三十九話
(で、出やがった……お前の顔なんか金輪際見たくなかった……。朝からデカいんだよ縮んでしまえ!!)
「おはようございます、生徒会長」
ニコリ、と爽やかな挨拶をお見舞いするセント・ユーラスである。面の皮が厚いとはよく言うが、この男の面の皮は何枚重ねなのだろうか。
内心で訳のわからないディスをかましているが、その隣ではカナリアが随分驚いた顔をしている。
「お、おはようございます生徒会長。あの……どうして生徒会長が?というか、セントとはもうお知り合いだったのですか?」
きっちり挨拶を返すカナリア。礼儀が正しい少女だった。
生徒会長が言った「カナリア嬢にはまだ」という言葉を疑問に持ったカナリアが、若干怪訝な顔で質問する。
試合が行われていた日は部屋の外へ出ることを禁止されていたので、セントと生徒会長が既に知り合っていることを不思議に思ったのだろう。
もちろん、セントにとってこの質問は都合が悪いものだった。
(まずいな、生徒会長がカフェの事を話せばカナリアまで魔法の事を詳しく聞いてくる可能性がある。どうにかしてーー)
「いやなに、勇敢な戦いを見せたセント君とどうしても話したくなってね。無理を言ってセント君の部屋に行かせて貰ったんだよ。二人きりで、真夜中に、いい時間だったねセント君」
ふわりと、大人の雰囲気で笑いながらとんでもない事を話す生徒会長。セントにはその綺麗な笑い顔が悪魔の笑みに見えた。
「え、えぇ!?真夜中に二人っきり……!!セント!い、いけない事だわ!」
何を想像したのかカナリア・クルトール。
「カナリア、ちょっと待っててくれ。生徒会長ちょっと」
赤くなってあわあわと腕をまえに出しているカナリアを置いて、セントはライクの腕を掴み、カナリアから少し離れたところで顔を寄せた。
「生徒会長。からかうのもいいですが十歳の少女にそれはどうかと思いますよ?生徒会長としても人間としても」
「おやおや、私としては本当の事を言われたくないセント君の気持ちを慮って気を利かせたつもりだったのだが。これは申し訳ない事をした。今すぐ本当の事を彼女にーー」
「そういう事ではありません!気遣いは感謝しますが、言って良い事と悪い事があるという事です!」
芝居がかった口調で話す生徒会長ことライク・マクリアス。セントほどではないにしろ、この男も相当腹黒い。
あきらかに一昨日の夜の仕返しをしている。
「言って悪い事と言われてもなぁ……私はただ断片的な言葉しか述べていないよセント君?真夜中、二人きり、いい時間。これをどう取るかは彼女の勝手だろう?」
ああ言えばこう言う、というのは頭の良い者が使えば非常に厄介だ。のらりくらりと話をはぐらかすこの男も、思わずセントが語気を強めてしまう程に面倒くさかった。
というか、セントはこのライク・マクリアスが苦手なのだろう。
「……とにかく、カフェでの事は秘密でお願いします。あとあまり純情な少女をからかわないでください」
お前がそれを言うのか。からかうなんてレベルではない事をいたいけな少女二人にやったお前が。
セントをからかい満足できたのか、ライクは分かった分かった、と頷いた。
「……まぁ口が滑ったら申し訳ないセント君」
「ふざけないでください!!」
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「あ……お話は終わったかしら……?あの、セント。確かに生徒会長は素敵だけど、あの、あなたも生徒会長も男性な訳で……。その、まだ十歳だし、そういう事は駄目だと思うわセント!」
戻ってきたセントにまだ若干赤い顔で話すカナリア。結構マセている。
「カナリア?確かに生徒会長は部屋に来たけど、ただ話をしただけだよ?」
「そ、そうなの……?」
「えぇ、そうですよね?会長」
「そうだとも」
大仰に頷くライクである。いちいち芝居がかっているのだが、その仕草も様になっている。カリスマ、というものなのだろう。どこぞの嘘吐きとは無縁のものである。
若干不安そうだが、カナリアも納得したらしい。ほっと息を吐いていた。
「それで……生徒会長が僕達を案内してくれるんですか?」
ようやく話が最初に戻ってきた。話をややこしくするのはセントの十八番なのだが、今回に関しては一から十までライクが悪い。
まぁそもそもの原因はセントにあるので、どちらに非があるかは捉え方の問題だろう。
「そうだよセント君。君達が行く第七は少し特殊でね。他の教室なら案内役はつけないんだが……」
少し、の部分を強調して話す生徒会長。セントにはだいぶ、に聞こえたがあえて何も言わない事にする。
自分から面倒事に突っ込んでいくのは嫌だった。
「特殊、と言うのは教室がですか?それとも」
「行けば分かるよカナリア嬢。ついてきなさい」
カナリアの言葉に被せるように言いながら歩き出すライク。話を遮られる形になったカナリアは、少しムッとしながらもおとなしくライクの後をついていく。
(……この世界の十歳は前世の十歳と大きく違っているな。可能性は考えていたが。教育環境は前世の世界のほうが整っているのにーー能力はこちらが高い。それとも俺が関わってきた子供たちが異常なだけか?)
歩きながら考える。セントは屋敷で魔法の練習をしていた五年間の中で、同い年の子供と遊んだことが無かった。
魔法の練習に夢中になっていた、というのもあるが、セントの精神年齢は十歳のそれではない。同い年の普通の子供といえば、服を汚し、なにかあればすぐ泣き叫ぶだけのーー言い方は悪いがガキだったのである。
そんな子供と遊んで何が楽しいのか、それならば魔法の練習をして、家で本を読み、美人の母を手伝いその笑顔で癒されていた方が何倍も良い。
そんな考えのもと生活していたセントである。普通の子供と接する機会を自分から潰してきたので、英雄の子供と比較しようにもできないという現状が出来てしまった。
同い年の友達ができない息子を心配するサリエルとララが目に浮かぶようだ。
(……まぁ学園にいれば分かるだろ、今分かる事は、少なくともカナリアやアリアは十歳と思って接してはいけない。という事だな)
下手をすればすぐに内心が暴かれそうだ。
「セント君?」
どうやら考え込んでしまっていたらしい。ライクが呼んでいる。
「なんでしょう」
「君の好みの女性を教えて欲しいってさっきから言っているだろう?」
「何の話ですか!」
「軽い冗談じゃないか」
どうやらセントをからかう事が気に入ったらしい。柔らかく笑う生徒会長はご満悦だ。
ちなみにカナリアは興味津々の様子だったが、冗談と分かると「そうよね、そうだわ」と一人納得していた。
(駄目だ、この男のペースに乗せられては駄目だ。いつも通りいこう)
はぁ、と。疲れたような溜息を出す。
「結局なんだったんですか?」
「いや、もうすぐ第七だ」
え?とカナリアが声を出す。
セントも声は出していないが、おかしいと思った。ライクが迎えに来て歩き出してから五分と経っていない。とういか、先程塔を出たばかりだ。
建物が密集して構築されているこの魔法学園。ライクが「すぐに八塔だ」と言えば何も思わないのだが、何故『第七』と言ったのか。
「案外近い塔だったんですね」
そう結果づけて声を出す。しかしーー。
「八塔は遠いぞセント君」
再びからかうような声でライクが告げる。柔らかな笑みは、嘘を言っているようには見えない。
「……ではどういうことですか?もうすぐなのに遠い、って事ですよね?」
若干イラついてきたセントの代わりにカナリアが質問する。怪訝な顔は、やはりからかわれていると思ったからか。
そうして会話をしているとーー建物と建物の間。少しだけ開けた場所に出た。
地面には翼を広げた巨大な鳥の絵が描かれている。羽は二枚ではなく、何枚もの美しい羽根を大きく開かせた、美しい鳥だった。
「よし。ここまでお疲れ様だったね、セント君、カナリア嬢」
まるで目的地に着いたような口ぶりで話す。建物同士の間にある開けたこの場所は風が強い。セントとカナリアの耳にも、風の音が強く聞こえる。
その風に乗せるように、生徒会長は話を続けた。
「この鳳の紋章はね、ある魔法の使用許可の証なんだ。この紋章がある場所でのみ行使が認められる。限られた生徒しかーーというか、今の学園では教師含め私しか使えないんだがね」
「……魔法?」
カナリアが疑問の声をあげる。教室へ移動することが、魔法となんの関係があるのか。
だがーーセントには覚えがある。
あれは前に勝手にイメージだけで闇の魔法を使い、幻を造り出した時。
『救世の英雄』である、炎の魔法を極めた母が、使っていた魔法。
「……まさか」
「驚いたな、この魔法を知っているのかい?一体どこでーーあぁ、君のお母様は使い手だったか」
自らの体をその属性に変え、今流れる風のように、一瞬の移動を可能とする魔法を、知っている。
「とにかく行こうか。二人とも少し目を閉じてくれーーあぁセント君は別に閉じなくてもいいよ。君は意識を乱さないだろうしね」
それじゃあ、と。
「奔れーー迅雷」
バリィ!と、聞き慣れた音が聞こえる。
それは一瞬の事だったが、セントははっきり感じていた。自分の体が雷になるあの感覚。
さすがにララのように無詠唱とまではいかずとも、この男は確かにあの魔法を行使した。
それも一人ではなく、セントとカナリアを巻き込んでだ。
「さて、もういいよカナリア嬢」
「え?」
詠唱から一瞬で三人は移動している。目の前には、Ⅶ、と記してある扉があった。
「……今のは……」
さすがのカナリアも混乱している。目を閉じれば、いきなり場所が変わっているのだ。仕方ない事だろう。
(取り乱さないとはさすがだな……にしても、あれはクイーラでは母様しか使えないんじゃなかったか?しかもあの音は、確実にーー)
「さ、君達が最後だよ。他の子は揃っているから、早く入りなさい」
質問は受け付けない、と態度で示すライク・マクリアス。そのまま教室とは反対側へ歩き出した。
しばらく歩いていたライクだったが、何かを思い出したように振り返る。
「あぁそうだ、最後に言わなければ。セント君、カナリア嬢。ようこそ、第七教室へ」
不敵に笑うその姿の周囲にはーー気を付けなければ見えない、しかし確かに、細い雷の糸が舞っていた。




