魔法は意味不明だけど、でもそれを使ってセントはあの子たちを救ったんじゃない。闇魔法でもセントは正しい使い方をしたわ。それに、そんなに気になるならセントに直接ーー」
「聞いたよその日に、その魔法に関して話すことは無いそうだ」
呆れた、とアサギが溜息を漏らす。
魔法オタクのライクの行動力はすさまじい、試合当日には既にセントへ質問済みだ。
魔法学園の生徒会長たるもの、その程度は当たり前なのかもしれない。
どうでもいいが。
「誰にだって話したくない事の一つや二つーー」
「なんや、やたらそいつの肩持つなぁアサギちゃん」
アサギの言葉に割り込んだのはーー金髪のヤンキーだった。
勿論冗談だが、もしセントがこの男を見たら真っ先にそう思うだろう。
「貴方は静かにしてなさい、私は今ライクと」
「ええやんええやん、俺もあのガキは好きやで?全然知らんけど!」
「……黙れ、といった方が良かったかしら」
パキ、と音がする。
窓に霜が張り付き、やがて一面を白く変えた。
「寒いからやめてやアサギちゃん~謝る!ごめん!この通り!」
手を合わせて頭を下げる金髪。
誠意は全く感じられないが、アサギは再び溜息を吐いた。
「とにかく私はセントの味方だからね、ライク。どんな理由があっても私は、私が見て感じたものを信じる」
アサギの瞳に感じる決意は確かなものだ。
セントの味方、というのもアサギの本心だろう。
「……信じる、か」
確かに、自分の信頼するアサギがここまで他人を気に掛ける事はそうあることではない。
『英雄』の子供、という点で同じ立場の少年に自分を重ねないでもないが。
ライクはあの夜が忘れられないのだ。
試合の日の夜、セントに話を聞いた時に感じたあの雰囲気。
『僕はセント・ユーラスであり、ここに確かに存在している』
表情の見えない彼が淡々と語った言葉。
確かにあの時ライクは感じたのだ、得体の知れない何かを前にした時のーー気色悪さ。
月の浮かぶ夜に見た少年の闇、それを思い出すとどうしてもライクはセントを素直に信頼できない。
「案内をした時は普通の子供だったがね。普通の、英雄の子供」
「ライク……?」
突然目を瞑り小さな声で呟きはじめたライクにアサギが怪訝そうな顔をする。
その時ーー生徒会室のドアが小柄な少女によって開かれた。
「会長、ウル先生とルールクス先生が呼んでますよ。六塔の七階です」
「六・七?誰か決闘でもーーまさか」
「魔法騎士と救世最強。どうなりますかね、これ」
少女が言い終わる前に、生徒会室からライクの姿は消えている。
生徒会長の机に残るのは、糸屑のような雷だけだった。




