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雰囲気だけで生き残れ  作者: 雰囲気
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閑話:セントの魔法修行


クイーラ王国王都、花の一街にあるユーラスの屋敷。

まだ若干肌寒さが残るこの時期だが、この日は日差しが強く丁度良い気候になっていた。

のどかな天気の中、セント・ユーラスは前世では見たことも無いような美しい花が咲き誇る庭で昼寝を決め込んでいた。仄かに香る甘い風を吸い込みながら、温かい日差しを浴びる。

前世で日光は大事などとよく聞いていたが、成程確かにこれは人間に必要な物なのかもしれないと思うセントである。


花の一街は他の二つの街に比べてだいぶ静かな所だった。

巨大な街を比較して静かも何もないかもしれないが、少なくともユーラスの屋敷の周辺は、という意味で、この地域は落ち着いた雰囲気である。

ここまで昼寝に適した場所があるだろうか。

引いた布の上で横になれば、すぐに睡魔がやってくる。抗うような事はせずに、静かに訪れた眠気を受け入れようとしていたセントだったがーー。


「セントー!!!」


「ぐふぁ!」


セントに訪れたのは静かな眠りではなく、柔らかな感触、先ほどまで感じていたような仄かな甘い匂い、そしてーー決して軽くはない、セントが変な声を上げてしまう程の、タックルにも似た抱擁だった。

傍から見れば完全にタックルだったが。


「ララ、傍から見れば完全にタックルだよ、今のは」


やはりそう見えたらしい。やってきた男性がやれやれといったように苦笑いを浮かべる。


「か、母様……!し、しぬ……」


セントを完全に絞めてーーもとい抱擁している女性、ララ・ユーラス。これだけ強く抱きしめられれば、必然的にセントの顔はララのある部分に押し付けられる訳で。

簡単に言えば、セントはララの豊満な胸で窒息死しかけていた。

ララの良い匂いと、柔らかな感触、そして致命的に足りなくなっていく酸素でセントの意識は沈み始める。

まだ五歳(・・)になったばかりの子供に耐えられるものではなかったらしい。


「ララ?セントを離そうか、そろそろ危ないんじゃないかな」


随分落ち着いたーー落ち着きすぎているような気もするがーー声をララにかける男性。

サリエル・ユーラスがゆっくりと止めに入る。


「え?あ!セント?大丈夫?セント!?」


ようやく自分がセントの呼吸を妨げていることに気付いたらしい。バッとセントを自らの体から離す。

しかしーー酸素の足りていない子供に、どうやらその反動はとどめになってしまったらしい。


(俺は……昼寝をしていただけなのに………)


南無三。


セントの意識は、深く沈んでいく。














「ごめんねセント……」


しゅん、と。音が聞こえて来る様に落ち込んでいるララ・ユーラス。意識を失ったセントが回復するまでに、サリエルにだいぶ怒られたようだ。

いつも明るく笑顔を絶やさないララがこうなっているのは非常に珍しい。セントはなんとなく、先ほどの仕返しをしてやろう、と心の中で悪魔の笑みを作っていた。


「母様……あんなに強く抱き締めれば、僕が息が出来なくなる事くらい解るでしょう?」


はぁ、と。ため息をつきながら、いかにも呆れた、という表情で言ってみる。

するとララは先程にも増して小さくなった。


「う……ウトウトしてたセントが可愛かったから……」


目を泳がせながら、最終的にはサリエルに助けを求めるような視線を送るララ・ユーラス。一応言っておくが、『救世』である。

だが助けを求めたサリエルも、柔らかな笑みを浮かべているだけで助けに入るような事はなく。


「言い訳しないでください母様。僕は五歳で死にかけたんですよ?」


「ご、ごめんなさい……」


くどくどと、五歳児による説教は終わらない。




「……とにかく今度から気を付けてくださいね」


「サリエルーー!!」


セントが言い終わると、わーんと涙目でサリエルに抱きつくララ・ユーラス。

自業自得とはいえサリエルに怒られ、セントに怒られで可哀想なものである。

よしよし、と頭を撫でてやっているサリエルも苦笑いだった。


「セントが長く怒るなんて珍しいじゃないか」


「いえ、今日の母様は珍しかったので。途中からは半分からかっていました」


これが五歳児の言う事か。


「ひ、酷いわセント!」


さすがに息子が自分をからかって叱っていたとはショックだったらしい。


「あは、ごめんなさい母様。それで、どうしたんですか?二人揃って」


時刻は丁度昼を回った頃か、セントが意識を失っていた時間はそう長くは無い。降り注ぐ日差しは先程よりも強く、温かい、から暑いに変わろうとしていた。


「ん?あぁそうだった。危うく本題を忘れるところだったよ。実は今日から、セントの魔法の練習を始めようかと思ってね」


セントが魔法の属性を調べに行ったのが一週間前の事だ。属性は雷と闇、どちらも使い手が少なく、扱いにくい魔法とされている。


(いよいよ、だな。アリアとの約束を果たすためにも頑張りますか)


そう、魔力量が少ないながらも、とある少女と約束したのだ。この二つの属性で美しい魔法を披露してみせると。

しかしーー若干の不安が存在していた。


(攻撃魔法とかは別に覚えなくてもいいけどな……美しけりゃいいんだし、どうせ闘う事(・・・)なんてないだろうしな。魔王は倒されているし、残った魔物もーーまぁ誰かが倒すだろ)


お前に未来を見せてやりたい。


(なにげに父様無茶するんだよな……)


セントは忘れない。この世界に生まれたすぐに、このサリエル・ユーラスは自分を2m近く高い高いしたのだ。

結構、いやかなり怖かった。

そんな隠れ無茶男のサリエルが攻撃魔法を教えれば。それが若干怖いセントである。


(まぁ父様は冷静で頭良いし……なにより魔法の研究が本職だからな。あんまマイナス思考はしないでいこう)


マイナス思考なんてし始めたらどこまでもキリがないのである。セントの場合魔力量のところまで話が戻ってしまうのだから。

ともかくーー。


「僕も教わりたいと思っていました。よろしくお願いします、父様」


頭を下げる。英雄たる父の教えは、純粋にありがたい事だった。

ふわり、と笑みを浮かべて、


「うん。僕が教えられる範囲でーー頑張ろう、セント」


人を心から安心させるような声。そして喋り方。今降り注いでいる日差しのように眩しいもの。

このあたり親子なのだろう、表情や雰囲気がよく似ている。

こうして、セントの魔法修行が始まろうとしていた。



「……………………私もいるわよ、セントぉ」


涙目のララを置いて。








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