五十話
第七の面子が揃って数時間、光の少ない空き教室でセントはウルと向かい合っていた。
魔法学園の塔はどれも背が高く、窓は大きい。日の光が入りやすい造りになっている。が、それは太陽に向いている教室の話、日が差していない方の教室は昼でも若干暗い。
「……大事なお話です…………セント君……」
机も教卓も無い、教室という空間にあるべき物が一つもない教室。
若干ホラーじみている。
「大事な話なのは分かりました。……他の生徒達はいいんですか?」
散々走らされた挙句に置き去りにされてきたクラスメイト、もといカナリアとジャンヌを思い浮かべながら質問する。他の生徒がどうなろうと正直知ったことじゃないセントだが、あの二人は別だ。
「……今頃はルールクスと授業をしているでしょう。……問題ありません」
「ルール先生が?じゃあ今あちらでは第七の生徒が集まっているんですか?」
数時間前に別れたばかりだというのに再び再集合とはどういうことなのか。今頃皆で仲良く雑談でもしているのだろうか。
(そして何故俺はハブられている。訳が分からん)
「……君なら後で合流できるでしょう。今はこちらに集中してください」
「……友達を作るチャンスを失くしてまでの内容なんですよね?」
影の落ちる部屋、ウルの顔は前髪と影に隠れてよく見ることができない。しかし確かにその口元が吊り上がっているのをセントは見た。
「フリュ・アルトレスタがあなたと戦いたいと」
(……は?)
放たれた言葉の意味が理解できない。
フリュという名前に聞き覚えはない。だがアルトレスタということは先刻突然に魔法でセント達を
攻撃してきたあの少女に間違いないだろう。
だとしてもだ、本当に意味が分からない。
何故ーーフリュ・アルトレスタのその意味不明な願いが、ウルを通して自分に伝えられているのか。
(いくら英雄の子供だからといってまだ十歳、そんなガキの我儘が通るはずがない。ましてや魔法学園だぞ、どんな有名な名前でも平等に扱うとわざわざ言っていたこの場所であり得ることじゃない)
確かにセントの考えは間違っていない。
この魔法学園ではあらゆる少年少女が、家柄に関係なく平等に扱われている。どんなに有名な貴族でも学園内での横暴は通らず、その権力は意味をなさない。
例え英雄の子供でもそれは変わらないことだ。フリュ・アルトレスタがあの魔法騎士の娘だとしてもそんな勝手はーー。
「……セント君」
(考えてんだろうるせぇな!)
相変わらず内心に余裕というものがない。折角冷えた体がまた熱を取り戻し始めた。
(あぁなんでこう俺に突っかかってくる奴が多い!?ウルが俺にこのことを伝えている時点で恐らくフリュ・アルトレスタとのーーええい面倒くさい!あの動物少女との戦いの許可が下りてる事は間違いない、そうじゃなきゃわざわざ伝えないだろうよ。あとは俺の返答次第の筈、どうにかして戦いを回避しなきゃーー確実にフルボッコ決定コースだ)
そう、勝てるはずがない。無詠唱で魔法を使うようなーーそうでなくとも魔法騎士の直系というだけでセントが勝てる確率はゼロに近い。
なんせ、両親が唯一勝てない相手がアルトレスタだ。負けもしないだろうが、完全に勝つことは不可能だろう。
「……この事を魔法学園は許可しているんですか?ウル先生」
「君が分かりきった事を聞くのはらしくないですよ……ですが、そうですね。回答しましょう。魔法学園はセント・ユーラスとフリュ・アルトレスタのーー魔法の使用を禁止した模擬戦闘を許可します」
(ほらやっぱりーーあ?)
二度目、再び理解が追い付かない。
ウルと話し始めて、セントの体温は上がり続けていた。
「カナリアさんカナリアさん。セントさんって、なんであんなに本心を隠してるんですか~?」
「え?」
ぱたぱたと手で顔を仰ぎながら、何でもないことのようにプランが放った言葉に固まってしまう。
セントが本心を隠しているなどとーーカナリアは全く考えたこともなかった。
「セントさんですよぅ、教室に入ってから今までずーっと隠しっぱなしです。私そういうのわかる家柄で有名なんですけど~……カナリアさん、知りませんでした?」
きょとんとした顔でプランが首をかしげる。
確かにーールルの家系に嘘は通じないという噂はよく耳にしてきた。だが、それが本当ならルルの血を持つものは他人の心を読めるという事になる。
そんな事が可能ならーーきっとどの救世より先に魔の王を倒した事だろう。
「いいえ~、私にそこまでの力はありませんよぅ。なんとなーく、何かを隠してたり、本心を見せてないのが分かったりするだけです」
「……今のはたまたま私の考えを読んだだけ?」
「はい~」
にこにこと笑うプランの笑顔に嘘は見えない。見えないけれどーー無邪気な顔が胡散臭く見えた。
首を振って考えをリセットする。
「それじゃあプランに嘘は通じないの?噂通りに」
「あぁ~……通じる人は通じますし~、通じない人は通じません。どうして違いがあるのかは分からないですけど~……あ、でもさっき言ったセントさんについては間違いないと思います~」
「そう……なの……」
セントが、心を隠している。
本当かどうかもわからないのに、心には暗雲が立ち込める。
「ねぇプラン、セントは、その、どういうーー」
「あ、ウル先生戻ってきましたよ~。カナリアさん行きましょう~」
指さされた方を見ればウルが戻ってくるのが見える。
すちゃっと素早く立ち上がるプランに思わず口元がひくついた。
ユリサールと同じ系統の少女と思っていたがーーそんなことはないらしい。
「セント……」
恋する少女に迫る戦いはーーすぐそこまで来ていた。
この小説はローファンタジーなのかハイファンタジーなのか………




