四十六話
「ごめんねジャンヌ、もう一回言ってくれるかな?」
聞き間違いを疑うセント。さすがのセントも十歳の初対面がいきなり求婚してくるとは読めないらしい。当たり前か。
「も、もう一度は恥ずかしいのですが……」
肌が雪のように白いため、朱の色がよく目立つ。赤くなった頬を隠すように左手を当てるジャンヌ。そこには普通の十歳では決して出しえない色気があった。
すぅ、と深呼吸をして、今一度少女は言葉を出す。
「セント・ユーラス様。これからの未来を私と共に生きて欲しいのです。婚約の契りを交わして頂けませんか?」
ジャンヌの目がセントを捉えて離さない。冗談で言っているようには全く見えなかった。
(最近俺のパーフェクツポーカーフェイスが崩れてきている気がする……あの生徒会長といいこのジャンヌといい……まともな奴と出会いたい)
そんな事を思っているセントは果たしてまともなのだろうか。
(どちらにせよーーその真意を教えてもらおうか、ジャンヌ・ホーリア)
これがカナリアやアリアからの求婚だったらどれ程嬉しかったか。とセントは思う。いや、確かにジャンヌは可愛らしい。将来は多くの男を虜にする美魔女に変身するだろう。
しかしーーセントの中でジャンヌの警戒度は非常に高くなっている。聖母の様な笑みは内心を読む事を許さず、極め付けはあの眼だ。
範囲は解らないが、少なくともセント達がいた塔から試合場までの距離までは視えるという事。最大の武器が嘘という悲しい人間のセントにとっては厄介すぎる。
少しでもいい、セントはこの少女の情報が欲しかった。
得意の営業スマイルーーもとい聖人スマイルを浮かべてジャンヌとの会話を続ける。
「それは、どうして僕と?」
「それはですね!」
まだ少し赤い頬、ぱぁ、と笑うジャンヌは確かにセントが言った通り、神々しいまでに美しい。
「ユーラスという大きな光、私はずっとお会いしたかったのです。試合でお会いしたかったのですが、残念ながらそれは叶いませんでした……」
しゅんと、表情を沈ませるジャンヌ。落ち着いているようで、意外と喜怒哀楽の変化が激しい子なのかもしれない。
「それで……お恥ずかしい事に、我慢が出来なくなってしまいまして、いけないと解っていながらも、試合場をずっと見ていたのです……セント様がいらっしゃるまで」
(言い方が若干怖いからやめろ)
確かに、不本意だがセントに同意だ。
「そして、ようやくあなたを見ることが出来てーーやはりあなたはとてつもなく輝かしい光でした!」
それは試合場の照明の光と見間違えた可能性がある。セントが輝いているなら世界中の子供たち全員が輝いているはずだ。
「暗闇で迷う哀れな少女二人を必死で助けようとするお姿……!強大な魔法を苦も無く避けるお姿……!セント様の全てが輝かしい……!」
突っ込みどころ満載だが、ここはあえて何も言わないでおこう。
タイムイズマネー。
「そして最後には自らの勝利をも捨て去るあの勇気……私はあの時に衝撃を受けたのですセント様」
セントも今まさに衝撃を受けている。
「こうやって、会って間もなくこのような事を言うのは、その、ふ、ふしだらな女と思われるかもしれません。しかし、セント様、私は決してあなた以外にはこのような事は言いませんので」
「ああ、うん……」
ジャンヌの熱い褒め殺しにあったセント、受けたダメージは大きい。
それはーー。
(おいおい解ってんじゃねーかこの子は……!そうだよ俺はこういうのを求めてたんだよ……)
ダメージというよりエネルギーを受けた近い。ジャンヌに褒め称えられたセントのご機嫌ゲージは急上昇だ。
ジャンヌの可愛さも相まって非常に気分がいいらしい。
「その、こういう事を言われた事がないから、少し困ってしまうけどーー嬉しいよ。ありがとうジャンヌ」
だからこんなサービスもやってしまう。調子に乗るとは恐ろしい事なのだ。
にやけそうな顔を修正して聖人スマイルにしているところはさすがとしか言いようがないが。
セントの甘い(?)言葉にジャンヌは顔を輝かせる。
「は、はい!セント様が嬉しいのなら……私も嬉しいです!」
なんだろうかこの空間は。お互い初対面でこの雰囲気を出せる男女もそういないだろう。
男の方はハリボテのようだが。
「セント様はこういう事を言われたことがないと言われましたが……ユーラスの息子を婿に、と思っている家は少なくないと思います。求婚の話などは無かったのですか?」
甘い空気の中でジャンヌが質問する。
実はセントには結構その手の話が来ていた。が、親バカな『救世の英雄』夫婦がセントにはまだ早いと全て断っていたのだ。
勿論セントはその事を全く知らない。
「いや、今までは無かったかな……」
(確かにあってもよさそうだが……何か理由でもあるのか?)
言いながらセントは考える。幾ら考えても答えにはたどり着けないのだが。
「では私が最初だったのですね?恥ずかしい……私の家はーーホーリアの家系では魔法使いは凄く貴重なんです。私は何故か生まれつき自分の眼の事を知っていましたし、光の使い方も、まるで年々も修行を重ねたかのように扱う事ができました」
(おっと突然の自慢か?)
違うだろう。
「魔法使いが少ない家では、当たり前ですが、魔法の才ある者が非常に優遇されています。この魔法学園に入れる者も中々出ないので……貴方に惹かれたのは、私の感情のままの事ですが、こういった家の事情もあるのです」
少し申し訳なさそうな顔で告げるジャンヌ。つまりーー。
(あぁこの子何言ってんのかわかんなかったけど……つまり、魔法使いの出ない家では私の様な才能ある者は珍しいから、この機会にかの有名なユーラスと繋がりを持ちたいと……そういった家の事情があると)
相変わらず会話から核を抜き出すのが得意なセントだ。
「……正直者なんだね、ジャンヌ」
機嫌の良いセントは結構優しい。申し訳なさそうな顔をしているジャンヌに柔らかく話しかける。
「君も大変そうだ。婚約の話はーー今は返事は出来ないけど、きっといつか君の想いに応えるよ。これから一緒のクラスだから、よろしく頼むよ、ジャンヌ」
君も大変そうだ、の部分で苦笑いをするのがセントのポイントらしい。
わけがわからない。
だがジャンヌには効果覿面だ。
「~!はい!よろしくお願いします、セント様」




