三十八話
「とりあえず一回下まで行こうか。ここが八塔なんて事はありえないよな……」
「それは無いと思うけど……とりあえずそうしましょうか」
カナリアと一緒に歩く。今いる場所は塔の最上階に近いため、二人はとりあえず下に向かう事にする。
飾り気のない廊下には他の生徒の姿は見られない。既に移動を始めているのか、それとも戸惑っているのかは解らない。
(一回一階まで行こうか……なんちゃってな)
くだらない。美少女と二人きりだからかは知らないが、若干舞い上がっているセントである。
それにしてもーー。
「カナリア、制服凄く似合ってるな」
美少女には何を着せても似合う、とはよく言うが。黒のチェック柄のスカートに、胴を細く見せる制服がカナリアに非常に似合っている。
紅い髪がより美しく見えるのだ。
「あら?もっと早く言ってくれてもよかったのよセント」
余裕綽々たる態度で答えるカナリア、口元が若干にやついていなければ完璧だったが。
それでも態度に余裕が見られるのは、やはり誉められ慣れているのかもしれない。
「セントも凄く似合って……あらあら、ネクタイが曲がっているわよ?」
足を止め、セントの首元へ手を伸ばす。結びなれないネクタイは曲がってしまっていたらしい。
優しい微笑みでセントのネクタイを締め直すカナリア。どこか嬉しそうなのはセントの世話を出来たからか。
最後にキュッ、と。少し強めにネクタイを締めたカナリアは満足気に頷いた。
「うん!これでいいわセント、あなたも似合っているわよ。制服」
「悪いカナリア、ありがとう」
苦笑しながら礼を言う。サンバを踊るレベルで昂っているセントだが、そんな事をすればユーラスの名以前に人として危ないと思われてしまうのでやめておいた。
冷静さとは大事なのだ。本当に。
それにしても一階に降りるだけでも一苦労だ。エレベーターなどあるわけが無い。地道に階段を下るしかなかった。
「それにしても八塔の第七教室は何処にあるんだろうね」
「そうねぇ……一階に行けば案内の方がいるかもしれないわよ?」
「だといいけどな」
会話をしながら下へ下へと降りていく。
しばらくして、ようやく二人は一階についた。
「……誰もいないな」
「いないわね……」
一階にも、生徒の姿は見えない。一階に来るときに通った二階のカフェにも人はいなかった。
(どうなってる?俺達が遅すぎる、なんて事は無い筈なんだが……)
「第七に行きたいのかい?セント君」
耳を抜けて、脳内に直接入ってくるような、しかし全くそれを不快とは思わせない声が聞こえた。
セントとしては、あまりいい思い出ではないかもしれないがーー。
「案内をしよう。セント君、カナリア嬢。あぁカナリア嬢にはまだ挨拶していなかったね。この魔法学園で生徒会長をしている、ライク・マクリアスだ。よろしくお願いするよ」
セントとは別種の、優しい笑顔を浮かべた生徒会長が、どこか芝居がかった口調でそう言った。




