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雰囲気だけで生き残れ  作者: 雰囲気
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三十七話

「…………驚いたな」


 王都の雑踏から遠く離れた魔法学園。塔の様な校舎が寄り集まって、まるで巨大な木が集まっている森のように見える。

数ある塔の中の一つ。新鮮で冷ややかな空気で目を覚ましたセント・ユーラスは、あるものを見て若干寝ぼけ気味だった意識が完全に覚めるのを感じていた。


セントのーー、いやこれはセントの部屋だけではないだろう。新入生が滞在している部屋の壁。昨晩まで全くおかしい所など無かった筈の壁に、大きく文字が浮き出ている。


「 セント・ユーラス 8塔校舎 第7教室 ね……」


さすが魔法学園。普通に言えばいい事なのだが、伝え方がファンタジーだ。

壁一面に大きく書かれている文字は、淡く光を発していて、爽やかな朝の光が差し込む部屋でもすぐに気付くようにされていいる。

まぁここまで大々的に書かれている文字に気付かないものがいるとも思えないが。寝ぼけ防止だろうか。


(普通に言え普通に)


冷めた目で文字を一瞥したセントは、そのまま洗面台に向かい、相変わらず氷水の様な冷たさの水で顔を洗う。

若干だが、セントは朝の機嫌がよくないらしい。嫌な夢でも見たのだろうか。

顔を洗い終わり、髪を軽く整える。

身だしなみを整え終わったセントは、改めて壁の文字を眺めた。


(にしても随分アバウトな……8塔ってどこだよ。何時までに行けばいいんだよ。何より……解りにくいわ!!アルファベッツで示せアルファベッツで!!)


アルファべットだ。

だが、確かにセントの言い分も解る。Aクラス、Bクラス、そんな感じで示せばいいものを。

場所にしても、学内の経路も示さず十歳の少年少女にこれは酷だろう。

魔法学園の広さを考えると地図(・・)といってもいいのだが。


軽く朝食をとり、少しの間遠くの緑を見る。朝のゆっくりとした時間は案外大事なのだ。


(いつ行けばいいんだろうか……。もう全員揃ってたりしないよな)


しばらくそんな事を考えていたのだが、さすがに何時までもこうしてはいられない。

部屋に用意されていた魔法学園の制服を着る。何気に初めて着る制服なのだが、セントは興味がないらしい。

見た目はスーツに似ている。黒で統一された服は、いかにも魔法使いという雰囲気だった。


(あれ、ネクタイってどうすんだっけ)


前世ではネクタイを結んだ経験があまりないセント。前世の時は別に困らないと思っていたのだがーーまさか人生を超えた先で困ることになるとは。解らないものである。

なんとかネクタイを結び終わり、ドアへ向かう。

最後に振り返って、一応、部屋を眺める。なんの変哲もない部屋だったが、住み心地は悪くなかった。


「ま、もし次があるならお湯が出るようにしといてくれよ」


この男にしては珍しく、人間ではないものに愛着が湧いているらしい。本人は気付いていないが、セント・ユーラスになってから若干だが性格が変化してきている。

さて、どうやって第七教室に向かうかなと思いながらドアを開ける。



「っ」


小さな驚きの声。

ドアの先にはーードアをノックしようとした形で固まっている少女が立っていた。

紅い髪が特徴的な、十歳とは思えないスタイルをしている。

カナリア・クルトールだった。


「カナリア?どうしたの?」


カナリアの姿を見た途端にセントのテンションは大上がりだ。もう既に部屋への愛着など忘れている。切り替えが速くて羨ましい限りだ。

ノックしようとした時に、丁度セントが出てきたために固まっていたカナリアだったが、セントの声で我に返ったようだ。


「あ……お、おはようセント。壁の文字は見たでしょう?一緒に行こうと思って……も、勿論セントと一緒のクラスになれるかは解らないのだけど!セントは何処だったの!?」


後半は勢いに任せて言った様だ。髪色には及ばずとも赤くなった顔がなんとも可愛らしい。


「あぁ成程。僕は八塔の第七教室だったかな」


「本当?一緒だわセント!一緒!」


セントの手を取って喜ぶカナリア。なんとか体は動いていないが、気を抜けば踊りだしそうな雰囲気だ。長い髪がユラユラと揺れている。試合の時とのギャップが凄まじい。

一方。


(うおおおおおおお美少女が!俺の手を!!俺の手を取って喜んでいる!!これが……これが世界か……!!)


カナリア以上に喜んでいるセントである。前世での生活を考えれば当然と言えば当然かもしれないが。

花が咲くように笑うカナリアは非常に可愛らしい。セントは依然敵意を向けられていただけに、その変化もプラスされているのだ、この歓喜の感情仕方ないだろう。


にしてもセントは顔には出していないがーーなんとwin-winな関係なのか。お互い喜んでいる二人、幸せな朝でけっこうな事である。


「僕も嬉しいよカナリア。……そういえばユリサールは?」


そうなのだ。いつもカナリアと一緒に行動しているユリサールの姿が見えない。


「え?あぁユリはまだ部屋で朝食をとっているわ。あの子朝は弱いのよ」


「あぁ……」


いかにも、という感じだろうか。朝が弱そうなイメージがありはする。


(というか、魔法以外は普通の十歳って感じかな、ユリサール・エンジは。カナリヤやアリアが大人びているだけで)


セントが接してきた同世代の女性は、セントが思う通り大人びている者が多い。

特にアリア・ラ・リアである。相手の内心を考え、気を遣い話すあの姿。セントがそれを感じたのが五歳の時だ。


(凄まじい能力の高さだなアリア……もしかしてアリアも英雄のーーいや、ラ・リアなんて英雄は聞いたことがない……俺が知らないだけか?)


「セント?」


 考え込んでしまったらしい。カナリアが顔を覗き込んでくる。

ふわりと、甘い香りがセントに届く程の距離。いくら内心を出さないからと言って、自身が未体験の事には弱いセント。

ラ・リアの事も考えられなくなってしまう。


「顔が少し赤いわよ?大丈夫かしら……」


額に柔らかいものがーーカナリアの手がセントの額に触れる。


「あのー……カナリア?大丈夫だから」


赤いと言われた顔を誤魔化すように、苦笑いでカナリアに告げる。依然感じたように、やはりカナリアは姉体質なのだろう。


「そ?きついならそう言わないと駄目よセント」


(本当に十歳か)


何度目かわからない言葉を脳内で呟く。英雄の子供とは魔法だけでなく基礎能力まで高いのか。


「解りました、お姉さん」


しかしやられっぱなしでは悔しいセントである。少しからかう様に顔を近づけ、お姉さん、と呼んでみる。


「っ?セ、セント……あの……顔が近いわ……」


自分から寄せるのは良くても、セントからこられるのは耐えられないらしい。先程に増して顔を赤くしたカナリアは、それを隠すように下を向いてしまった。


(フウファハハハ!)


ご満悦なようだ。


「おっと……申し訳ない」


クスリと笑いながら告げる。傍から見れば非常にさまになっている。内心では十歳の少女をからかう悪質な男なのだが、外から見れば仲の良い美男美女だ。

自分がからかわれたと分かったのか、カナリアは少しむっとしながら言葉を続けた。


「もう……セントは悪い人なのかしら?……とにかく、一緒に行きましょうセント。場所は解らないけれど。在学生の方に聞けば大丈夫でしょう」


おや?と。セントが不思議そうな顔をする。


「ユリサールはいいの?」


カナリアがユリサールを置いていくなど珍しいーーというか、セントはこの少女と出会ってから、二人が離れたところを見たことがないのだ。

てっきり今からカナリアとユリサールの部屋に戻るとばかり思っていたが、どうやらカナリアの考えは違うようだ。


「えぇ。あの子もそろそろ一人でなんでもしなきゃいけない年よ?私がいると頼ってしまうし……私も甘やかしちゃうから」


少しだけ寂しそうな顔を見る限り、カナリアも離れたいとは思っていないのだろう。

しかしーー今回の一件でカナリアも考えを改めていた。セントを敵視していたのは、全てとは言わないものの、カナリアの責任もある。

もし自分が間違った方向へ行ってしまえば、今のままではユリまで道連れにしてしまう、と。

だからユリサールには自分一人で動く、という事を教えなければならない。

これは、そのための一つの作戦だった。


「それに、ユリは私達とは違う教室よ?塔も違ったみたい」


「え?そうなのか……」


セントはてっきり同じだと思っていたがーー。


(俺とカナリアが同じという時点でユリサールもと思っていたんだが……落とされたのか、あの魔法の威力で……。恐らくは、暴走しかけたのがマイナスだったんだろう。どちらにせよーー評価のつけ方が厳しいな)


『救世の英雄』の子供ですら簡単に評価を落とされる。魔法学園の根底にある才能ある魔法使いの教育という理念には、貴族や英雄の子供を『優遇』する必要がない。皆無なのだ。

ある意味で完璧な平等が作られている。上に行きたければ、自力で飛んでみせろという事なのだろう。


「それなら仕方がない。ユリサールも最初は戸惑うだろうけど……、まぁまた迷ったら手を貸せばいい。今度からはカナリアだけじゃなくてーー僕も手を出すからさ」


笑顔で告げる。もし本当にユリサールが迷えば、セントはすぐに手を貸すつもりだった。


「ふふ……頼もしいわねセント。……ありがとう」


最後のありがとうの部分は、いつもの大人びたカナリアのものではなくーー本来の十歳の少女が出すような、そんな声だった。


「ああ。それじゃあ、行こうかカナリア」


「そうね、今日も一日よろしくね?セント!」


そうして二人は歩き出す。

『才能』が集まるーー第七教室へと。
















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