四十話
(ちょっとかっこつけすぎじゃないすかぁ?)
去り行く生徒会長の背中にそんな邪念をぶつけるセント。悲しい事にブーメランなのだが、本人は全く気付いていない。
「セント、今のが何か解るの?」
カナリアはまだ少し混乱しているようだ、当然と言えば当然なのだが。先程ライクが使った魔法は普通の物ではない。
魔力量が多ければできる、コントロールがうまければできる、とかいう単純な事ではないのだから。
(複雑なイメージは魔法行使には逆効果。迸れってどんなイメージしたんだよ。頭おかしいんじゃないか、いやおかしいに決まってる)
一言二言多い男だ。
「……昔母様が使ってたのと一緒だと思う。体を属性化させる魔法……ちょっと待てよ……」
「?」
カナリアに説明をしながら、一つ気付く。
(母様は母様自身を炎にしただけ……でも今あいつは俺等も一緒に……)
頭が冷えていく。指の先が冷たくなって、背中に嫌な汗をかいてしまう。
今更気付いたセントだが、確かに先程セント・ユーラスという存在は世界から消滅していた。
その体は、たとえ一瞬と言えど存在していなかったのだから。
(おいおい冗談じゃない。もしあいつがその気になれば敵を一瞬で雷に出来るってか?)
生きたまま雷となって消えゆく感覚はいったいどんなものだろう。想像するだけで身震いが来る。
まぁその身震いもカナリアに見られたくないので全力で隠すセントだった。
「……セント?」
カナリアが覗き込んでくる。その可愛らしい仕草に若干癒されたセントはようやく普通に戻ったようだ。
(カナリアにはこのことは言わなくていいでしょう。カナリアが怖がって泣く姿なんて見たくないしな…………見たくないですよ?)
一体誰に向かって言っているのか。というか二度言った時点で信用はゼロだ。
「いや、なんでもない。僕も知らない魔法だったよ」
「そう……?」
怪訝そうにしながらも納得してくれたようだ。もしかしたらセントを気遣ったのかもしれない。
なんにせよーー。
「入ろうかカナリア。あんまりクラスメイトを待たせては申し訳ないからね」
二人の前にはⅦの文字。生徒会長は君たちが最後と言っていたので、他の生徒は揃っているのだろう。
イマイチ学校というものに楽しみを見いだせないセントである。何しろここに来てから苦労が一気に増えたのだ、仕方ないのかもしれない。
カナリアに出会い、ユリサールに出会い、と。それはとても良い事だったが、何分苦労が大きすぎた。
(クラスか……どうか穏やかで俺がいい感じの雰囲気で過ごせる場所であってくれ……あとアリア)
ついでみたいに言っているがお前の目的はアリア・ラ・リアに美しい魔法とやらを見せる事ではなかったのか。
「そうね、じゃあ……一緒に入りましょうか」
(おいおい一緒にとか燃えるなおぉい!!)
燃えてしまえばいい。
「よし、じゃあーー」
扉を開ける。何の抵抗もなくするりと開いた扉の先にはーー真っ赤な色が広がっていた。
「!」
セントが、その赤が何かを理解する前にカナリアが動く。セントの隣から、セントを守るように前へ。
「流れろーー乱炎!」
詠唱が魔法のイメージを強固にする。炎は乱れながらも流れるようにーー迫りくる炎と衝突する。混ざり合い轟と音を立てて燃える炎。
凄まじい勢いの炎が飛んできたにも関わらず、セントとカナリアには熱風すら届いていない。
カナリアの判断力も賞賛に値するが、恐るべきはその詠唱速度だ。
一言だけとはいえ脳内では鮮明なイメージを浮かべる必要がある詠唱は、やはりある程度の時間がかかる。
扉を開けた瞬間魔法が飛んできた状況で、これだけの速度で詠唱が可能なのは、やはりカナリアは英雄の血を受け継いでいるのだろう。
徐々に炎は小さくなっている。ダメージは無かったものの視界は塞がれていた。
「広がれーー炎円」
追撃の可能性を考えたカナリアが魔法を行使する。二人の前に薄い膜が広がっていく。
視界が完全に開ける。薄い膜を通して見えた先にはーー数人の少年少女と、こちらに向けて手を突き出している少女がいた。
「もう魔法は出さないからそれ消していいぞ」
二ッ、と笑ってそういう少女。ボリュームのある髪は、ふわふわと跳ねたまま腰まで伸びている。
スカートにも関わらず胡坐をかいて、軽い顔で笑う少女はまるで子供のトラだ。
とてもいきなり人に魔法を放つ様な顔には見えないのだがーーしかし放ってきたのが事実。
「いきなり人を燃やそうとする人の言葉を信じる馬鹿がいるのかしら?」
セントやユリサールと会話している時のような声ではない。カナリアが敵と判断した者に出す、相手を見下すような声だった。
そんな言葉にも笑顔を崩さない少女、細められた目は相変わらず動物的だ。
「いやぁそりゃそうだけどさ、待たされて退屈だったんだ、私。私が一番だったんだぜ?だんだんと揃ってきたまでは良かったんだが、最後の二人がやたら遅くてな?イライラして魔法うっちゃったぜ!ごめんな」
全く悪いと思っていないような表情と声で少女が言う。尻尾でも生えていれば、ぱたぱたと揺れていたことだろう。
「……あなたのような人がどうしてこの教室にいるのかが理解できないわ」
嫌悪感を込めたカナリアの言葉にも少女は全く動じない。
「そういうあんたは相当だな。まさかあんな綺麗に収めるなんて凄いじゃないか。そのあともすぐ別の魔法出してただろ?すっげーなー私強いやつ大好きなんだよなー」
そこで初めて、少女がカナリアから目を離してーーセントを見た。
一気に興味が失せたような、冷めた表情。
「ま、男の方は守られてばっかでつまんないけど、反応できてたかも怪しいぜ。なーなーお前恥ずかしくないのかー?女の子の後ろでさー」
ぶわりと、魔力が跳ね上がる。
少女の言葉に反応したのはセントではなくーーカナリアだった。
「……それ以上言ってご覧なさいな。今ここであなたを燃やしてあげるわよ」
炎は出ていない。しかしユラユラと蜃気楼のように揺れるカナリアの魔力は今すぐにでも少女を焼き尽くす炎へとなってしまいそうだ。
「おおこえーこえー!ぞっこんってやつだな!?そんな奴のどこがいいか私にはわからないけどなー」
「黙りなさい!」
少女はカナリアをからかう事をやめず、カナリアも乗ってしまっている。
そんな二人をみながらーー散々馬鹿にされ、つまらない、恥ずかしいとまで言われてしまった男はーー。
(…………俺の穏やかな………クラス……)
怒りを通り越して、新たな境地へと達していた。
セントの願いは、叶いそうにない。




