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炮封の黄金獅子(レグルス)  作者: 小津 カヲル
第二章 女神ファラの豊穣祭
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秘密 6

 近衛隊長のランカス・ボルドは、城壁から地下へ向かう階段を駆け下りていた。

 早朝からティラータ救出の段取りを決め、明日の大祭中に森へ向かわせる近衛兵の最終確認を済ませ、取るものとりあえずオズマの元へと向かったのは、日が真上に来る頃だった。あせる気持ちを抑え最奥の独房まで辿りつくと、ボルドを迎えたのは近衛の使い走りベルナールではない。オズマの部下である、魔術師団の男だった。

 男はオズマと同じフード付きローブを纏っていたが、オズマのそれよりも不気味さは微塵も感じさせない。小綺麗に整えられた髪や衣服でこうも印象が変わるものかと、ボルドは感心する。男の手には分厚い本がいくつも重なり、ちょうどオズマに渡されたところであったようだ。


「……で、では、次はこれをお願いします」


 オズマは牢の中からメモを男に手渡す。


「分かりました、では後ほど」


 男は何冊もの本とメモを抱え、ボルドに軽く会釈をして、そそくさと歩き去った。

 オズマは魔術師団次官と、その地位こそ高いが、城の魔術師たちとは一線を引いているように見える。他の魔術師たちとははるかに桁外れの高い能力を持つオズマ。彼女は常にどこに行っても浮いている。オズマがときおり軽々とやってのける転移術も、遠くにいるはずのティラータと会話をしてみせる通話術も、魔力の源を正確に探り当てる探索術も、どれをとっても他の魔術師たちに出来るものではない。せいぜいが二、三人がかりでようやく、術者一人を転移させられるかどうか。他の二つなどは、オズマのみが成しえる技なのだ。一般の魔術師たちはせいぜいが生活に役立つ程度。城の魔術師団ですら、個人になれば大差はない。灯りを灯す魔道灯の管理やそれらの動力としての魔石の生産流通の監視、魔法障壁の研究など、あくまでも学問としての魔術。

 だからこそ、オズマの地位は高く、そして孤立していた。

 こうして独房に入らずとも、もとより過ぎた力として管理されるべき『力』。それはオズマだけのことであろうか。ボルドはティラータのことを考えずにはおれない。


「あ、い、いらしてたんですか、副隊長殿」


 独房の前に立つボルドに、ようやく気が付いたオズマ。


「今、話せますか」

「だ、大丈夫です。あの、必要な魔術書を捜してくるよう頼んだだけですから、ちょ、ちょっと待っててくださいね」


 オズマは慌てて独房内に散乱する本やら、びっしりと呪文を書きなぐった紙を集めて回る。

 いつの間にこんなに本を持ち込んだのやらと、ボルドは感心しつつ作業を見守る。

 オズマは少しだけ現れた床に、チョークで小さな印を描きはじめた。


「ティラータ殿を助け出す手段は、見つかりましたか?」


 灰色の汚れたローブの、小さな後姿が呟く。


「今朝リューラ王子の元へ、アレス公から招待状が届いたそうです。明日の朝、館の内から王子が、そして例の地下道から私が向かいます」


 オズマが嫌な名を聞いたとばかりに、しかめ面で振り向く。


「……ま、間に合いますか? もし失敗したら……」


 ティラータ一人の不在のみならず、近衛副隊長であるボルド、そしてもう一人の剣聖シリウスまでもが足止めされたなら──。精鋭とはいえ、たった十五騎の近衛隊で迎え撃つしかない。最悪、二百の武装したならず者たちが祭りに浮かれるイーリアス城下へ、攻め入ってくるということだ。


「失敗はさせません。どのみち救出作戦が失敗し、なおかつ奴等の計画が成功すれば、レグルスは無事にはすまないでしょう。カペラのデューク殿から得た情報を鑑みても、ジン・マクガイアは例の組織ギルディザードと繋がっていると考えるべきです。混乱に乗じて彼女を()に連れていかれる可能性もあります」


 オズマが驚き、こぼれんばかりに目を見開く。


「だ、駄目です! そんなことをしたらティラータ殿はっ……」

「……? なんですか」

「あ、いえ……」


 言葉を濁すオズマを不審に思いながらも、ボルドは話をすすめる。


「だから、どちらにしても失敗はできません、オズマ殿お願いします」


 ボルドはオズマを促す。するとオズマの描いた印が彼女自身と共に、ほのかに光り魔術が始動する。そして小声で語りかける。


「ティラータ殿、聞こえますか?」


 ボルドはそのささやきに返答があったのか聞き取ることはできない。だが、オズマが微かに頷くのを見て、無事通話が回復したことを悟り、ほっと表情を緩めていた。


『ティラータ殿、聞こえますか?』


 岩から滴る水音と、時折り響く階上の足音だけが支配していたティラータの鼓膜に、久しぶりにオズマのささやきが届く。


「……オズマ殿か。聞こえている、どうした?」


 ティラータもまた水音よりも小さな声で、それに答えていた。

 オズマはまず、手短に城の状況を伝えてきた。アシャナの無事、それからシンシア王太子が次の剣聖となるグレカザルを連れて登城し、つつがなく宴を済ませたこと。そしてレイチェルの調整具合と、明朝のティラータ救出の段取りまで。

 そこまで聞いてティラータは苦笑する。


「そこにボルドがいるのか、オズマ殿?」

『あ、はい。いらっしゃいます』


 ティラータはやっぱり、と呟いてから旧知の仲であるこの男の言いそうな言葉をいくつも思い浮かべる。そしてやはり、自分の言うべき言葉はどう考えても一つしかない。


「心配かけて、すまないと伝えてくれ」


 くすり、と笑うオズマの気配に気づかぬふりをし、ティラータは岩の穴ぐらを見渡す。そしてどうやら自分を殺すつもりのない相手の意図に、思いを巡らせる。

 脱出の機会があるとしたら、やはりシンシアの王太子とやらがアレス公を訪れる時が、唯一そのチャンスであると考えられる。


『ティラータ殿、身体は大丈夫ですか? 明日の朝までそこから動けませんが……』


 ボルドに問えと言われたのだろう。

 昨夜かろうじて与えられた水と僅かなパン。そしていつの間にか後ろ手でなく、前で縛り直された両手首の拘束。足は相変わらず縛られたままなので、これでどうにかなるものではなかったが。


「殺すつもりはないようだが、ここを移動されたら都合が悪い。大人しくしているよ」

『ティラータ殿お願いです、あの魔術師には気をつけてください。ジンという男がティラータ殿を殺すつもりがなくとも、あ、あの女がどう出るかは分かりません』

「分かっている…………まて、誰か降りてくる」


 危険を察知したティラータが天井を睨み、オズマは黙りこむ。

 砂埃をパラパラと落としながら、入口の扉が開けられ、ティラータの足元に光が零れる。


「よお、生きてるな」


 階段がまどろっこしいのか、飛び降りるジン。その後から急勾配の階段を使って、女魔術師が続くのを、ティラータは岩壁に身をもたれながら眺めていた。

 その頃城壁の地下牢でオズマは、突然のことにしどろもどろとなりながらも、ボルドへ状況を説明する。


「出来れば状況を逐一聞かせてください、決して我々の事は悟られないように」


 ボルドにも緊張が走る。

 オズマは頷くと、聞こえる音全てとティラータ周囲の状況に神経を尖らせた。


 ティラータの前に立つ男ジン・マクガイアは、昨日と違い厚手で長めの上着に、乗馬用のブーツと手袋といった旅装で現れた。


「お前の処遇が決まった」


 ティラータは黙ったままジンを睨みつけるが、蔑みの目がそれに答える。


「お前は売り払われるんだよ、この俺にな」

「断る。それは私に何の益がある、お前にも後ろの者にも私は興味はない」

「こっちにはある。お前の称号にな、イーリアス(ここ)でどうかは知らねえが、()じゃ、いくらでも使い道はあるからな」


 その言葉に、ティラータが薄く笑う。


「無理だ。私など連れ出しても徒労に終わる」

「……どういう意味だ?」

「そろそろ、時間じゃないのかい?」


 女魔術師が割って入ったが、意外にもジンはその言葉に素直に引く。


「事が終わったらお前は用無しだ、レグルス。明日の夜には、この国とは永遠の別れになる。せいぜい泣いて待ってろ」


 愉しそうに言うと、ジンは魔術師に後を託していった。

 恐らくこれから障壁のあちら側へ向かうのだろう。ギルディザードがどんな組織なのかは分からないが、ジンがかなり重要な位置にいるのではと、ティラータは推察する。

 ジンの気配が完全に消えると同時に、目の前の女魔術師がティラータを覗き込む。何をしでかすのか予測がつかない女を前に、さすがのティラータも身構えざるを得ない。


「……あんた、死ぬってわかってるんだね」


 子供のような無邪気な声だった。


「ねえ、面白いもの身体につけてるんだねぇ。いったい誰がそんなひどいことしたのさ? さすがにあたしだってやらないよ、そんなえぐいこと」


 相変わらず目深に被るフードのせいで目元は隠れているが、口元は大きく弧を描く。


『そいつの言うことに耳を貸しては駄目です』

「何か、言ったかい?」


 オズマのほんの微かな声に、ピクリと反応した女。ティラータは焦る気持ちを堪える。


「お前は、何を知っていると聞いた」


 ティラータが問うと、女はふわりとすぐ側にしゃがみ込み、ぬっと顔を近づけて来た。そして薄い青の瞳を大きく晒し、ティラータを上から下まで観察する。

 ティラータは魔術師の不気味な仕草に身を退こうとするが、既に壁に背をつけていたせいで逃げられない。

 つつと女の青白く骨ばった指が、ティラータのはだけた胸元に伸び、引き下ろす。

 女はティラータを見上げて、にやりと笑む。


「あたしが手を下さなくとも、あんたは死ぬよ。障壁を越えた瞬間、風船のようにはじけて千切れるんだ、愉快だねぇ」

「嬉しそうだな……私を恨んでいたのか」

「当たり前じゃないか!」


 女は憤怒の形相で叫ぶ。


「あたしの可愛い娘を、アーリアを殺したのはあんただ! 憎らしくないわけがないじゃない」

「それで、ジンに黙っていたのか。私を連れ出しても無駄なことを」

「そうさ、あんたが死ねばあいつもいい気味さぁ」


 髪を振り乱して激高する女に、ティラータはかねてからの違和感を思い出す。


「なぜ、今になってもお前はジンの言いなりになっている? 娘はそもそも、お前の本当の娘なのか」

「……そうさ、あたしの芸術品。可愛い娘。もう一度生き返らせてあげなきゃ、そのためにもアイツからアーリアの欠片を取り戻すんだよ」


 ぶつぶつと繰り返す女の様子に、ティラータは顔をしかめる。


「アーリアなら殺していない。私が殺したのはその代わり。違うか?」


 女は顔を上げる。


「あの可哀想な少女は何だ? 攫ってきたのか、それとももっと恐ろしい方法で造ったのか?」

「ふっ……ふふ」


 女が笑い出す。


「ああ、アーリア。あの子はあたしの最高傑作さ。そう、このまえのはアーリアの模造品だよ、よくできてただろう」


 ティラータは胃の底に、とてつもなく汚れた水を満たしたかのような、不快感と吐き気を感じる。


「下衆が」


 吐き捨てるように言った次の瞬間、ティラータの腕には蔦が這い締め上げられる。


「くっ」

「言葉に気をつけたほうがいいねぇ、あいつ(ジン)がいなけりゃ殺さない程度に痛めつけることなんか、簡単なんだよ」

「最初のアーリアはどこで見つけた、拾ってきたのか?」


 ティラータの問いを、あっさり女は否定した。


「あたしの子だよ。だから飛びぬけた魔力を持って産まれてきた。間違いなくあたしの子だから、あたしの好きにしていいの」

「もういい!」


 ティラータはもうこれ以上オズマに、女の言葉を聞かせたくなかった。

だから終いにすることにした。

 ティラータは、左の耳に揺れるピアスに触れる。

 乾いた音と共に、ガラスが砕けた。

 ──私が終わらせる。だから泣くな。

 オズマの元に最後に届いたそれは、聞き取れるかどうかの小さな呟きだった。

 

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