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炮封の黄金獅子(レグルス)  作者: 小津 カヲル
第二章 女神ファラの豊穣祭
48/63

結集 1

残酷描写があります、ご注意ください。

 割れたガラスが指に刺さる。だが膨れ上がる赤い血も破片も共に、手の内に握り込んだまま、ティラータは魔術師を見上げる。


「なんだい、その目は」

「どうして“最初のアーリア”を手放した?」


 愉しそうに捕らえた獲物をいたぶる女の表情が、一瞬で失せる。


「手放したんじゃない。殺されたんだ、あいつに」

「あいつ?」

「あのクソ野郎、この国と共にあいつも滅んでしまえばいいっ」


 少しずつ明らかになる女の過去に、これまでの彼女の不可解な行動の本当の意図が、見えてくる。


「ヨーゼル。ヨーゼル魔術師団長官……あの忌々しい男が十三年前に、あたしから娘を奪った」


 ──やはり。

 点と点が繋がり、線となるかのように、ティラータは全てを理解した。

 アーリアはヨーゼルに助けられ、名前を変えて彼に育てられた。アレルヤ・オズマとなって。

 目の前の女がそれらを知らないことは、ティラータの目から見ても明らかだった。ならばわざわざ知らせてやることもない。

 どんな理由があろうとも、この女一人の復讐のために民の命を失うわけにはいかないのだ。そしてこの女を放っておけば、再び哀れな子供が産まれる。それは生きのびたオズマ──最初のアーリア──にとってもよろしくないことだ。


「ヨーゼル師に復讐のわりに、ずいぶん回りくどいことをしてくれる。魔法障壁に手を出すとは」


 ティラータは会話を続けながら、握りしめた手を縄の食い込む足首に添える。魔術師の警戒が薄れているのか、蔦の動きは緩慢だ。添えた手の内で、破片を縄にこすりつけるようにして縄を切る。


「天があたしに味方したのさ、再びこの国に入り込んであの穴ぐらで実験をくり返していたら、あの男と出会った。そしたら面白いじゃないか。あいつらはあたしと同じことたくらんでたんだから。だからちょっと脅される振りをしてやったんだよ。それなのに……」


 ティラータを女は睨みつける。


「あんたさえ邪魔しなけりゃ、可愛いアーリアを失うこともなかったし、アーリアの欠片をアイツに持ってかれることもなかったんだ!」


 強い口調でそう言うと、ふいに女は口元をほころばせる。

 そしてティラータの胸元を覗きこむ。


「でももっと面白い実験ができそう。あんたを失えばこの国も足元から崩れるっていうじゃないか? まさに一石二鳥じゃない」

「私一人いなくなるくらいでグラつくほど、まだこの国は揺らいでいない。それに……」


 ティラータは拘束をなさない蔦を振り切り、足にあった筈の縄を放す。同時に縛られたままの両手を、すぐ目の前の魔術師の胸元へ伸ばした。


「まだ私は死ぬつもりもない」


 掴んだ胸ぐらを引き寄せ、思い切り床へ叩きつける。

 足が自由にさえなれば、両手首が縛られていようが関係ない。ティラータは鈍い音とともに倒れた女を再び掴み上げ、反撃の隙を与えぬまま岩壁に叩きつけた。そして両拳で後頭部に一撃を与える。


「がっ……」


 衝撃でうつ伏せに落ちた女の背を、ティラータは自由になった足で押さえつける。

 そしてその腕を取り、次々と容赦なく外した(・・・)

 鈍い音とともに、女の絶叫が響く。

 ティラータは痛みに打ち震える女を転がしたまま、馬乗りになって押さえつけ、暴れる女の口を後ろから塞ぐ。ティラータに出来る魔術封じはそれくらいだ。

 そしてティラータは指の先に赤く染まったガラス片を挟み、魔術師の恐怖に剥いた両目に突きつける。


「ひいぃっ」


 ティラータの冷えた視線と目の前にかざされた凶器とを、必死に見比べる女。


「聞きたいことができた。言え」


 女の薄い青の虹彩に、鋭利な刃が近づく。


「さっきから繰り返すその、“アーリアの欠片”とは何だ? そもそも、あの少女は何から造った?」


 人が人を造る。それはティラータ自身、口にしても信じられない事象ではあるが。


「……ぞ、臓物。アーリアを殺される前に、取り出した肝からっ、ぐっ」


 ティラータの踏みつける足に力がこもる。

 オズマは生きていた。ならばこの女は、生きている娘から肝を取り出したということになる。

 ティラータは湧き上がる怒りを抑えつけるのに、ずいぶんと力を必要とした

 ──まだだ。まだ聞かねばならないことがある。

 衝動を抑えたゆえに、低くなる声を絞り出す。


「その肝はまだ残っているのか」

「い、痛い、痛い!」


 苦痛に顔を歪ませる女魔術師。


「答えろ!」

「……っ、あの男に、ジンに持ってかれたのが全部だよ! だから言うこときいてるんじゃないか」

「ジン。そうか」


 女の返答に嘘がないと判断したティラータは、ガラス片を退いて落とす。

 あからさまにホッとした様子の女。しかし次の瞬間、ティラータの両腕が再び首に回された。


「え……?」


 女が状況に気づき慌てるのと、ほぼ同時だった。


「剣聖レグルスの名において、お前に死を」


 ティラータは女の背後から、一気に腕に力を込めた。

 硬い骨がぶつかるような鈍い音とともに、声にならない悲鳴。

 ありえない方向に曲げられた首をゆっくり解放し、ティラータはぐったりと動かなくなった女から降りた。

 屍と化した女の隣で、ティラータは破片を拾い、手首の縄を切る。そして欠片となったオズマの魔具を手のひらにのせ、ティラータは呟く。


「オズマ殿に見せたくなくて咄嗟に割ったが、最後まで役に立ってくれる……」


 ティラータは乱れた衣服を整え、階段を登る。


「さて、朝までに何とかできればいいが」


 ティラータは地下の暗い穴を後にした。



「面白い実験とやらはコレか?」


 ティラータは自らの胸に刻まれた紋章を模した、呪の殴り書きを手にしていた。しかし魔術に詳しくないティラータには、それが何の効果を表すものかすら不明だった。紋章とともにいくつか書き込まれたメモを読んでみるが、その意味するところはさっぱりだ。

 いくつかのティラータに関連しそうなものは、取りおいてまとめる。散乱した紙を拾い集め、ティラータは次々により分けていった。

 幸いにもジンが留守の間は、ティラータとともに危険な女魔術師も閉じ込めておくつもりだったようだ。部屋は外から施錠され、人が近づく気配すらない。

 ジンが言っていた通り、ティラータをジンに引き渡す約定を交わしたというのが真実ならば、たとえ魔術師と中で潰し合ったとしても、ユモレスク伯たちには何の興味もないということだ。


 ティラータは続いて魔術師の私物がないか捜す。女の持ち物から、オズマへと繋がるものは全てこの場で処分しておきたかった。それと禁忌の手がかりもだ。

 女の使っていた机の引き出しをさぐると、古ぼけた手帳が数冊見つかる。

 ティラータはその一冊を手に取り、ページをめくる。


「…………これは」


 古い日記だった。

 小さな字でびっしりと書かれた文字の中に、いくつも『アーリア』という言葉がちりばめられていた。

 もし、この日記が書かれた頃に、女が道を踏み外すことがなければ、ティラータが彼女を殺すことにはならなかったろう。

 ティラータは日記とそれから、いくつかの私物を取り分けた。

 そして再び、魔術師の危険な研究の成果を次々破り捨てる。

 全てが終わる頃には、大量の紙が石畳の上に積みあがった。

 それを脇目に、ティラータは腰を下ろす。夜明けまではまだ間がありそうだと考え、仮眠をとることにしたのだ。

 夜が明ければ、闘いが始まる。

 目蓋をゆっくり閉じながら、ふと割れたピアスの向こうに思いを馳せる。オズマの後ろで、いつもの少し怒った顔をしながら、心配事を口にするボルド。

 全てが終わったら、相当お小言を喰らうなと思うのに、ティラータの口角が上がる。

 こうしていても城のことは何も心配しなくてすむのは、盟友のボルドがいてくれるからだ。ティラータは彼に全幅の信頼を置いている。アシャナ姫の警護も、デュークと連絡を取り合ってぬかりはないに違いない。その代わり目まぐるしく忙しくなったであろうボルドに、帰ったら埋め合わせでもせねばならないだろう。

 ティラータはそう考えながら、眠りに落ちた。



 ティラータが魔術師の部屋で、大量の走り書きを処分していたその頃。

 イーリアス城のアシャナ姫の居室では、翌日の最終確認が行われようとしていた。

 少々くつろいだ服装のアシャナは、侍女に用意させておいた茶に口をつける。

 大祭は明日とはいえ、祭りのための準備から賓客の対応、前夜祭としての催しにと朝から忙しくしていたアシャナにとって久しぶりの一服だ。

 ひと息つく間もなく、アシャナの後ろには珍しくカナン近衛隊長が立ち、訪れた使いを部屋に招き入れる。

 アシャナは、申し訳なさそうに項垂れるベルナールに、視線を落とす。


「なるほど、それで十分ほど遅れると?」


 アシャナの後方から放たれた言葉に、ベルナールは更に頭を低くする。大汗をかきながら、いたるところに擦り傷や汚れをつけた姿をしており、まさに満身創痍だ。

 その様子を、王女の居室であるのにもかかわらず、ソファでくつろぐ薬師が笑って見ていた。


「若いわよねぇ、ランカスちゃんてば」


 そう言って、のんびり足を組みかえる。

 伝令を仰せつかったベルナールは、当初オズマ次官の元にいる、副隊長を呼びに行かされただけだった。

 それが『ちょっと付き合え』そう言われて、素直にボルドについて行った先で、ベルナールは大いに後悔することとなった。

 連れて行かれたのは剣術場。

 いきなり真剣での練習につき合わされ、問答無用で吹っ飛ばされたのだから、ベルナールにとって災難というほかなかった。それは彼だけではなく、剣術場にたまたま訓練で居合わせた兵士たちも、同様であった。

 たとえどんなに不機嫌であろうと、部下への態度に変化を見せたことのなかったボルドの荒れっぷりに、ベルナールたちは慌てた。そしてその憂さ晴らしにも取れる、稽古をたっぷりつけられた兵士たちは、今でも屍のごとく剣術場に転がったままだ。


「いいわね殿方は。そうやって自己完結してしまうのだから」


 アシャナは苦笑いでそう言い、再びカップに手を伸ばす。

 ティラータに公私ともに近しい者として、彼女の無事を最も案じていたのはボルドであろう。それなのに彼女の代わりを務められるのもまた、ボルド一人なのだ。助けに行きたくても、それもままならない立場だ。

 しかも、ティラータの無事を確認し安堵したとたん、再び声が途絶えた。

 アシャナに限らずとも、ボルドの不満は察するに余りあるようで。アシャナが振り返ると、同意するかのようにカナンは小さく頷いた。

 ジャージャービーンと側に立つレイチェルの二人もまた、肩をすくめて見せた。

 そしてアシャナは、部屋の隅に離れて立つ二人の剣聖たちを見る。


「一番苦労してるのはボルドだものね、いいわ、彼を待たずに始めましょう」


 近衛隊長のカナン、兵たちの伝令役となるベルナール、国王とアシャナの橋渡しをする薬師のジャージャービーン、今回の作戦に要となる弓士のレイチェル、そしてレイチェルを通じて聞いているはずのオズマ魔術師次官。

 そして協力者である二人の剣聖、銀星(シリウス)のリューラと金星(カペラ)のデューク。

 今、ここには居ないけれど、アシャナにとってかけがえのない二人。緑星(レグルス)のティラータと近衛副隊長のボルド。

 これだけの助けがあるのだ。アシャナは唇を引き締める。


「明日が正念場です。あなた方のおかげでかなりの証拠を集めることができました。これを機に、危険な分子を、不相応な高みから引きずり下ろします。ですがまずは、この国の民を守ることが先決です。守るものを失っては元も子もありません」


 アシャナの決意の目。そこに映る者たちの目にも、同じ光が宿る。


「魔法障壁を守り、侵入者を捕らえてください」


 全ては明日、決着をつける。

 アシャナの決意に、剣士たちが力強く頷き返した。

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