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炮封の黄金獅子(レグルス)  作者: 小津 カヲル
第二章 女神ファラの豊穣祭
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秘密 2

 近衛副隊長ランカス・ボルドは、連絡のつかなくなったティラータの身を案じつつも、予定通り己の務めをこなしていた。焦る気持ちは当然だったが、彼女の意識が戻るのを待つしかない。何よりオズマ魔術師次官の魔具が生きていることが、唯一の救いだ。差し迫った危機が訪れてはいないようだが、それも今後どうなるかは分からない。だが何か変化があれば、直ぐにでも連絡が入る手はずとなっている。現状の打開策はもちろん考えておかねばならないが、今は大祭を前にして、ボルドも含め皆に余裕がないのが現実だった。

 現にボルドは今、隣国の王太子とその彼が連れてくる、次代の剣匠(アルクトゥルス)レディオス・グレカザルなる人物を、迎え入れるための準備が大詰めであった。


「副隊長、先触れがあったそうです」


 隊員の報告に、ボルドは気を引き締める。


「分かった。私は姫に報告へ、お前たちは予定通り城門へ向かってくれ」


 ボルドの号令を受け、大柄な近衛兵たちが、詰め所から蜘蛛の子を散らすかのように出て行くのだった。

 城門が大きく開かれイーリアス城は今、大国シンシアの王太子とその一行を迎え入れようとしていた。

整列した近衛兵たちの手には、友好の証として両国の国旗が掲げられる。

 遥か遠くに望む街道には、ひと目でも隣国の麗しい貴人を見ようと、大勢の人々が押し寄せている。

 その人々の注目を一身に集めるのは、リューラ・ド・シンシア。賢王と名高いシンシア現王と、イーリアス国王の姉を母に持つ、世継ぎの君。

 銀の長髪は後ろで一つにまとめられ、馬上で陽を浴びて輝く。繊細に整った顔立ちは優しげにも見えるが、青灰色の二つの瞳は強い覇気を帯び、ただ美しいだけの容姿では決してない。細身ではあるが恵まれた体格とも相まって、王者の風格を漂わせる。彼を一度でも目にしたなら、大国の未来に一抹の不安も抱かせはしないだろう。

 リューラ王子の一行は、黄色い歓声に見送られ、城門をくぐる。

 今回はシンシア王の名代とはいえ、小ぢんまりとした一団だった。ファラの豊穣祭への招待を受けて、祝いの品を載せた荷馬車などが三台と、二十騎ほどの兵を従えている。

 先頭の王子が、待ちかまえるボルドの手前で馬を降りた。

 それを受けて近衛兵たちが揃って敬礼する。


「久しいな、息災かボルド近衛副隊長?」


 ボルドは近衛兵の中でも長身の部類なのだが、その彼をほんの少し見上げさせるリューラ王子。立ち姿は優雅で隙のないその身のこなしに、リューラ王子が相当の武術のたしなみを持っているのではないかと、ボルドは見ている。


「ようこそおいで下さいました、リューラ・ド・シンシア王太子殿下。お心遣いありがとうございます。私どもには、おかげ様で変わりはありません」


 ボルドは敬礼しつつ、簡単に口上を述べる。そしてふと、王子の腰に見慣れぬものを見とめる。

 かなりの長剣。しかも、柄に翼の装飾のある珍しい意匠を施したものだ。リューラ王子が剣を帯びているところなど見たことがなかったボルドは、違和感を覚える。

 一方シンシア王太子リューラは、ボルドの視線には気づかない様子で、己の側に立つ者を紹介する。


「彼は次代の剣匠(アルクトゥルス)、レディオス・グレカザルとその弟子、レイクだ」

「はい、伺っております。ようこそイーリアス城へ。お疲れのところ申し訳ありませんが、陛下がお待ちです、どうぞこちらに」


 四十代に差しかかろうかと思しき、温厚そうな男と、まだボルドとそう違わないであろう年頃の華奢な弟子だった。

 三人はボルドに案内され、再び歩みを進める。


 謁見の間で幾度目かの溜息を小さくついて、アシャナは膝の上の拳を握りしめる。今日という日を指折り数えて待ち望んだ。結ばれることなど決してない相手だと、分からぬアシャナではなかったが、いつか来るその時まで、想いを胸に秘めることは罪ではない。

 しかし今、アシャナ姫の胸を占めるのは、恋しい想い人に会えるという喜びではなく、締め付けられるほどの焦燥感だった。


「アシャナ」


 謁見の間に詰めかけた貴族たちには聞こえぬ小声で、ミヒャエル王は溜息ばかりつく娘を(おもんばか)った。


「……申し訳ありません、お父様」


 表情は苦悩の色を拭いきれなかったが、アシャナは背筋を伸ばし胸を張る。王女の務めを疎かにするつもりはない。だが、そう約束した友を失う危機に、アシャナは己の立つ足元が、砂のように崩れていく気がしてならなかった。ましてやボルドから詳細を聞かされたのは、つい先程のことだ。狼狽しないほうがおかしい。

 アシャナは気持ちを奮い立たせ、謁見の間を見渡す。

 ユモレスク伯爵をはじめとする、貴族議会の歴々は勢ぞろいだ。国王から真っ直ぐ扉までのびる赤い絨毯の両脇を、白い甲冑に身を包んだ騎兵隊が固める。ただいつもと違うのは、集まった貴族たちの内、半数以上が妙齢のご婦人方だということ。これは普段の倍以上になる数だ。


「相変わらず、あのお方がいらっしゃる時は、華やかですこと」


 アシャナはそう洩らさずにはおれない。


「先日も、似たようなことがあったな」


 アシャナの小言に、ミヒャエル王が思い出したように言う。

 剣聖カペラのデュークが訪れたときのことだ。『ある意味平和だな』そういって笑ったティラータに、アシャナは苦笑いを浮かべたのだった。


「……本当に、健気だわ」


 玉座に主が収まりさほど時を待たずして、高らかに賓客の訪れを告げる声が響く。そして謁見の間の扉が押し開かれた。

 絨毯の上を、銀の髪をなびかせ颯爽と、リューラ・ド・シンシアが歩いてゆく。その姿を、遠くからいくつもの溜息が見守る。

 リューラ王子はそんな遠巻きの貴族たちには一瞥もくれず、イーリアス国王の前に辿りつくと、恭しく頭を垂れる。しかし直ぐに顔を上げ、国王を正面から見据え、不敵に笑む。


「よく参られた、シンシア王太子にして我が甥、リューラ王子。我が国は貴殿を歓迎する。女神ファラの大祭、存分に楽しんでいかれよ」


 ミヒャエル王がまず殿上から歓待の意を伝え、リューラ王子もまた儀礼に則り招待の礼を述べた。そして王妃、姫にも挨拶を交わした上で、遅れて国王の前に進み出た男を紹介した。

 広間がにわかにざわめく。


「貴殿の訪問を、我が国は歓迎する。既に剣匠(アルクトゥルス)の地位は、貴殿へと移ることは確定なのであろうか?」

「はい、僭越ながら、師からはそのように伺って参ったことは、事実です」


 当代アルクトゥルスの一番弟子の男は、にこやかに答えた。穏やかな表情と語り口は、厳しい顔立ちと鋭い目つきの師とは、まるで正反対の印象だ。


「そうであったか、許されよグレカザル殿」


 イーリアス国王は、グレカザルとその弟子に歓迎の意を表し、師を見舞うことを希望する彼等に、明日には館に案内することを約束した。


「それから、先に到着しているカペラの剣聖デューク殿にも、すぐに引き合わせよう。彼はこの城に滞在しておる」


 その言葉に、グレカザルは少しだけ驚いたような表情をした。


「叔父上、私も同席させていただきたい」


 リューラ王子が割って入る。


「うむ……よいかの?」


 ミヒャエル王がグレカザルの意向を汲むと、返答はかまわないと直ぐに返ってきた。


「では、後ほどに」


 そうしてリューラ王子とアルクトゥルスの弟子一行を残し、国王は謁見の間を後にする。

 その後、隣国の王太子として多くの貴族に挨拶攻めに遭う王子たち。待ちかまえたかのように我先にと娘を引き連れ、王子の眼に触れさせようとするあからさまな態度に、リューラ王子は顔色ひとつ変えずあしらっていた。

 そんな彼の姿を哀れに思いつつも、アシャナはそっと父王の後を追って姿を消した。


 イーリアス城の最奥、王家居住区にある中庭に足を踏み入れたところで、シンシア王太子リューラは咄嗟に身構える。


「リューラ!」


 黒髪をなびかせて、王女アシャナは大好きな従兄に飛びついた。

 慣れたように小柄なアシャナを受け止め、リューラは微笑む。その表情はどこまでも柔らかく、謁見の間で見せたような鋭さの欠片もない。


「アーシャ、久しいな。相変わらずだ」

「本当? 少しは成長していてよ?」


 子供時代ならいざ知らず、淑女にあるまじき行為をしておきながら、アシャナは弾けるような笑顔だ。

 特別に王族に招待された者しか足を踏み入れることが許されない場所で、二人はようやく素に戻って、互いに再会を喜んだ。

 アシャナの側に付き従っていた乳母マイアと、上級侍女たちが、二人の様子に微笑みを浮かべながら場を辞してゆく。

 その様子を確認してから、アシャナが顔を上げる。


「……意外と早く、あしらって来たのねリューラ?」

「それで、同情したつもりか? 助けるそぶりもなかったが」


 リューラは先程までの息詰まるような、回りくどいやり取りを思い出して渋い顔だ。


「あら、ご婦人方を袖にするのは、いつもながら上手だったわよ。私が口を出すまでもなく、ね」


 アシャナ姫といえど、あの水面下での攻防に、参戦するような危険は犯したくはない。二人は苦笑いを浮かべ、この話題を打ち切った。


「何か俺に用があったのではないか、アーシャ?」


 察しの良い従兄に、アシャナは頷く。


「……困ったことになったの、リューラ。お願い、私も同席させて欲しいの」


 その言葉にリューラは一瞬、何か考えを巡らした様子で返す。


「もとよりお前も同席するかと思っていたが……何があった?」

「……それが……」


 アシャナは言葉に詰まる。

 ティラータは助けたい。その一心で、目の前の頼りになる従兄に、すがりたいとアシャナは思った。だが、彼に助力を乞うということは、シンシアに協力を乞うことにも繋がる。

 アシャナは躊躇する。自分の一存で、イーリアスの内乱にも関わる問題を、晒すことにもなりかねない。

 ──しかし。

 そこに、父であるミヒャエル王が、近衛隊長のカナンを伴い現れた。

 木漏れ日の揺れる中庭に進み、カナンに茶の用意と人払いを指示する。そうして自分は、さっさと席に就いていた。


「アシャナ、リューラ、突っ立ってないで座ったらどうかね? すぐにカペラのデューク殿とグレカザル殿が来る」


 穏やかに微笑みながら、ミヒャエル王が続ける。


「アシャナ、外に控えているボルドもここに呼びなさい」


 アシャナは茶を用意していた侍女に、直ぐにボルドを呼びに行かせた。


 華美な装飾は控えめだが品の良い器に、焼き菓子と香り高い茶が淹れられた。

 席についた国王とアシャナの後ろには、それぞれカナン隊長とボルドが控える。王の隣に陣取ったリューラ王子は、残る二席の客人を黙して待つ。

 一方アシャナは、じっと茶の湯を眺めながら考えていた。父王がここに自分を同席させ、ボルドも引き入れた。既にティラータが囚われたと報告を受けている父が、アシャナと同じ考えなのではないかと、期待が膨らむ。

 そうこうしている内に、近衛兵に案内されたカペラの剣聖デュークと、ベクシーの弟子グレカザルが現れた。

 国王に席を勧められ二人が着席したところで、カナン近衛隊長が人払いを済ませて

いた。


「では、始めるとするが……」


 そのミヒャエル王の言葉を不躾にも遮った者がいた。


「叔父上、一人、足りない気がするのだが?」


 リューラ王子だった。彼はデュークとグレカザルと顔を見合わせてから、疑問を口にする。


「ここイーリアスに居るのは、レグルスだ。我々とて挨拶も無しに動くわけにはいかない。そうだろう、デューク?」


 リューラがカペラの剣聖にそう問いかけると、彼は静かに頷く。


「ティラータに何か、あったのですね? 我は彼女に力を貸すことを約束したのです。この(リューラ)とてそれは同じこと」


 デュークが皮肉めいた口調で返すと、リューラがその後を続ける。


「剣聖は徒党を組むことはない。それぞれ個々の存在だ……とはいえ、そんな俺達にも掟らしきものがいくつかある」


 リューラが、腰に差した長剣を持ち上げ、その意匠を見せ付ける。そしてデュークもまた、両脇に差した二本の金の縄を装飾にした双剣を持ち上げて見せた。

 どちらも美しい装飾が施されてはいたが、決して実用性を殺してはおらず、ひと目で最高級の武器であることが分かる。

 二種類の剣を見せ付けられ、気を呑まれたように見守るミヒャエル王とアシャナたちの前に、もう一つ、二人から差し出された。それは手のひらに収まるほどの大きさの銅盤。そこには六芒星が象られ、七色の宝石が埋め込まれている。

 アシャナは突きつけられたその『証』に、驚きを隠せない。なぜならそれが今、目の前に二つ存在しているから。何度か目にしたことがあるそれは、常にティラータが保管している『レグルス』の証。

 一つは分かる。金星カペラを証明するものは、デュークが手にしている。

 しかし……。

 リューラの手にしているものは、いったい何なのだ。アシャナは唖然として、リューラとその手の内にある剣聖の証とを見比べる。そしてアシャナの後ろに控えていたボルドもまた、困惑を隠せないようだ。


「やはり、お主がそう(・・)であったか」


 ミヒャエル王は既に察していたようで、さほどの動揺はみられない。

 リューラは悪戯が成功したかのような笑みで、告白する。


「そう、俺が銀星の剣聖シリウスだ」

 

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