四十七話
第七教室の入り口の扉が再び音を立てて開いた。
可憐な少女と話す幸福な時間を過ごしていたセントだったが、入ってきた者を見て目を見開く。
黒いローブを身に着けた、全体的に暗いオーラが漂っているその男はーー。
(最初の案内役じゃねーか)
セントを魔法学園まで案内した男だった。
セントとしては、あまりいいイメージではない。怖いのか?と質問された時は感情的に怒ってしまったが、今ならばあれも冗談だと理解できる。
それにしたってやはり失態を見せた相手にあまり好意的になれるような人間では無い。
壇上に立った男は相変わらず暗い。
前髪が長く顔を隠してしまっているというのも要因の一つだろうが、何というか見ているこちらが悲しくなるくらいに暗いのだ。
先程まで光の使いと名乗る美しい少女と話していたセントには、特にダークなイメージを抱かせた。
(まるでジャンヌとは反対だな、アレも光魔法でも使えりゃ違ったかね……ん?)
流れるように目上の教師をアレ呼ばわりしたセントだが、ここで一つの疑問が湧く。
疑問と言うか、不可解な事。
(光魔法……?ジャンヌがあんまり光が似合ってたから気付かんかったが……この世界に光属性なんて存在してねぇ筈……だよな)
セントの知識では、火、水、風、雷、闇の五属性だった筈だ。
しかし先程ジャンヌは確かに自らを光の使いと言った、いったいどういう事なのか。
(んー……?)
見えない、全く持って理解できない。
ジャンヌが嘘をついている、と言えば簡単なのだが、セントはしっかり覚えていた。
ジャンヌは、先ほどの会話の中で、一度も『光の魔法』とは口にしていないのだ。
光の使い、使い手、光を通してーーと、際どい言葉は数多い。しかし、魔法という言葉は無かった。
それがセントを悩ませる。そもそも嘘など全く無縁そうな少女が、あえて言葉を選んでいたのだと考えても、その理由は解らない。
(単純な超能力とか……いや、それにしたってあの眼に宿った光は魔力の感じに似過ぎだ)
「……君達の担任をします……ウル先生と呼んでください……」
深く思考の沼に嵌っていたセントの意識が、ぼそぼそと告げられる言葉に引き上げられる。
殆ど目は見えておらず、ぼそぼそと喋る男の自己紹介は、相手に好印象を持たれたいという気持ちが全く無いように見える。
というか、実際そうなのかもしれない。
「ルール先生のお話の通り……君達の才能には少人数の教師では手が足りません……ですので、私達だけでなく、様々な教師が君たちの授業を受け持ちます……理解していてください」
(眠いのか?それとも体調悪いのか?)
セントに心配されてしまう程にゆったらと喋る男ーーウル。
案内時の試練の時はキャラ作りで暗い男を演じているのかとセントは思っていたが、どうやらこれが彼の素のようだ。
「ではまずは……」
は、の形で口が固まる。そうして二秒ほど黙ったウルは、口を閉じて改めるように言った。
「いえ、話ばかりではいけない……少し休み時間をとります……十分後に、また」
ゆっくりとした動作で第七を出ていくウル、案外気を使うタイプなのかもしれない。
コト、と音を立てて扉が閉まる、するとすぐに隣に座っていたカナリアが話しかけてきた。
「ねぇセント?あの子と何を話していたの?」
少し赤い頬、上目遣いに合わせられた瞳、拗ねた様な声。
どうやらセラ・フィールやプラン・ルルと話をしながらもセントを気にしていたらしい。ジャンヌと仲良さ気に会話をしていた事も、見逃してはいなかったようだ。
(ウル先生の事だと思ったけどカナリア可愛いから許しちゃう!!)
気色が悪い。
時々(脳内で)出るその口調はどうにかならないのか。
セントはニコリと例の笑顔を作る。もはやこれは特技と言ってもいい程に完璧だ。
「いや、別に何もーー」
言いかけて、カナリアの若干不安そうな瞳を見て、セントの心に僅かばかりの嗜虐心が湧く。
ハブられて悲しかった訳ではないが、なんとなく意地悪をしてみたくなったのだ。
「ふふ、なんだろうね」
少し誤魔化す様に、含みのある笑いを出す。
ちらりとジャンヌを見れば、ジャンヌもセントを見ていたのか、目が合えばジャンヌは嬉しそうに微笑むではないか。
「せ、セント……私にもあの方を紹介してくださる?」
セントの服の橋を掴み、若干震えた声で話すカナリア。
若干涙目だったかもしれない。
「うん、次に自由時間がくればその時に、ね?」
セントは非常に満足した。別にセントはサディストという訳では無いのだが、可憐な少女が自らの言葉に簡単に心を揺らす様は見ていて実に満たされるものがある。
今度は純粋に優しく笑いかければ、カナリアも安心したような笑顔を見せた。
「カナリアも、仲良くなった二人を後で紹介してくれるかな?」
友達の友達は敵ーーなんて言葉を聞くことがあるが、セントからすればこの教室にいる時点でほぼ全員敵だ。
仲良くするつもりは、特に男、一切ないがそれでは外聞が悪い。ぼっちな英雄の息子なんてレッテルを張られる気はさらさら無かった。
「えぇ、任せてセント。二人ともとてもいい子よ?」
カナリアの言い方に心の中で笑ってしまうセント。
(いい子……いい子ね。完全にカナリアはお姉さんだな……残念だなセラ・フィール、お前は子供にしか思われてないぞ)
セラがカナリアにそういう感情を抱いているのかは知らないが、セントからはそう見えたのだろう。
相変わらず心が狭い。
(にしても……気になる事が多い。ジャンヌの属性、担任の人選の理由、そしてーー)
ちらちと教室の端の方にある席、そこで机に突っ伏して寝ている少女を見る。
顔は伏せられて解らないが、後ろで纏められた艶やかな黒色の髪は美しい。
所謂ポニーテールだ。
(黒髪、ポニーテール……闇の精霊そっくりだな。まぁ精霊の方が美人だろうが)
まだ顔も見ていないのに失礼すぎやしないか。
(ま、ほんとならこの三つの疑問に水のルルも加わってるんだが。あいつは心配ないだ)
セラ・フィールを会話している水のルルーープラン・ルルに不自然さは見当たらない。
少し頭のいい、十歳の少女という感じ。
(警戒してた俺が馬鹿みたいじゃないか)
おっと、セントは馬鹿ではないのだろうか。
(本格的に魔法の授業が始まる前に疑問はできるだけ解消しておきたい。なんにせよ、ユーラスと言う名前はフル活用だな)
青い空をガラス窓越しに見つめながら思っていれば、再度扉の開く音が聞こえた。
どうやら十分が経ったらしい。
第七教室での、最初の授業が始まろうとしていた。




