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雰囲気だけで生き残れ  作者: 雰囲気
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『それぞれの夜』

 魔法学園。

空には大きな月が浮かんでいる。青白い光で夜を照らす月は、目を離せなくなるほど美しい。

そんな月を、魔法学園の一室からぼんやりと眺める少女がいた。

沈んでしまう直前の夕暮れを切り取ったような鮮やかな紅の色をした、少し濡れている髪。透き通る白い肌は、ほんのり赤く色づいている。

湯でも浴びていたのだろう。

まだ幼いながらも女を感じさせる四肢を無防備に晒し、少女は少々長く湯を浴びたせいで熱くなった体を冷ましていた。


美しい少女の名は、カナリア・クルトール。

『救世の英雄』を父親に持つ、才溢れる魔法使い。その才溢れる魔法使いの少女は、体を冷ましながら考え事をしていた。

考え事というか、悩み事なのかもしれない。少女の表情はぼんやりとしているが、時々悲しげに伏せられる目が、ただの考え事ではない事を示している。


悩ましく伏せられる目、普段は見せないであろう表情のなんと可愛らしい事か。

いつもの大人びた表情がカナリア本来のものではないのだろう。ベッドに腰掛けて月を見上げる表情はいつもより幾分あどけない。

カナリアも、自分を休ませる時間が必要なのだった。それが、いつも入浴後の時間。

()がカナリアと入れ替わりで入浴に向かい、一日の中で数少ない一人きりの時間。


この部屋にはもう一人十歳の少女がいるのだが、今は入浴中らしい。


紅く艶やかな髪に、ほのかに花の匂いを纏わせたカナリア。

カナリアはーーある少年の事を考えていた。

いや、最初は別に少年の事は考えていないのだ。ずっと悩んできた事が綺麗に無くなったとか、魔法学園の事とか、そんな事を考えていた筈。


でも、自分でも気づかぬ内に、いつのまにか、脳内にある少年の姿が映し出されるのだ。

そしてその人について考えて、またそれに気付いて、最初に戻って。

まぁ何が言いたいかというと。


カナリア・クルトールはーー結局、盛大に悩んでいた。











(まるで早送りのような一日だったわね……)



 思い出されるのは、今日のほんの数時間前の事。

実力を測るための魔法試合、そこで闘ったーー白髪の少年。恨みさえしていた少年に自分でも知らなかった本心を見抜かれた。

あの時、本気で怒っていたあの人を思い出す。バチバチと雷の糸を走らせて、強い想いが宿った瞳で私を叱ってくれた。

少年の表情を思い出して、息を吐く。どうしようもなく顔が熱くなって、せっかく冷ました体も再び熱を持ってーー。


(もう……何度同じ事をすれば気が済むのかしら、私は……)


ようやく少し冷静になってきたようだ。少し前まではこれを何度も繰り返していた。


(でも……本当にセントには、ちゃんとお礼をしなきゃいけないわ。もう一度ちゃんと顔を合わせて……しっかりと。これは私個人の問題じゃなく、クルトール家の礼儀としてよ?本当よ?)


勿論、カナリアは今一人だ。誰と会話しているわけでもない。

それでも会話口調になって考えているあたり、まだ完全に頭は冷えていないようだ。

少し顔が赤いのも、長い入浴のせいではなくなっている。



しかしーー不意にカナリアの表情が曇る。

 思い出してしまうのだ。感謝すればするほど、セントの事を思えば思うほど、試合前の自分の行いを。

何を言ったか、一言一句覚えている。

勝手に敵視して、勝手に怒って、そしてあの態度だ。自分でも救いようがないと思う。


(お前、とか言ってしまったわよね……逃げるな、とかも。あぁもうどうしようもないじゃない私……いきなり失礼な態度をとって、き、き、嫌われてたりーー)


そう考えると少し泣きそうになってしまう。自分でも情けないと思う、でもどうしようもなく不安で、あの優しい瞳の少年に嫌われていると思うと、どうしようもなく胸が苦しいのだ。


(それに……まだちゃんとしたお礼どころか、あのあとすぐ試合も終わってしまうし…)


あの後ーーセントとカナリアがユリサールに語りかけた直後に、ユリサールは魔力切れで気を失ってしまった。それでも、その表情は晴れ晴れとしたものだったが。

そして、フィールドにはカナリアとセントが残りーー。


(私が棄権しようと思ったのだけど……先を越されてしまったわね)


不安で表情が固まっていたが、その時を思い出して少しだけ頬が緩む。

 そう、カナリアが棄権を申し出る前にセント・ユーラスは棄権を宣言してしまったのだった。

相変わらずの優しい笑顔を浮かべ、


「さっきの魔法を躱すために魔力を全部使ってしまったみたいだ。戦いを続行できない。棄権するよ」


と言って、あっさりと棄権してしまった。

でもーー。


(ふふっ、魔力を全部使って立っていられるわけないじゃない。セントも少し抜けているわね)


魔力を使い果たす、という事は魔法使いにとって致命的な事だ。

常に魔力が体を巡っている魔法使いから魔力がなくなれば、動くことはおろか意識を保つことさえ難しいのである。

 まぁどこかの嘘吐きの場合は、使ったのは魔力ではなく直接生命力だったわけで、魔力がほとんど残っていないのも確かだったのだが。


そうして、勝者は決定した。

審判がカナリアの勝利を告げ、結界が無くなったとき、会場は割れんばかりの拍手と歓声が鳴り響いていた。

しかしそれは勝者のカナリアに向けられたものではなくーーいやまぁ少しくらいはカナリアにも向けられていたかもしれないが。


歓声と拍手、その多くはーー少女二人を救った、セント・ユーラスに向けれらていた。

カナリアはすぐにセントに礼を告げようと思ったのだが、今まで割と静かな空間にいたために、体を震わせるほどの歓声がカナリアの声をかき消してしまった。

そのまま案内役の言うままに部屋に戻され、食事をとって入浴をしてーー今に至る。

結局、お礼どころか挨拶さえも出来ていないのが現実だった。

ちなみに現在絶賛入浴中のーー誰が絶賛しているかは知らないがーーユリサール・エンジは割とさっき目覚めたばかりだ。

魔力量が多いと回復するのも大変だ、どこぞの男は仮に魔力切れを起こしても小一時間休めば全開だろう。燃費のいい体で羨ましい限りである。


まぁそれはそれとしてーー今更だが、カナリアも英雄の子供である。

普通の子供のようにいつまでもぐずぐず悩んではいないーーいや悩みはするしぐずぐずも言うかもしれないが、決断力は相当に高い。


(明日、残りの試合が行われている間に、セントのところへ行きましょう。

ちゃんと謝ってお礼を言ってーー許してもらえるかは、わからないけれど。でも、セントなら、きっと)


なんとも正直で素晴らしい少女である。アレに翻弄されていることが本当に可哀想だ。


 その時ーーガチャリと、部屋のドアが開けられた。

艶やかな緑の髪は、よく乾かさなかったのだろうーー湿っているとかいうレベルじゃなく、濡れていた。

髪から落ちる水滴が、少女の白く細い首を伝って、真っ白なスカート型の服に染み込んでいく。

肌色が透けた少女は、特殊な性癖(ロリコン)を持つ男が見れば一発で犯罪を犯してしまうであろう、背徳的な気配を醸し出していた。

…………まぁこの少女を襲おうものなら丸焼き決定だろうが。


いつもの無表情も、頬が上気しているためか普段より少女感が強い。少し細められたーー所謂ジト目をしている。どことなく猫が人間になった、という感じがしなくもない。


「カナリアー……乾かして……」


のぼせているのか、とたとた、と歩く。そのたびに水滴が下に落ちているのだがーー。


「こら、ちゃんと髪は乾かしなさいっていつもいってるでしょう?」


カナリアは気にしていないようだ。まぁ魔法で乾かせばすぐだろう。

髪も魔法で乾かせば?と言いたくなるが、部屋に敷かれている布と少女の髪を一緒にしてはいけない。

温度調節やら、勢いの強弱やらで忙しいのである。というか、めんどくさそうだ。

だからユリサールは髪を乾かさない。

誰が乾かすかというと、それは勿論。


「まったくもう……ほら、ここに座りなさい?」


困ったような、でもどこか嬉しそうな表情を浮かべるカナリアなのである。

もともとの性格が姉向きなのかもしれない。


「んー……」


そしてこっちは妹向きーー妹向きってなんだ?








髪を傷めない温度で、髪を荒らさない風量で、カナリアがユリサールの髪を乾かしていく。

手をかざして、そこから直接熱を送っているのだろう。便利なものだ。

目を細めて心地よさそうにしているユリサール、穏やかな笑みで髪を乾かすカナリア。

 ゆっくりとした時間が、流れていく。


「……ねぇユリ、体は、大丈夫?」


「……うん。魔力、あるよ……?」


「そう、よかった。…………ねぇ、ユリ?」


「あの人なら……大丈夫だよ、カナリア……きっと、大丈夫……」


思わず、髪を乾かしていた手が止まる。

前を向いていたユリサールが、体ごと振り返ってーー、


「……ユリ……?」


抱きしめられていると、気付く。

温かい。


「すぐに、わかったよ……?カナリア、ずっと悩んでた……私が寝ている時も、試合が終わってからずっと……」


「……」


「私も、思ったから……あんなこと言って、あんなことして、嫌われてるかもって……でも、私たちを、助けてくれた……嫌な事を言った、後なのに」


いつもはあまり喋らないユリサールが、必死に大切な()を励まそうとしている。

温かいのだ、とても。


「きっと……大丈夫……。ちゃんと謝れば、ちゃんと向き合えば、ね……?」


また、涙が出そうになる。

でもーー顔は自然と笑顔になっていた。


「……もう、こんな時だけしっかりして。悪い子よ、ユリ」


抱き合っていた腕を離す。

ユリサールの表情は、いつもの無表情ではなくーー小さな笑顔が浮かんでいた。


「……ごめんなさい、お姉ちゃん」


「えぇ、いくらでも許すわよ。私の可愛い妹。明日、ちゃんと会いに行きましょう?」


「……うん」


またくるりと体を回して後ろを向く。乾かすのを続けれ、という事だろう。


「だからあなた!しっかりしなさいと今ーー!!」



こうして、静かで穏やかな夜は過ぎていく。

少女の不安を溶かしてーー緩やかに。


























「生徒会長のライク・マクリアスだ。試合で疲れていると思うが、よければ今から少し話せないか?セント・ユーラス(新入生最強)


「えぇ、もちろん構いませんよ。生徒会長(在学生最強)



まぁ誰かにとってはーー気を抜けない夜になるかもしれないが。




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