三十二話
その男は静かに昂っていた。
(最ッ高だったな今日の俺は…………)
静かに、静かに、飛び跳ねたい気持ちを抑えて、昂っていた。
(あの割れるような大歓声……少女二人を救い、超強力な魔法群をも無効化する男……)
熱のこもった息を吐く。
ふと顔を上げると、そこにはまるで作り物のように整った顔をした少年が見えた。
白髪の髪に柔らかな目、そこらにいる女性よりも白い肌。
組んだ指はすらりと長く、何かを考えている顔は十歳の少年の物とは思えない程に凛々しい。
(鏡に映っても俺は最高にかっこいい!!惚れる!抱いてほしいわセント様!!)
せからしい。
(そして勝利を欲さないあの圧倒的強者感……!完璧だ、今日は何をとっても完璧だ……!)
今日一日何もかもが完璧だったかと言われれば、もちろん答えは否だろう。朝方焦りまくっていたあの姿は何処へ行った。
悪い事を引きずるのはあまり良い事ではないが、こうも早く忘れるのもそれはそれでどうだろう。
というか、自分で圧倒的強者感とか言っているが悲しくはないのだろうか。
しかしーーまぁセントがここまで調子に乗ってしまうのも仕方ないといえば仕方ないのかもしれない。
前世では目立つことなどほとんど無い事だった。無論、大勢の観客に囲まれることなどあるはずもなく。
実はセント・ユーラスも、まぁまぁ緊張していたのだ。格好悪いから、面には出さないが。
なんにせよ、あの状況下で、あの脚本を演じきったのだ。不幸な少女二人を巻き込んだ大茶番は、完全な成功を収めたのだった。
まぁその大茶番で少女二人は本当に救われたーー救われてしまったのだから世界は残酷なものである。
(にしてもあの大歓声、体が心から震えるような感覚だったな。あれが本物の感動か……ちょっと泣きそうだったわ、マジで)
随分と濁った感動もあるものである。
あれだけの観客が起こす拍手喝采は、確かに感動するに値するものではあったが。
幾分そこまでの道のりが曲がりくねり過ぎだ。
とにかく、セント・ユーラスは自分に酔っていた。
既に夕飯と入浴は済ませてある。後は疲れた体を休めるため、睡眠に入ればいいのだがーー。
(寝れないな、気分が昂り過ぎて全く眠くない)
というわけで、セントは今日一日を振り返り、自らで総評を行っていたのだった。
(さて、もう一回いい場面を思い出してーー)
コンコン、と。
小さくドアがノックされた。
(あん?誰だ今からいいところなのに)
思いながら、体を起こしドアの方へ向かう。
もしこの時セントが冷静ならば。浮かれた状態ではなく、いつもどおりの先読みが出来ていたならば。
ドアをノックした人物が予想できたかもしれない。
ドアを開ける。
目に入ってきたのは、一人の男性だった。
大きい、というより高い。185cmはあるだろう身長に、黒い服がよく似合っている。
凛々しい顔と、ピンと伸びた背筋も相まって、一本の槍のような印象を受ける。
何より特徴的なのはーー目だ。
鋭い。細いわけではなく、睨んでいるようなこともない。ただ、見る者の奥を見透かすような瞳は、鋭いという言葉が適切だろう。
「夜分遅くにすまないな」
耳にするりと入り込むような声。
少し申し訳なさそうな顔をして、謝罪をするこの男はーー。
(生徒会長!?)
魔法学園生徒会長「ライク・マクリアス」
魔法の才を持った少年少女が集まるこの魔法学園で、生徒会長とは最強と同義。
ただそこに立っているだけなのに、普通の人間とは雰囲気が違う。
「……こんばんは」
呑まれる。いつもなら自分を呑み込もうとする雰囲気に対抗できても、完全に気を抜いていたセントにこの大物は手に余る。
ついつい普通に挨拶をしてしまう程だ。
セントには一つ癖がある。癖というか、条件反射というか、セントは自分の感情が激しく乱れたり、酷い混乱に陥ると無表情を作る。
内心の格好悪いところを絶対に出したくない、出さないという思いの表れだろうか。
その条件反射のせいでーー今も無表情で挨拶をする少年のできあがりだ。挨拶をするときは笑顔を作ろうね。表情の印象って大事なのである。
セントの顔を見たライクの口角が少し吊り上っている。
その表情のまま、口を開く。
「生徒会長のライク・マクリアスだ。試合で疲れているとは思うが、よければ今から少し話せないか?セント・ユーラス」
名前の部分に含みを持たせた言い方をする。セントほどではないにしろ、この男も相当内心で考えるタイプだろう。
なんにせよ、ずっとこのまま混乱しているわけにもいかない。いや、混乱しててもいいから、最大の武器の口だけは動かさなければ。
まだ本調子ではない余裕さを出しながら、答える。
「えぇ、もちろん構いませんよ。生徒会長」
勿論、少し含みを持たせて。




