四十二話
大きなガラス窓から差し込む光がセントの白髪を照らす。窓際の席を選んだのは、花が咲き始め、新しい命が芽吹きだすこの時期の暖かい日光を浴びるためだろう。
光を浴びて輝くセントの髪が、こくりこくりと揺れる頭に合わせてサラサラと流れている。
セント・ユーラスはーー眠りかけていた。
この場所、第七教室に入った時こそハプニングが起きたものの、それ以降セントとカナリアが席に座ってからは平和そのものだ。
あのボリューミーな茶髪の少女の他にセント達に話しかける者はおらず、席に座ってからは静かな時間が流れていた。
セントも初めは寝ていたわけではない。教室の設備や機能、またクラスメイトの外見など、情報を集めようとしていた。
しかし考え事をしていると、首元やら背中やらに温かい日差しが当たるではないか。
教室、静寂、日光、考え事。このワードがセントを浅い眠りへ誘う。
結果的に、頬杖をついてこくりこくりと揺れる男子生徒の完成だ。
幸い窓側を向いているので、窓の外を静かに眺めているようにも見えなくはない。揺れる頭はもはやしょうがないだろう。
ちなみにカナリアは隣に座っている。背筋を伸ばして凛として座っている姿は非常に美しい。
他の生徒もおとなしくしているようだ。本を読んでいたり、教室を見まわしたり、堂々と机につっぷして眠っていたり。
新入生同士での会話は一切ない。
しばらくそんな時間が進みーーセントの睡眠がいよいよ深くなり始めた頃、セント達が入ってきた扉が開いた。
「悪い、遅くなったな」
入ってきたのは、筋骨隆々という言葉がそのまま人間になったような男だった。
黒い服が筋肉で盛り上がっている。一目見ただけでは到底魔法教師とは思えないだろう。
(なんだあのボディビルダーみたいな奴は……あれで魔法使うのか?明らかに殴った方が速いだろ。ああもしかしてあれか?殴って効果を発する魔法とかか?)
人を見かけで判断するのは良くない。良い意味でも悪い意味でもそうなのだ。
扉が開いた瞬間には意識を覚醒させていたセント、居眠りしていたなんぞ思われるのは絶対に嫌だった。
それにしても切り替えの早さが速すぎる。
「やっぱこの教室にこんな人数いるのは違和感があるな……」
座っているセント達11人の前に立ち、小さな声で物理的魔法使い(セント命名)が呟く。勿論セントは聞き逃さない。
(この人数でも多いってか。相当能力が高くないとここにはこれないらしいな……さっすが俺だぜ!)
せからしい。
ではなく、さすがセント・ユーラスだ。自分に自信を持っているのは非常に良い事だろう。
「さて、第七教室にいるお前ら。まずは自己紹介だ。俺はルールクス、ルール先生と呼んでくれ」
(誰が呼ぶかルール先生)
呼んでるじゃないか。
「これからお前らのーーまぁ担任と思ってくれていい。全員じゃないんだが、な。属性は火だ。よろしくな」
外見を見れば野太い声を出しそうだが、実際は爽やかで聞き取りやすい声だ。力強い笑みも相まって、兄貴と呼びたくなるような印象になる。
(……属性の火率が高すぎるな。カナリアも、ルール先生も、あの動物的少女も、ユリサールもーーまぁあいつは二属性だったが)
今までセントが見てきた魔法は大抵火の魔法だった。雷は生徒会長と自分だけ、闇に至っては自分以外に見たことが無い。
偏り過ぎだろう、と思わない事もないセントだったが今は関係ない事だ。
「今からやる事は色々あるんだがーーちょいとだけ、話させてくれ。まだ難しいかもしれねぇけど、必要な事だ」
笑みを消し、真剣な表情に変わるルールクス。
「ハッキリ言って、お前らは別格だ。将来、このクイーラという偉大な国の中心に立つ事になる魔法使いだ。まずはそれを理解しとけ。過信も過剰も必要ないが、自覚だけは持っていなければならん」
座る全員を見渡しながら。
「この第七教室は普通の子供がこれる場所じゃねぇ。良くも悪くも、な」
(ん?)
ルールクスの妙な言い回しに違和感を抱く。普通に優秀な子どもが集まる教室。そう言えば済む話なのだがーー。
セントの違和感が、元よりセントの中にあった疑問と混ざり合っていく。
(ただ優秀なだけじゃない……そうだ、小さな違和感だったがーーユリサールが落ちたという事実、そしていきなり魔法を人に向けて放つ奴が上がるという事実。そしてあの時ーー扉を開けた時は、詠唱が聞こえていない)
そう、魔法を発動するために必要な詠唱。イメージを纏め上げ、そして魔力に形を与える言葉。
セントのように無詠唱でやれる十歳など。
(いる訳がない、と思ってたがーー第七は特殊な奴らを集めた教室と思って良いんだろう。多分だが、優秀な奴が集められたクラスも存在している筈)
良くも悪くも普通ではこれない、それは飛び抜けた才覚か、もしくは危険な力の異常才能が来るという事。
「お前らはここで学ばなければならない。魔法の力、その意味を、な。じゃなきゃーーお前らは魔法を使ってはいけない」
肌が粟立つ様な視線、これは冗談でもなんでもなく、本気の意味で捉えるべきだろう。
そこまで言って、ふっと息を吐くルールクス。すぐに先程の様な笑顔を浮かべる。
「ま、俺らがちゃーんと魔法の隅々まで教えてやるよ!お前らなら心配いらねーさ!」
そう言って豪快に笑う、なかなかの迫力だ。
(まぁつまり……結局特殊なやつが集められたんだろ?異常に魔法が強いとか、異常に危険だとか、もしくはーー魔法属性そのものが危険だとか)
セントは思う、魔法試合では仕方ないとはいえ少し調子に乗り過ぎた。先程思った偏り過ぎな属性、やはり雷と闇というのは相当に希少なのだろう。
特に闇だ。ただでさえ珍しい属性なのに、魔法試合で見せた訳の分からない詠唱。特殊認定されるのは当たり前だ。
(しかし二属性のユリサールがいないのは……しかもあいつヒステリック起こしてましたよね?おかしいなぁ断固抗議したいなぁ)
何が基準なのか、と考えるセント。答えなど出る筈もない問いだったが、仕方のない事なのだろう。
「うし!じゃあまずやる事があるからーー」
(うるせぇなルール先生。最初の案内役みたいに静かに喋れよーーまぁあんな筋肉マッチョな体でぼそぼそ喋ったら笑いが堪えきれないからやっぱやめてくれ)
頭の中で散々である。
(ま、どうせクラスに来てまずやる事と言ったらーー自己紹介だろ?コミュニケーションの第一歩。偉大なる一歩だな。完璧に決めてやるぜベイビー)
「お前らにはまず別々に別れてもらうから」




