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雰囲気だけで生き残れ  作者: 雰囲気
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三十三話

「……こんばんは」


 感情の読めない声で挨拶をする白髪の少年。

身長差のせいでどうしても見下ろす形になってしまうが、威圧している訳ではない。

まぁこの少年に限って威圧してしまうなどとの心配は無用だろう。

現に、今でも表情が全く変わらない、眉ひとつ動いていないのだから。

そう、表情一つ。突然に自室に私がーー生徒会長が来たというのに、目の前の少年はまるで動じていない。

というか、もしかしたら私がくることが解っていたのかもしれない。

 

 自分の口角が上がっていくのを感じた。これは闘いの時によく出てしまう癖だ。

強敵(・・)を前にした時に出るーー不謹慎な癖。

解っている。

目の前のこの人間、セント・ユーラスは敵ではない。数時間前には勇敢な姿を見せていた、年下ながらも尊敬すべき少年だ。

 なのに何故ーー自分はこうも警戒している?なぜ自分は、この少年と自分が魔法を撃ち合う想像をしている?


それもまた、理解している。自分の事を理解できぬ愚か者は、生徒会長にはなれない。

そうだ。自分は恐怖しているのだ。あの魔法(・・・・)を見たときから。

そしてーー同時に高揚もしている。


『覆せ』


今でも鮮明に思い出せる。

嵐のような魔法群を前にして、ゆっくりと唱えたあの魔法。自分が傷付かない事を確信した声。そこになんの焦りもなかった。


『Denial』


聞いたこともない詠唱、耳を疑うとはこういう事なのだろう。

勿論自分でも、この世すべての魔法を知ってはいないという事は解っている。たかだか19年の人生で総てを学べるほど、魔法というのは軽くない。


がーー、覆せ、という詠唱は明らかに異質で異常だ。魔法の詠唱は基本的に単純な詠唱だけで発動できる。

イメージを強固にする、という事だけを目的とした詠唱に複雑な言葉は逆効果だ。

「貫け」「壊せ」「守れ」「上がれ」「砕け」…………。

何を想像するかなど、それこそ千差万別。人によって異なりはする。


あの魔法群を無効化するには、完全で強固なイメージが必要の筈だ。

自分を守る、もしくは魔法を壊すイメージ。その鍵を手にして、魔法という扉を開くのが答え。

だが、セント・ユーラスが出した答えはーー。




「生徒会長のライク・マクリアスだ。試合で疲れているとは思うが、よければ今から少し話せないか?セント・ユーラス」


 無表情でこちらの目を見つめて逸らさない少年に要件を告げる。

あのような試合をして疲労はあるだろうがーーまぁそこは男だ、我慢してもらおう。

別に明日でもよかったのだが、好奇心が抑えられん。


「えぇ、もちろん構いませんよ。生徒会長」


嫌な顔一つせずーー無表情だから当たり前だがーーセント・ユーラスが応じる。

今更思ったが、今のセント・ユーラスからは試合場で感じたような雰囲気(・・・)を感じない。

部屋でゆっくりしていたからだろうか、それならば本当に申し訳ないと思う。

帰りはしないが。

表情からは相変わらず何も読み取れない。もし意図してそれをしているのなら大したものだ。


「どうせ話すなら、飲み物が出るところへ移動しよう。新入生はまだ行ってはいけないんだが、まぁそれは些細な事だろう」


なんせ生徒会長が一緒なのだ。誰も文句は言うまい。

言われても知らん。


「ここの二階に生徒専用のカフェがある。そこへ行こう」


「カフェ、ですか」


 少し考えるような素振りを見せるセント・ユーラス。


「あぁ、良いところだ。月が見えて落ち着いて話すには丁度いい」


いつもはまぁまぁ混んでいるのだが、今日は新入生の試合があるため基本的には在学生も部屋の外へ出てはいけないようになっている。

新入生には、「一人で戦う」という事を徹底してやってもらう。それが魔法学園で初めて学ぶことだ。

そこへ万が一にでも在学生が何らかの形で介入すれば、それは魔法学園の意思とは別の方向へいってしまうのだ。それは許されない。

 

 まぁ俺が今このように新入生と会い、連れ出そうとしているのはーーまぁセント・ユーラスは既に戦いを終えたし、ほら、あれだ。そう、気になったことをそのままにするのはよくないと言うだろう。



「解りました」


脳内でいつもみたく自分を叱ってくる口うるさい女子生徒の姿に言い訳をしていれば、了解の声が聞こえてきた。

「生徒会長がまっさきに決まり事を破ってどうするのよこのバカ!!そんなだからーー」と脳内から鬼の形相で叱る彼女の姿をかき消し、意識を戻す。


「よし、じゃあ行こうか」


「はい」

















「さて、と。改めて夜分にすまなかったね。今日の試合は私も感動したよ」


「いえ、感情的な事ばかり言って。感動されるような事は、何も」


漂うコーヒーの匂い。予想通り、自分らのほかに客はいなかった。

大きなガラスの窓からは、白い月が覗いている。柱のような建物が何本も密集して出来ている魔法学園だが、ここのカフェは月が隠れずにその姿を見ることができる。通常ならば、夜は人気の場所だ。


目の前に座るセント・ユーラスは、なんとブラックコーヒーを飲んでいる。


「……感情的な事だからこそ感動したのさ。あの二人の少女もさぞ救われたことだろう。……苦くないのか」


 英雄の親を持つと大変なのはよく理解できる。そんな苦悩を抱えた少女二人が救われたのは、単純に感動すべき事だと思った。


それにしてもブラックとは。まだ十歳だろうに。私が十歳のころなんぞ、ブラックどころかコーヒー自体あまり好きではなかったのだが。


「…………あぁ、そうでしたね。十歳でブラックコーヒーは確かに珍しいかもしれません。僕は好きですけど」


どことなく違和感を感じる言い方。やはり疲れているのか、それとも今から話す内容に少しでも緊張しているのか。

未だにこの少年からの圧は感じない。普通の少年を相手にしているような感覚。

だが、忘れてはいけない。

この少年は、セント・ユーラスだ。


「苦いものが苦手でね…………。このように、今でもミルクが必須さ」


自分のコーヒーにミルクを垂らす。それは混ざり合って、溶け合って、波紋のように広がりーーそして消える。

それを見ながら、本題に入る。


「話というのはね、君が今日、ユリサール・エンジの魔法に対して使ったーー」


「その魔法については何も語りませんよ」


こちらに被せるように、今までとは明らかに違う声で否の意を示す。


冷たい声。含まれる感情は、絶対な拒絶か。

見れば、彼はカップを手に持ちながら、しかし目はこちらを捉えていた。

話せない。そうきたか、と思う。


「……覆せ、などという詠唱は、そうだな。魔法使いとしてあまり言いたくない言葉だがーーありえない。抽象的すぎる言葉であの魔法を無効化する事は不可能だろう」


そうだ、だからこそ。


「だからこそ、私は知りたいんだよ。セント・ユーラス、君はあの時ーー何をした?」


十歳相手にどうかと思うが、少しだけ威圧をしながら声を出す。もしかしたら、この事は魔法使いにとって常識を変えるようなことかもしれないのだ。


「…………」


ズ、とコーヒーを啜る音が響く。この少年は威圧なんてものともしていない。だがーー考えてはいる。


「……ありえない、ですか。そんな言葉、まさか魔法学園の生徒会長である、あなたから聞くことになるとは」


目を細めながらそういう少年から、少しずつ、だが確かに圧を感じる。呑まれるな、と自分に言い聞かせる。ペースを崩してはいけない。

このセント・ユーラスの雰囲気(・・・)を感じてはいけない。


「私だって言いたくはないがね」


軽い口調で返す。実際言いたくないのは確かだが。


「そうですか、なんにせよ。僕があの時の事を語ることはありません。申し訳ありませんが」


口調は丁寧。しかしこちらを見る二つの瞳が、これ以上は無いと伝えてくる。


「理由はなんでもいい。我がユーラス家が秘匿とする絶対的な秘術だから。命を削る大禁術だから。知られては効果を失くす古代の魔法だから。そんなものです、アレは」


一息。


「……生徒会長にこの魔法を話しても、僕に害はありません。しかし、あなたには対しては解らない。この魔法は、そういうものです」


いつの間にか、先ほどまでの冷たい声はなくなっている。少し冷えたコーヒーを持つセント・ユーラスの表情は、少しだけ憂いを帯びていた。

この少年は、申し訳ないと、本気でそう思っている。


「これ以上は。もしあなたがこれ以上を望むのなら、話しましょう。あなたが未知を欲し、そこが闇に包まれた所だと知りながら、それでも尚足を進めようと言うのならば」


「…………」


今セント・ユーラスが言ったことは、話さない理由になっているだろうか。聞いた限りでは、明確な否定の根拠が解らない。

だが、表情は違う。

絶対の拒絶を口に出しながら、しかしセントの表情は「これ以上はあなたのために聞かないでくれ」と言っているかのようだった。

 果たしてそれはーー本心なのか。


「……私がここで諦めても、ほかにあの魔法に気を持つ生徒はいるだろう。その生徒たちには、どうするつもりだ?」


優秀な魔法使いがあの魔法の異常さに気付かない訳がない。


「勿論、今と同じでしょう。答える事はない……ありません」


話は終わりだとばかりに席を立つ。引き止めても無駄な気がして、そして何故か、引き止める気にもなれず。

ただ最後に気になって、その背中に声をかける。


「セント・ユーラス。一つだけ聞かせてほしい。君はーーその闇に包まれた場所にいるのか?」


ピタリ、と。セント・ユーラスの足が止まる。


「ああ……」


その声は、明らかに今までの少年の物とは違った。

声の温度とか、そういうのではなくーー明確に、違う(・・)


言葉を失う、とはこういうことだろう。

背筋が戦慄と粟立ったのが感じられた。なんだ、この感じは、怖い、ではない。

そうだ、これはーー『気色悪い』。


「そうですね、もしかしたら、そうかもしれませんよ、生徒会長。ですが、それもまた違う、僕はセント・ユーラスであり、ここに確かに存在している。それだけは確かですよ」


今彼はどんな顔をしているのか。

笑っているのか、怒っているのか、無表情なのか。


「コーヒー、ご馳走様でした。おやすみなさい、生徒会長」


手を挙げて、いつも通りの声でそう言って歩き出す。

その背中に、もう一度声をかけることはできなかった。



「まさかこんなにありふれた台詞をいう事になるとは…………セント・ユーラス、君はいったい何者だい?」


白いミルクが溶けたコーヒーは、完全に冷え切ってしまっていた。










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