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雰囲気だけで生き残れ  作者: 雰囲気
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『歴史の断片』海破りの英雄


 クイーラ王国は強国と言えど巨大という訳では無い。この世界にはクイーラ王国の二倍近い国土を持つ国も存在している。


クイーラ王国がこの世界で最上位に位置する国と言われている理由は、やはり魔法使いの質が高く、そして数が多いからというのが大きい。だが、それだけで最強と呼ばれる程「国」というのは簡単ではない。

幾ら魔法使いが多くとも、その魔法使いを住まわせる土地、生きていくために必要な食料、安定した給金などがなければ簡単に国は崩壊するだろう。







遥か昔、まだクイーラ王国の国力が低く、国民が纏り始めたばかりの頃。一人の女性によって徐々に良くなっていく王国には、様々な問題が出ていた。

それは国が大きくなっているからこそ起こる問題であったのだろう。女性は一つ一つの問題に、迅速に的確な回答を出して解決していった。


だが、そんな彼女にも解決できない大きな問題があった。それは、魔の生物の脅威。

その女性は聡明な魔法使いであったが、魔を消し去る程の力は無かった。

地に、海に、空に、魔の者が蠢いていた時期があったのだ。



 

 クイーラ王国に面した海、そこに巨大な魔物が存在していた。

その魔物は魚を呑み込み、船を呑み込み、人間を呑み込み、海そのものさえも自らの食料としていた。

人々は恐怖した。今はまだ海の中にいるから、そこに近づかなければ良いだろう。だがその海さえ呑み込む怪物が、もし海を飲み干して(・・・・・)しまったら、次はこの地に上がってくるのではないか、と。



そんな時、一人の漁師が海に出ると言った。小さな村の小さな家に住むその漁師を、村の人間は必死に止めた。

あの海は終わりだと。何度も男を説得したが、男は笑って大丈夫だと言った。何匹か魚を捕れば帰ってくると言って、一人で船を出した。


男は、魔法使いだった。その事を他人に話したことは無かったが、操る水の魔法には自信があった。

自分が愛する海を、生きる糧を与えてくれる偉大なる海を汚した魔物に怒りを抱き、ついには我慢が出来なくなってしまった。

水の槍で貫いてやる、と。






「……なんだ、これは」



自分が貫こうとしていた魔物は、こんなにもおぞましかったか。

何本あるか解らぬ、手か足かも解らぬ、赤黒く長いモノが蠢く光景に、どうしようもなく恐怖する。

自分の船を囲むように海から突き出しているそれには、何か吸盤のような物がついている。

一本一本が、巨大な船に匹敵するほどに巨大。


「どれを、いったいどれを、貫けと言うのだ」


震えた声が自分の耳に届く。自らが何を言ったのかすら解らない、死の恐怖がその男を支配していた。

男が動かずとも、その魔物は獲物を喰らわんと蠢き続ける。徐々に、徐々に迫る腕を見ていた。

その時にーー。


パキリ、と。何処からか木が折れる音がした。

緩慢な動きで音のした方を見れば、そこには、その魔物に襲われ無残にも朽ち果てた船の残骸があった。

その船には、いったい何人が乗っていたのか。


あぁ、そうか。と。

恐怖に染まっていた心が、その熱を取り戻す。怒り、という触れられぬ程に熱い熱。

最初に自分で言ったではないか。


「海がこの命を生かしている」


決して、あのような怪物の物ではないと。


「海が、この世界を生かしている」


決して、あのような怪物が汚していいものではないと。

そして何よりーー。


「俺が愛している海をーー返せよ化け物」


赤黒く長い魔物の腕が男を捕えんと動く。今まで緩慢な動きをしていただけに、相当な速さに見える。

恐怖に囚われていたままならば、男の命は簡単に消え去ったのだろう。

だがーー海を愛する男の出した魔法は、尋常なものでは無かった。



()て。水糸」


海の水が跳ね上がる。細い糸の様な形になった水は、迫る魔物の数本の腕を簡単に切り飛ばした。

海の中から甲高い魔物の声が聞こえて来る。


「やはりアレは腕か、足か。本体は海の中という事だな」


ならば引き摺り出そう。あの魔物を、神聖な海の中からー!!


「破れ。海天」


一瞬。それは魔法の域を超えていた。

先程まで魔物が隠れていた筈の海が消失する、男の出した魔法は、海を破るという奇跡。

男の意思に従う様に、海が化物の周囲から引いていく。


魔物の全体が見える。伸びている腕を辿った先にはーー大きく開いた口があった。


「成程、巨大な蛸であったのか」


しなるように動く腕は既に再生しつつある。だがーー。


「水に生きる生物が海を荒らすなよ、蛸。お前は今ここで消えゆけ」


男が腕を振り上げる。数秒と経たない内に、巨大な、三つ又の水槍が魔物の真上に出現する。

無詠唱による魔法の行使。


もはや言う事は無いと、容赦なくその槍を落とす。水槍は簡単に魔物の体を貫いた。

巨大な蛸を串刺しにした槍は、そのまま戻ってきた海に混ざり、そしてただの水へと変わる。




 海を呑み込む魔物を殺したその男は、間もなくして英雄と呼ばれる様になった。

海を破き、操るは三つ又の水槍。

クイーラ王国の海を守る、英雄。


『海破り』フィール一族の始まりの物語。

時が経ち、新たな英雄の歴史は、繰り返される。









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