三十話
爆炎、フィールド内を暴れ回る炎が弱まる気配は無い。
轟々と音を立てて蠢く炎は獲物を探し回る蛇のようにも見える。
更にその炎の蛇を消し去るような勢いで重ねられる魔法は、フィールドを囲っている結界までも破壊しかねない程の威力。
これ程の威力の魔法を暴走気味とはいえ連続して発動できるユリサール・エンジは真に英雄の子供に相応しいと言えるだろう。一応コントロールも出来ている。
コントロールを放棄した状態で魔法を発動すれば、魔法は術者にまで跳ね返る。
ユリサール・エンジは自らと、カナリア・クルトールに魔法が及ばないよう最低限のコントロールを行っていた。
仮にここでユリサール・エンジがもう少し理性を失くし、カナリアの存在を忘れて魔法を発動していても恐らくカナリアは自らの魔法で身を守れるだろうが。
それはそれとしてーー十歳という若さに余る力を持った少女が激情のままに放った二属性からなる魔法群は、それなりに広いフィールド内から逃げ場を完全に消失させた。
この状況を切り抜けるには魔法を使うしかない。しかしどんな魔法を使えばこの災害のような魔法の暴威を防げるのか。
並の魔法使いでは防げない。一撃目を防げたとしても、波のように襲いくる魔法に押しつぶされるだけだろう。魔力量の多い英雄の子供だからこそ出来る力押し。
だがーーもしその力押しに対抗できるほどの魔力量を持ち、荒れ狂う魔法の暴威に打ち勝てる者がいるとすれば。
「覆せーー」
それもまた、英雄の血を引く者しかいないのである。
「Denial」
勿論ーー例外も存在するのだが。
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(Denialはちょっと寒かったな……)
言った後で恥ずかしくなるあるある現象を起こしていたセント・ユーラスである。
大迫力の魔法が自分の体をすり抜けていくのを観察しながら、セントは先程の魔法の事を考えていた。
(昔読んだ本に出ていたこのDenialって言葉がかっこよかったから言ってみたけどな……もっといいのもあったんじゃないか?)
知らん。
(にしても効果は完璧だな……俺の想像通りの魔法として発動されている。恐るべし精霊様ってか)
そう、首の動きがやや不自然な闇の精霊がセントの寿命を取引して(奪って)発動された魔法ーーセントはDenialと言ったか。
この世界にそんな魔法は存在しない、当たり前である。
だが闇の精霊が起こした幾分暴力的な奇跡は『思い通りの魔法を作る』という不可能さえも叶えてしまった。
(それでも一回使うと三年だぞ三年……というか闇の精霊はもういなくなったし自由に使える可能性は無いと見ていいな。というかもう使いたくない。何が悲しくて魔法を使うたびに寿命を縮めなきゃいかんのよ……)
魔力量が少ないことが悲しい。分かりきったことを事を思考しているあたり、まだ完全に冷静ではないのだろう。
当たり前と言えば当たり前だろう、なんせ今この瞬間もセントの体を大量の魔法がすり抜けている。現在進行形、すり抜けingである。
セント・ユーラスが思い浮かべた理想が魔法となっている、という事はこれはセントが願った想像通りなのであった。
つまりーーセントは自身の体の「透過」を願っていた。
どんな魔法がきても、自分は傷付かないイメージ。
透過こそが、セントのイメージした絶対防御の形だった。勿論、透過しているのは魔法だけではない。今セントの姿を捉えることができる人間はいない。
つまり、透明人間状態。この魔法が続く限り、セントを視認できないのである。
応用性の高い透過こそが、セントの思う「傷付かないイメージ」の体現だった。
(Denialは否定って意味だったか?意味はまぁまぁだけどなんかパッとしないな……)
いつまで言っているのか。
(だが透過をイメージしたのはファインプレーだ俺。姿を消し、魔法を無効化し、俺は一時的にこの世界から居なくなる。三年は痛いが……まぁそれはここからの脚本で取り戻すさ)
既にこの魔法が切れた後の展開も予定済みーー相変わらず先読みの能力は高い。
セントとしては、闇の精霊が現れた時点では、まだ力添えを予想出来ていなかった。雷の精霊があまりにアレだったために、精霊の印象があまり良くなかったのも理由の一つだ。
が、闇の精霊との取引で最悪の状況が打破できると解った時からーー脚本作りが再開されていた。
ユリサール・エンジの激情。
そしてこの後に分かるセント・ユーラスが回避不能な魔法群を防いだという事実。
大きな材料が増えているこの状況で最高の舞台のシナリオを作る事など、セントにとっては簡単な事だった。
(この魔法群を無効化できたのは相当にデカい。そしてこの後確実に訪れる展開、ユリサールの魔力切れを見逃す手はない)
いくら英雄の子供といえど、限界は当たり前に存在する。
これだけの威力の魔法を連発すれば、魔力切れになるのは当然。
(そしてあの乱れようだ、確実に波の戻りがくる。魔力切れと重なるのも最高のタイミングだな。ありがとう神様)
随分と都合のいい信仰もあったものである。こんなことでお礼を言われる神様も嬉しくないだろう。
それはそれとしてーー闇の精霊が与えた奇跡、勿論透過以外でも問題なく魔法は発動していた。例えば降りかかる魔法全てを跳ね返す魔法だったり、例えば相手と自分の位置を入れ替える魔法だったり。
透過などとなんとなく地味な響きの魔法より、もっと攻撃的で派手な魔法もあったのである。
その中でまったく迷うことなく透過を選ぶあたり、セントの傷付きたくない、痛い思いをしたくないという願いがどれだけ強いかがよく解る。
まぁそれでユリサール・エンジ、カナリア・クルトールは傷付く事はなく、セントが望む最善に繋がるのだから結果オーライなのか。
(にしても凄い光景だな……炎を内側から見るなんてそうそうないからな。近すぎて恐怖も感じない)
のんきなものである。こうしてセントが内側から炎を見ましょうツアーを楽しんでいる間にも、ユリサール・エンジの叫びは続いている。
炎と風の音に紛れて聞こえてくるのは、知りたくなかった事実を知った幼い少女の涙声だ。
(自分でももう解ってる……つーか俺が言った嘘を真実と思い込んでるだろ。英雄を認めていなかったのは、周りだけじゃなく自分だと。でも解ってても認められなくて魔法ぶっ放しちゃうんだもん。だって十歳の女の子だもん)
その喋り方はやめて欲しい。
自分の安全の確保ができたからか、随分と気が緩んでいる。今すぐ魔法が切れて燃え尽きればいい。
(ま、今のうちに泣いてくれた方が憔悴して話もしやすいだろ……っと、魔法が収まってきたな)
凄まじい熱量の奔流が徐々に小さくなってきている。炎の光と、風によって立ち上げられた炎壁で見えなくなっていた観客席も少しづつ見えるようになっている。
そろそろか、とセントは思う。
(炎が収まりきっていきなり現れるのはさすがに変か?タイミングが重要だからーー)
考えていたセントの視界に倒れ込んでいるユリサールと、それを支えるカナリアの姿が見えた。
ユリサールの顔は青白く、瞳からは涙を流している。
「カナリア……私…悔しくて……悲しくて…だって今までやってきたこと……全部無駄になっちゃうの……?私が…間違ってたのかな……」
(ナイス振り!!)
涙を流す十歳の少女の悲痛な言葉に思う言葉がこれである。
しかしーー最高のタイミングだったことは確かだった。
(さて、長かったけどこれで終われるな。最後に決めさせてもらおう)
「カナリア……わたしーー」
震える声で、弱弱しく話す少女にーー優しい雰囲気で声をかける。
魔法がーー消える。
「無駄なわけないだろ」
終幕は、すぐ近くに迫っている。




