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1匹目



 「えぇええん、うわぁああん」

騒々しい子供の泣き声。 熱くほてりきった頬と一瞬にして醒めた心。

 やってしまった。

 そんな言葉では到底すまされないことだが、冷め切っていない俺の心に浮かんだ思いはその一言だった。

目の前にぼんやりと広がる光景と心にじわじわと広がる罪悪感、後悔、驚愕。

抜けきらない頭のぼやけを抱えたまま、赤子に目をやる。

ゆりかごの中でひたすらに泣き声をあげる。

なんとも言えない感情が胸の奥で軋む。

キィ、キィと胃が痛む気がした。

冷め切らない熱のせいだったのだろうか。

今でも自分の行動の理由はわからない。

俺は赤子のもとへと向かうと血塗られた両手で赤子を高く抱き上げた。

赤子に不意に泣き止んで、すこし喜ぶ。

まだ何もわからない年でよかったと思った。


一人の青年の手が血塗られたその日、青年は一児の父となった。




***




 「おーい、耀よう!! 飯、くおーぜ」

 「あいよー」


 いつも通りの光景、変わらない日々、変わることのない環境、飽くこともなくやってくる同じ明日。

正直、生きることにさほど意味は感じていなかった。

何か突拍子もない出来事が起こって、正義のヒーローになったり、または悲しい悪役になったり、頭の中で尽きることのないありえない妄想を繰り広げる。

必ず自分が物事の中心で、それはそれはくだらない日常とはかけ離れた日々を過ごす。

そんな馬鹿なことをありえるわけがないと思いながらも夢見ていた。

友達3、4人で机くっつけて弁当を広げる。

お弁当の中身を平らげながら、たわいもない話題が繰り広げられる。

何か面白いこと、ねーかな

 ないことはわかっていたが、それでも夢見ずにはいられなかった。


午後の退屈な授業を受け終えた俺は友達に遊びに誘われたが断った。

なんとなく、今日は怠かった。


通学は自転車。約20分。割と近いほうだろう。俺の入っている学校では電車通学の人が多いため、自転車通学というだけで近い部類にはいる。


ペダルをゆっくりとこぐ。

太陽がさんさんと降り注ぎ茶色く染めた髪を照らす。

また変わらない日々が今日も待っている。


家に帰ったらひたすらネットだな。


ぼーっとしながら自転車を漕ぎつづけていると、目の前に年寄りが立っていた。

あわててブレーキをかける。

ヤバいヤバいヤバいっ!

スピードはあまりだしていないものの杖をついたその老人はひどくか弱く見えた。

あと一歩のところで自転車が静止する。


 「だ、大丈夫ですか?」


冷や汗とともに尋ねると、その老人は俯けていた顔を上げる。

深くかぶった西洋風の帽子の縁から、片目が俺をとらえる。

前髪のせいで、もう片方の目は隠れてしまい、それはどこかすこし異様な光景だった。

老人は杖を持ち替えて、突如笑い出す。


 「ふぉっふぉっふぉ。 血の気のある小僧じゃのぉ。 これは面白いことになったわい」


老人の意味のわからない独り言に茫然としている間に、彼はいつのまにか立ち去ってしまった。


そして、老人が立ち去ったその場所にひらりと落ちた一枚の紙切れ。

何気なく拾ったこの瞬間から、俺の人生の歯車が軋みながら動き始めた。


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