四十一話
(……悲しいな)
言い争う(?)少女二人をぼんやりと見つめながらセントは思う。なんとも切ない顔をしているではないか。
穏やかなクラスを手に入れることが出来なかった事へのショックも大きい。しかしセントがこんなにも切ない顔をしている理由の大部分はーー。
(アリアがいない……あの聡明な子がどうして……)
アリア・ラ・リアがいないのだ。言い争う二人を置いてぐるりと教室内を見渡しても、あの美しい絹のような金色の髪は見当たらない。
一人真っ白な髪の少女はいるが。
(白、というよりは銀に近いか?……まぁどうでもいいか、とりあえず切り替えようじゃないか)
「あなたからも何か言ってやりなさいセント!」
「え?」
切り替えようとした途端にこれである。災難な男だ。
(つーか……)
カナリアがセントの名を出した瞬間、教室内にいる全員がこちらに視線を向けてくる。正直若干怖い光景だ。
(こえーよお前ら、なんだよ見るなよ)
そう思いながらもいつも通りの笑顔は絶やさない。一つ疑問を抱きながらも、カナリアの言葉に困ったように笑う。
「いや、女の子の後ろに隠れたのは確かだしーーありがとうねカナリア。君のおかげで怪我ひとつないよ」
ひとまず少女を無視してカナリアに告げる。お礼は恩を受けたその場で言うのが効果的なのだ。
「そ、そう?あなたに怪我がないなら……」
セントの変わらぬ雰囲気にカナリアも落ち着きを取り戻したらしい。
一度カナリアに微笑みかけてから、少女の方へ話しかける。
「待たせたのは謝る、申し訳なかったね。他の皆も、すまない」
小さく頭を下げる。待たせたのは事実、セントとしても自分が確実に悪いと解っているときは謝ると決めている。
まぁ大抵その謝罪にはまた別の目的が込められているのだがーー今はいいだろう。
「……お前にはぷらいどがないのか?セントって、ゆーらすの子供なんだろ?」
頭を下げられた少女は困惑気味だ。
英雄の子供を見ていると忘れがちだが、まだ十歳の少年少女。素直に謝られる、ということに慣れていないのだろう。
そしてそれこそがこの男の狙い。セントにとって子供を操ることなど造作もない。
(子供を導く私……教育者の才能アリだな)
導く、よりによって導くときたか。さすがセント・ユーラス、相変わらずのプラス思考である。
「まぁプライドが無い事はないんだが……こんなところで張るものでもない。いきなり魔法を撃つのはどうかと思うけどね」
ニコリと、気にしてませんよと言った風な笑み。実際セントは魔法の件に関しては全く気にしていない。当たっていれば末代まで呪っていたかもしれないが。
しかし悪口を言われたことにはしっかり腹を立てている。
(いつか泣かせるぞ貴様ァ)
今日も元気でなによりだ。
「……なんかつまんねー男ってことはわかったよ」
プイ、と顔をそむけて前を向く少女。調子が悪くなったらしい。というか悪くさせられた。
(フン、たわいもないザマス。しかしーー)
改めて教室内を見渡す。現在ここにいる生徒はカナリア、セントを含め11人。思った以上に少ない。
窓から見える空は青く、緑は見えない。塔の中でも高所にあるのだろう。
「私達で最後って言ってらしたから……たったの11人?」
カナリアが不思議そうに呟く。
確かに少ない、新入生の数に対してこの教室の人数だ。
(ま、ユリサールが落とされた時点で人数は多くないとは思っていたが。まさかここまでとは)
相変わらず先読みをしていたセント。会話の端々まで見逃さないのは一つの才能だろう。
既にセントに向けられていた視線はなくなっている。
一つーー先程感じた疑問が蘇ってくる。
(セント、という名で教室内の全員がこっちを見た。ユーラスとは言っていないのに、だ。それはおかしい、魔法試合では観戦が許されていないしな……と、いう事はーー英雄繋がりなんだろう、少なくとも、『救世』がいる)
セントは両親であるララとサリエルが外出したのを余り見たことはないが、英雄同士の繋がり位はあるだろう。
(英雄コミュニケーションってか……ふふ)
自分で言って自分で笑うこの男はなんなのだろうか。
「セント?なんだか楽しそうだけど……座りましょう?」
恐るべしカナリア・クルトール。




