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炮封の黄金獅子(レグルス)  作者: 小津 カヲル
第二章 女神ファラの豊穣祭
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白月の攻防戦 3

 目の前で魔法障壁が崩れ、大穴が開くのを目の当たりにして、近衛副隊長ランカス・ボルドはその手に持つ武器に力を込めた。

 予想は悪い方に傾き、現実となった。だが守らねばならぬ、その想いはなお変わらず、西の森に集う剣士たちの胸を占める。


「気を引き締めろ」

 

 開ききった魔法障壁の裂け目から、武装した者たちがなだれ込んでくるのを、ボルドは斧を手にして構える。

 その大きな刃は曲線を描き、持ち手を覆う様はまるで、翼を広げた蝙蝠。故に相当な重量をもつそれを、ボルドは迫り来る集団に向かって、渾身の力を込めて投げた。

 斧は回転し、刃が風を裂き、敵を真一文字になぎ倒す。斧は勢いを落とし、大樹の幹に突き刺さった。その鈍い音と共に、ボルドたちは雄叫びを上げながら、最前列を乗り越え攻め入る者たちを、一斉に迎え撃つ。

 上がる血飛沫と怒号、鋼のぶつかり合う音が森に響いた。

 次々と剣を交え、屍を作るボルドだったが、早くも焦りを感じ始める。人数こそ少ないものの、思っていたよりも手練れが多い。今しがた、剣を交えて地に沈めた男も、二十手以上を要したのだ。加えて動きも組織立っていて、無駄がない。一人が倒れたら、休む間もなく次が攻めてくる。無駄な隙間を与えれば、二人がかりに持ちこまれている者もいる。

 状況は芳しくない。早急に亀裂を塞ぎ、流入を止めた方が良さそうだと感じられた。だが、魔力の素養がまるでないボルドからは、レイチェルとの連絡方法がない。耐えきるしかないだろう。

 だがその時、激しく土煙昇る空に、かん高い指笛が鳴り響いた。

 五秒ほど続いた音が切れると、ボルドの周りを固めていた近衛兵たちが前へ出た。


 ──九。


「行って下さい、副隊長!」

「頼む」


 ──八。


 ボルドは投げ捨てた戦斧の元へと、駆け出す。

 邪魔をするように立ちはだかる敵を切り捨て、カウントダウンを始めながら。


 ──七。──六。


 横たわる血まみれの人間を乗り越え、大樹の幹に深々と食い込む斧に手をかけた。


 ──五。


 赤く染まった持ち手に、渾身の力を込めて引き抜こうとしたところで、背後に殺気を受ける。ボルドは振り返り様に、剣を手甲で受け、相手の懐に飛び込み、突き上げるようにして剣の柄で顎を割る。


 ──三。


「伏せろ!」

 再び空気を裂いて、唸りとともに斧が飛ぶ。


 ──二。


 回転する刃を避けられたのは、事前に申し合わせた近衛兵のみだった。弧を描くように回転しながら、ボルドの投げ放った斧は、障壁の手前をなぞるように飛ぶ。


 ──一。


 障壁の穴の前に立ちはだかる者たちを凪ぎ払うように、ボルドの放った斧が命中していく。

 重い斧に弾き飛ばされた数人の男たちが、障壁に触れた。すると、雷のような激しさで轟音とともに光が襲う。帯電したかのように触手を伸ばす障壁に、人が呑まれてゆく。断末魔が轟音に重なり、だが一瞬でそれも消えた。

 ボルドたち近衛兵もまた、凄まじい障壁の威力に危険を感じ、後退する。這うように伸びる魔法の力が、前衛の数人の足元まで迫ったその瞬間。

 空気を割いて届く、一閃の矢。

 引き寄せられるように絡み付く障壁の魔力を分解しながら、真っ直ぐと力強く、大きく口を開けた障壁の穴の中央へ、吸い込まれるように落ちた。

 土煙を上げ、一本の矢が鋭い音を立てて突き刺さるのは、間違いなくあの魔女の作り出した石盤。その証拠に、障壁の輝きが激しく揺れる。

 ボルドはすかさず仲間に退避を叫んだ。

 残された者たちの目の前で、障壁の穴を潜り抜けようとしていた数人を巻き込みながら、徐々に穴が塞がり始めた。虹色の大きな揺らぎは、そして何事もなかったかのように、壁として再びその機能を、速やかに取り戻していく。

 容赦なく切断され、かつて人であったものが、その地に残されて転がったまま……。

 ボルドはその光景に心を囚われそうになりながらも、未だ侵入者を許すもう一方の穴を思い、凄惨な視界を振り切る。


「気を抜くな! ここを一人残らず殲滅して、レグルスに合流するぞ!」

「おお!」


 屈強な近衛兵たちもボルドに続き、森に残された残党へと向かう。その数、約二十。

 既に倒れている人数とも合わせて、当初の想定よりもまだ少ない。こちら側を先にレイチェルに対処させたことを想定するならば、残りはレグルスのいる方へと向かったはずだと、ボルドは推測する。

 ──無茶をしなければ良いが。

 ボルドの剣を握る手に、力が入った。


「うぐぁ……」

「おい、しっかりしろ!」


 障壁さえ閉じてしまえば、何とかなると思っていた。だが、ボルドの考えを嘲笑うかのように、数で勝る敵に少しずつ押されつつあった。既に二人が傷を負っている。

 ほんの少し余裕を無くした近衛兵の隙を付かれても、ボルドは動ける状態になかった。ボロボロになった体を大樹に押しつけられ、剣をふりかざされた部下を目の前に、ボルドが息を飲んだその時。

 低い咆哮と共に、黒い影が走った。

 近衛兵が肩で息を切らしているその前で、倒れたのは敵。皮と鋼を組み合わせた帷子をものともせず食らいつく、黒い巨大な狼。


「お前、は……」


 金色に輝く瞳が、ボルドを見た。そして遠吠えをすると、それに呼応して、森の中から幾つもの狼の声が木霊した。


「何だ、これは」

「まさか、狼の群?!」


 ざわつく無法者たち。

 黒い狼を知る近衛兵たちが、その隙に体制を整える。森とその守りが味方についたのだ。ボルドは黒い狼の横に並ぶ。


「助太刀すまん」


 目配せをすれば、ヴラドはニヤリと口元を上げたようにも見えた。


「主、そっくりだな」


 ヴラドはひときわ強い声で一哭きすると、ボルドのそばから跳躍し、向かってくる者に襲いかかった。なるほど気に食わぬかと、笑みを洩らしながら、ボルドもまた剣を構えて走り出したのだった。



◇ ◇ ◇ ◇



 その頃、変わらず大きな口を開け、堰を切ったかのようになだれ込む無法者を迎え撃つ、レグルスのティラータ。彼女の見事な黄金は、血を浴びてその色をくすませていた。


「やったのか、オズマ?」

『は、はい! あちらの石盤は機能を失いました、ま、間違いありません』

「分かった、合図をするからレイチェルに準備を。それから、ヒューには警戒を怠るなと伝えてくれ」

『わ、分かりました』


 ピアスで連絡を取りながら、ティラータは目の前の大男を、凪ぎ払う。

 大きな揺らぎを伝えた障壁が、虹色を一層煌めかせた。それが何を意味するのか、悟らぬ者はいない。あからさまに不満そうな顔を見せたジンが、周りの男たちを更にけしかける。


「まだまだ後ろに控えてるんだ、とっとと頭数減らしやがれ」


 同時に、イーリアス近衛兵たちの士気は高まる。もう一ヶ所の穴が消失したのならば、近衛副隊長のボルドが合流する手筈だ。戦況はイーリアスへと一気に傾くはずだと。


「ジン」


 人の波を縫って、ようやくティラータの剣がジンのそれに届いた。

 ギリギリと鋼が鳴り、対峙する瞳が交差する。


「似合ってるじゃないか、その姿」


 細い眼を更に細めて、ジンは笑う。


「血に濡れて、幾つ命を刈ったんだ?」

「いくらでも。何度だろうが、お前たちのような輩から、守ってみせる」


 振り切った剣先を返した、ティラータの剣がジンを狙う。だが寸での所でかわしたジンもまた、剛直な剣を振り下ろす。

 再び交えたティラータの背後を、別の男が襲いかかった。


「野暮だろ」


 しなる鞭を使い、ティラータの背後をカバーするのは、シリウスだった。鞭で足元を掬われた男を、躊躇なく沈め、二人に余裕の視線を送っている。


「……誰だお前」


 ジンの言葉に答えることなく、シリウスは違う者を相手に剣を振り下ろす。

 シリウスに気をとられるジンへ、ティラータの

拳が入る。だが完全に入りきる前に、ジンが受け流し、再び剣での打ち合いになる。


「あれがシリウスだ。お前にその傷を与えた狼の主」

「……あれが!」


 片腕で剣を持ち、ジンは笑いながら頬の傷を撫でた。


「お前の相手は私だ」


 ティラータがジンの視界を妨げる。

 そしてジンの剣を弾き、そのまま勢いをつけて鳩尾へ蹴りを入れる。なぎ倒しながら、ティラータは剣を胸ぐらを掴み地に押しつけ、頸動脈へ切っ先を突きつけた。


「魔術師から奪ったものを、渡してもらおうか」


 喧騒の中、ティラータが咆哮()えた。

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