三十五話
「あ、あの……タイミングが悪ったかしら?」
こちらの様子を窺うように、不安げな目でそう聞いてくるカナリア。
カナリアとユリサールが部屋にやってきたのが二分前の事。今はセントが二人を部屋に通し、お互い顔を合わせて座っている。
「どうして?」
ニコリ、と。柔らかい笑顔で答えるセント・ユーラスである。その微笑みは見る者の目を捉えて離さないような、ある種の引力のような物を持っていた。
普段より愛想百パーセント増し、セントは現在非常に機嫌が良い。というか、良くなった。
嫌な印象のドアを開けたら、そこにいたのはなんと先日助けた美少女二人ではないか。
身構えていただけに対応は速かった。話がある、と言っている少女二人にセント・スマイル(セント命名)をお見舞いして部屋に誘い入れた。
それにしてもセント・スマイルとは致命的なネーミングセンスである。お前の名前とそんなに変わらないじゃないか。
そんなわけで、今の状況に至るのだがーー。
「ドアを開けたとき、その。少しめんどくさそうな顔をしてたから……やっぱり朝はやめておいた方がよかったかしら……」
後半になるにつれ小声になっていくカナリアを見ながら、セントはセントで大きなショックを受けていた。
(顔に出ていたのか?この俺の内心が!?おいおいそんな筈は…………いや、普通じゃ感じれないものまでこの子達は見抜くのか……英雄の血怖いっすなぁ……)
恐るべし高スペック少女。カナリアとユリサールが持つ洞察力は、セントのありえない程小さな雰囲気まで読み取っていた。
冷静な状態ならばここまで鋭いのだ、この少女達。昨日はセントの冷静さを失わせる、という作戦は成功だった事が解る。まぁ運も良かったのだが。
「ううん、迷惑だなんて思ってないよ。二人にまた会えて嬉しい。昨日はすぐに部屋まで戻されてしまったからね」
苦笑いを浮かべて話す。都合の悪い話題はさっさと変えてしまった方がいいのだ。
「わ!私も……あの……」
セントの「また会えて嬉しい」あたりから頬がほんのり赤くなっていたカナリア・クルトール。なんと純粋な事か。
「私もまた会えて嬉しいわ」とでも言いたいのだろうが、あわあわと口を動かすたびに顔が赤くなっている。
(おーおー可愛いっすなぁ……)
セントの心は穏やかだ。美少女の照れた顔がすさんだ心を癒してくれるような気がした。
まぁ癒されても通常状態ですさんでいる心なのだが。
「……カナリアも、私もまたセントに会えて良かった」
未だにあわあわしているカナリアに変わってユリサールがそう言ってくる。
無表情ではなく、口元は小さく微笑んでいて、どことなく昨日より目も柔らかだ。
妹にフォローされた姉は赤い顔で下を向いている。恥ずかしいのか、先に言われて悔しいのか。
「……ユリサールの笑顔は初めて見たな」
実際にはドアを開けたときに見ているのだが、それは置いておこう。しっかりと顔を合わせて見た笑顔は確かにこれが初めてなのだ。
ユリサールの顔に薄い朱がさした。
「変じゃ……ない……?」
上目使いでセントを見ながら、不安と期待が混じった目で問いかけてくる。
内心で様々な感情をーーどんな感情かは想像にお任せするがーー爆発させたセント。勿論それを表に出すことはせずに、いつもどおりの笑顔で告げる。
「うん、変じゃない。凄く可愛いよユリサール」
もっと気の利いた事は言えないのか。
悲しいかな前世から数えて彼女いない歴=年齢なセントに、こういう状況で気の利いた事など言えるはずもない。
しかしーー言われた方はどうだろうか。顔を下に向けているので表情は解らないが、髪の隙間から見える耳は真っ赤になっている。
「あ、あり……がと……」
話す声も、今にも消え去りそうな程小さい。セントの耳はしっかりと聞き取ったが。
なんとなく今すぐに彼女の頭を撫でてやりたくなるセント・ユーラス。
しかしーーそんなタイミングで、復活していたカナリアが声をかけてきた。
「そ、それでね!」
少し声が大きい、強引な方向転換。
「は、話っていうのはーー」
「待った」
セントの声がカナリアの話を遮る。美少女の話を中断させるとは何事か貴様。
「話を止めて悪いんだけど、まずどうやって僕の部屋を?」
セントはずっと気になっていた。昨日生徒会長は新入生がカフェに入ることを禁止されているみたいな事を言っていた筈。
という事は、新入生は基本的に部屋の外へ出る機会がないという事にもなる。
食事は部屋に直接運ばれてくるし、風呂や洗面台、トイレなども部屋に存在しているのだ。
ならばなぜ、この二人はセントの部屋までたどり着けたのか。
もし、万が一生徒会長などと接触されていればーー割と面倒なことになる。
自分の魔法を無力化されたユリサールなども、セントが使った魔法は気になっているだろう。そんな時にアレと話されたら面倒になる事間違いなしなのだ。
だがーー。
「あ、あぁ……大変だったのよ?一部屋一部屋ノックして……色んな新入生に迷惑そうにされちゃったわ」
どうやらこの少女達はなんと自力でここまで辿り着いたらしい。一体この塔に何室部屋があるのか。
セントのいる部屋は塔の頂上付近にあるのだがーーなんとも健気な少女である。
「そうだったのか……なんだか、悪いような気がするな。そこまで苦労させて」
「い、いいえ!セントに悪いところなんてないわ?私たちが話したかっただけだしーーあ、話したかったっていうのはね、あなたともっとお話したいって意味じゃなくて、話すことがあるって意味でーー」
あぁカナリア・クルトール。たとえ英雄の子供であろうと乙女心はまだまだらしい。話せば話すほど言葉の縄が絡まっていく。
「カナリア……深呼吸……」
「あ……そ、そうね……」
どっちが姉なのか。
「えっと……それでね?セント。あなたに話したいことっていうのは……話、というか、その……謝らせてほしいの」
先程とは違い、落ち着いた様子でーーというか、落ち込んだ様子で話すカナリア。不安そうに揺れる瞳は、それでもセントの目からは逸らされない。
「試合前にセントに言った事……ごめんなさい。あなたは何もしていないのに、勝手に酷い事を言ってしまって……」
頭を下げるカナリアの体は、細く、小さく見えた。
「それに、あなたに助けられてちゃんとお礼も言えなかったわ……」
顔を上げたカナリアの瞳には、涙が浮かんでいた。それは後悔の涙なのか、もしくはーー感謝の涙なのか。
セントは、なんとなく、自分でも気づかない程に小さくーー「感謝の涙ならばいいな」と、思っていた。
「ありがとう、セント。あなたのおかげで、私とユリは救われた、本当に嬉しかったのよ?あなたが私達の誇りに気付かせてくれて」
カナリアの隣では、ユリサールも微笑んでこちらを見ていた。一言も喋っていないが、思いはカナリアと同じなのだろう。
「こんなこと言うのは、恥ずかしいけれどーー私たちと、これからも仲よくしてくれるかしら」
ふわりと、小さく微笑みながらカナリアが告げる。仲よくして欲しいと、まるで普通の十歳のような、そんな願いを込めて。
ここで、またこの先を考えてそれらしい事を言うのは簡単だろう。でも、どうしてだろうか、この時セントは、考えることをやめていた。
思うままに、このセント・ユーラスとして、感じたことを言おうと。
あぁ、この純粋な少女の想いにあてられてーーおかしくなったかな、と考えつつ。
「カナリア、ユリサール。こちらこそーー僕と仲良くしてください」
言った後でーーたまには正直なのも悪くない、と。
それが自分の中でどれ程大きな変化なのかに気付くこともなくーーセントは穏やかに、少女二人と笑い合っていた。




