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炮封の黄金獅子(レグルス)  作者: 小津 カヲル
第二章 女神ファラの豊穣祭
38/63

悔恨 1

 祭を二日後に控え、慌ただしさの中にも緊張が張り詰めるようになってきた。

 ボルドたち近衛隊は街の巡回と城の警備、王と姫の護衛に忙しい。アシャナ姫は剣聖カペラのデュークをもてなすという名目の元、彼に守られることとなった。当初はこちらの思惑が透けて見えるせいか、誰かしらの反発を招くのではと考えなくもなかったが、デュークと姫の接近をとやかく言う者はいなかった。どうやら姫の婿候補として相応しいとまで称され、貴族たちにも歓迎されているようだ。当のデュークはそれを聞いて、僅かだが眉を寄せていたのを、ティラータは苦笑いをもって見守っていた。

 それから、薬師ジャージャービーンは、国王と姫の間を何食わぬ顔で行き来している。彼に関して言えば、何かと特例を許されているせいか、便利な連絡係りを担っていた。本来ならば文句をつけてきそうな役回りだったが、意外にもまんざらではない様子だ。薬師は金髪の貴公子であるデュークに興味深々であることを隠そうとはせず、アシャナ姫の元を訪れては、人々のデュークへの同情を集めることに一役買っている。

 赤毛の女戦士レイチェルは、弓射隊が街の警護に回ることになっているため、街と姫の側を交互に守っている。元来彼女は商家の出なので、街の様子や人々の噂などを集めるのは得意だ。しかし最近は街から戻ると、なにか考え込んでいる様子にティラータは気付く。しかし問いただしても、何でもないと返ってくるばかりだった。

 ティラータはといえば、日課の西の森の見回りと、姫の身辺警護のみが仕事だ。西の森へ行けるようになったとはいえ、謹慎はまだ継続中と、貴族議会から念を押されている。

 とはいえ、ティラータに監視など付けられるはずもなく、この日も障壁の見回りを終え、真っ直ぐ城へ戻ることなく城下の貧民街に来ていた。先日女魔術師が魔術を暴発させ、黒こげのまま残された家の前に、ティラータは佇む。

 この場に何か残されているわけではないが、謹慎が緩まって以来毎日訪れている。

 地上の屋敷から地下へと続く入口や、地下道から出口に至るまで、近衛と魔術師たちに調べつくされていたが、あのとき逃がした魔術師たちの手がかりは未だ掴めていない。それならばと捕虜たちの取調べを強化したものの、全員がイーリアス国外の者ばかりでこちらの情報を一切知らされておらず、有力な手がかりを持つものはいなかった。

 目下、彼らを直接雇った人間については調査中だ。イーリアスの障壁の外は、どこの国にも組み込まれていない無法地帯が残されている。世界には未だどこの国にも属さない土地が残されていて、その領土からこぼれ落ちた土地でも、暗躍する組織がいくつか存在する。手が届かないもどかしさは否めないが、ティラータはそれらを調査させるという国王の言葉を、信じて待つしかない。


「レグルス、やはりここに居ましたか」


 その声に振り返ると、ボルドが馬から降りるところだった。


「休憩中ではなかったか?」


 真面目で、人に仕事を任せるよりは自分で動いてしまう所は、ティラータと同じで、彼もまた休むことを忘れるタチだ。

 今度は自分が心配してみせようかと、ティラータは少しだけ首を傾げる。


「これを、預かってきました」


 ボルドが差し出したのは、小さな鏡が付いたピアスだった。しかも片方だけの。


「なに、これ?」

「オズマ殿からです。渡せば分かると言っていましたが……?」


 思い当たることもなく、受け取ったピアスをまじまじと見つめるティラータ。しかし突然ティラータの手の中の鏡から、微かだが何か聞こえてきた。


『……ますか、ティラータ殿?』


 小さなその声は、聞き覚えのあるものだった。


「……オズマ殿か?」

『は、はい、そうです。よよよかった、お話があります』


 ティラータは驚きながら、まじまじと鏡を見つめる。小さな欠片程度の鏡の中に映っていたのは、オズマではなく唖然とするティラータとボルドだけだ。


『ああ、これはですね、私からそちらを見ることができますが、そちらからはええと、ただの鏡で、ですね……ええと原理は……』

「オズマ殿、説明はいいので……話とは?」

『え、あ、は、はい』


 ティラータの遮られ、少々残念そうなオズマ魔術師次官は、ようやく話し始めた。

 オズマは、この黒コゲの館で取り逃がした、女魔術師の痕跡を掴んでいた。

 警備の目をかいくぐり、昨夜この地に再び女が現れた。オズマは事件後、追跡をかわした魔術師の魔力を記憶し、万が一再び現れそうな場所には魔力を感知できる『しかけ』を施していたと言う。

 すぐさま追跡をさせるかどうか、ティラータの判断を求めてきた。


『こ、この形でしたら、誰にも気付かれずに話ができるんですよ。耳に付けてもらえれば、えと、ボルド副隊長殿にも、聞こえなくなるはずです』


 再び自慢の開発品をアピールするオズマの声を聞き流しながら、イヤリングを眺め、ティラータは素直に感心する。


「ところでその魔術師は何の目的でここまで来たんでしょうか。掴まる危険まで冒して……」

「恐らく、子供を求めて来たのだろうな」


 ティラータはここで自分が命を奪った、哀れな少女を思い出す。


「オズマ殿、このまま追えるか?」

『も、もちろんです、誘導します』


 そのやり取りに、ボルドが焦った表情をしていたが、ティラータは構わず続ける。


「どちらの方向へ去った?」

『は、い……えっと地下道です』


 その言葉に、ティラータのみならずボルドもまた驚きを隠せない様子だ。この館周辺は残った建物のみならず、地下に至るまでしらみつぶしに調べ上げたのは、彼の指揮する近衛なのだ。そして地下道の唯一の出口は、完全に封鎖されているはずだった。


「オズマ殿、地下からどこまで行ったかは分かるのか?」

『い、今の段階では何とも……でででも、方角でしたら。ええと、そこからティラータ殿の四時の方角です』


 ティラータは首だけをその方向に向ける。

 ──北東?

 ティラータの目に入るのは、高くそびえるイーリアス城。そして城を囲むように建ち並ぶのは、身分の高い貴族たちの屋敷だった。

 ティラータはしばらく考えた後、黙ったまま手の上にあったピアスを、左耳のものと取り替えた。そして緩ませてあった手甲の留め金をはめると、腰の愛剣に手をかけた。

 それだけでティラータの考えていることが分かったのだろう、ボルドが慌ててティラータの前に出る。


「待って下さい、私も同行します」

「……え、いや……しかし」


 躊躇するティラータの言葉を、ボルドが遮る。


「夕刻までは私の自由です。それに、あなたを一人にすると無茶をするでしょうから、そうならない為にもついて行きます」


 ティラータは渋い表情でボルドを見上げる。

 敵の潜伏先に辿り着ければ、伴う危険は大きくなる。確かにこの男がいれば、何があっても対処できるだろう。だがこの男は近衛隊の要でもある。万が一ボルドに何かあれば近衛の連携が揺らぎ、防御にほころびが出る。

 しかし、相手を追い詰められそうなこの好機に、ティラータは攻撃の手はより多くあったほうが良いと判断した。


「……分かった。その代わり、私の指示は従ってもらうぞ」


 ボルドは頷き、ティラータは彼を伴って地下へのはしごを降りた。


 地下は暗く間仕切りが狭いため、一階の抜け落ちた床部分からの光は、ほんの一部にしか届いていない。一歩進むと目も開けているか分からなくなる暗闇の中、捜索に使ったランプに火を入れる。ボルドがそれを闇にかざして目をこらす。


「一階と地下の間取りは整合性がありませんので、恐らく別々の時代に造られたものでしょうね」


 ティラータは黒炎から逃れるために床を崩し、瓦礫とともに落ちた時のことを思い出す。同じ部屋から地下に降りたはずなのに、ジンは別の部屋に辿り着いていたようだった。

 ティラータはイヤリングに手を添える。


「オズマ殿、ここからどちらの方角だ?」

『そうですね、向かって左の通路に、進んでください』


 ティラータとボルドは、オズマの誘導に従う。狭い通路の先は、確認済みの出口とは全く反対の方角に伸びていた。この先が行き止まりなのは、近衛たちによって報告されている。


「本当にこちらからですか?」


 行き止まりまで来ると、ボルドはゴツゴツと歪に掘られた岩盤に、明かりをかざして叩いてみる。

 首を捻るボルドとは違い、夜目の利くティラータはといえば、動くランプの明かりの中で岩盤の微かな色の違いに気付く。手を伸ばして岩肌を触ってみれば、色の違うそこだけはボロボロと小石が崩れた。


「……どうやら、この先がありそうですね。ちょっと待ってて下さい」


 ボルドはランプを置いて自分の剣を鞘ごと抜き、それで石の壁を崩そうとしたところ。

 ガラガラと石が転がり落ちる音がした。

 ティラータが振り上げた右足で、壁を蹴破った後だった。


「……何か言ったか?」

「いえ、何でも……」


 振り返るティラータに、ボルドは苦笑いを浮かべて剣を元に戻した。

 残った小石を手で崩し広げると、そこは人ひとりくぐるには充分な穴となる。覗き込んでランプをかざし入れると、奥に広い通路が続いているのが見えた。

 用心しながら、ティラータとボルドは穴を通る。


「ここはまた、ずい分古いようですね」


 明かりを持つボルドが、先を照らしながら先導する。むき出しの岩ばかりではなく漆喰の壁が残り、先程の地下道よりも丁寧な造りではあったが、所々崩れかけていて危険だ。

 しばらく進むと、少々いびつな階段を見つけた。これまで他に分岐や出入り口が無かったのだ、二人は警戒する。


『……た、たぶん、この先まっすぐです。お、お気をつけくださいお二人とも』


 オズマの後押しを受け、二人はゆっくりと階段を上ってゆく。

 階段は天井まで続くが、その先は小さな蓋があるだけだ。ボルドは迫る天井に身を屈めながら、ランプの火を吹き消す。

 いびつな木の扉の向こうから漏れる光の先は、敵のアジトかそれとも屋外か。二人は人の気配に注意しながら、そっと木戸に手をかけた。

 息をひそめてティラータがずらした木戸から顔を覗かせると、そこは建物の中のようだった。とはいえそこはカビの臭いが鼻をつき、乱雑に物が放置され、その上には分厚い埃が積もっている。唯一ある小窓から日差しが入り、そんな粗末な部屋を照らしていた。

 しばらく様子をうかがっていたティラータだったが、ひとけが無いことを確認して、ボルドと共に地下通路から抜け出した。


「……ここから、例の魔術師はどっちの方向にいるのか、わかるかオズマ殿?」


 ティラータはイヤリングに向けてそっと話しかける。


『す、すぐだと、思います。たぶん、そこから……いえ、そこも含めて近隣の建物全てが、潜伏先だと思います……痕跡がたくさんありすぎて、正直おお、追いづらいです、スミマセン』


 その言葉の意味を掴みきれず、ボルドが唯一ある窓に近づき壁に背をつけ、そっと外の様子をうかがう。


「……まさか」


 ボルドの顔から色が失せる。


「どうした?」


 ティラータの問いにボルドは言葉を詰まらせる。

 眉間に皺を寄せ、苦悩の表情を浮かべているボルド。ただならぬ様子に、ティラータもまた壁伝いに窓に近寄る。


「覚悟を、する必要がありそうです」


 ボルドの澄んだ空色の瞳が、曇ったように見えた。窓の外を見て、ティラータはその意味を知る。


「ここは、アレス公の別邸です」


 ガラス越しに見える景色に言葉を失うティラータの変わりに、ボルドが掠れた声で告げる。

 そこはティラータもよく知る場所だった。


 窓の外には見覚えのある塔がひとつ。

 最初の、記憶。


 イーリアス(ここ)に来て、最初に過ごした場所。

 『アーシャ』と、『私』と、『おじさま』の、はじまりの場所だった。



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