三十六話
「曲がれ」
壁に向かって進んでいた拳ほどの大きさの雷の球が軌道を変える。
「上がれ」
軌道を変えた魔法は、術者の言葉に従い天井へと進路を向ける。
「止まれ」
天井に触れる寸前で魔法が停止する。
大きく息を吐く。天井付近に留まっていた雷の魔法は、徐々に小さくなり、消えた。
カナリアとユリサールが部屋に来た日の夜、セントは一人魔法のコントロールの練習をしていた。日課というわけではないが、セントは何かを考えたり、悩んだりする時にはよくこのコントロール練習をしている。
声を出しているのは、そうしなければ困るときがあるかもしれないからだった。
詠唱を必要としない事は悪い事ではない。しかし、明日からの魔法学園での生活では、魔法を使う機会が今までより多くなるだろう。
無詠唱を華麗に決めて尊敬されるのも悪くない。非常に悪くないのだがーー。
(カナリアやユリサールでさえ詠唱を必要としていたからな……母様は確か言ってなかったが)
セントは別に目立ちたい訳ではない。確かに尊敬はされたいし、羨ましがられもしたい。しかしそれを自分から取りに行くのは嫌なのだ。
まぁつまり。
(無詠唱とかやって変な奴に絡まれるのだけは避けたい。ユリサールの魔法の威力、あれが英雄の子供の力だろ?普通にやって勝てる訳がない。ほんとなんで俺は魔力量が少ないんだ……?)
ここにきて多少の疑問はあるようだ。魔力量が少ない理由など、それこそ魔法を授けた女神くらいしか知らないだろう。
クズにはこれがお似合いよ、とか言っているのかもしれない。それなら笑えるのだが。
とにかくセントは戦いたくないのだ。負けるのは別にいい、しかし負けてかっこ悪いと思われるのは最悪なのだ。
良くも悪くも、ユーラスのネームバリューは大きすぎる。
「はぁ……アリアに会いたいな……」
ベットに倒れるように横になる。アリアが自分と同じクラスになれるかは解らないが、学園生活が始まれば嫌でも顔を合わせることになるだろう。
(嫌なわけないけどな)
前世では約束を守ったことなど殆どない。ましてや数年を超えた約束など、交わした覚えすらない。
そんなセントが初めて守りたいと思った約束だった。
(とにかく明日からは気合い入れていかないといけないな……)
気合いを入れる。勿論、周りを騙すという事に気合いを入れている。凛々しい顔で何を思っているのか。
静かに目を閉じる。コントロールの練習で魔力を消費したせいか、すぐに眠気はやってきた。
なんとか乗り切った魔法試合、数々の場面がセントの頭に浮かんでくる。
セント・ユーラスとして、英雄の息子として、ユーラスの名を傷つけないためにも。
(明日からも……雰囲気だけで生き残って……)
静寂の夜は過ぎていく。
セントの嘘を武器にした魔法学園生活が、始まる。




