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炮封の黄金獅子(レグルス)  作者: 小津 カヲル
第二章 女神ファラの豊穣祭
36/63

先触れと凶聞 3

 金星カペラの称号を持つデューク・デラ・デューンは、案内役をかねて付き添うラスフォンと共に、謁見の間へと続く控え室へと通されていた。

 列強国に比べれば小さなイーリアス城の中は、古めかしい調度品と珍しい魔道灯が目立つ。世界中の魔術師が集うハシェスの都でさえ、ここまで魔術に頼った仕組みを採用してはいない筈だ。イーリアス城のスタイルは、遥か昔に廃れたと云われる神話の物語のようで、まさに旧世界の遺物と呼ぶに相応しい。

 ふとデュークは小さな控室の中を守る兵に、違和感を感じる。

 先程城門まで出迎えてくれた近衛隊長は、立ち振る舞いに一切の無駄がなく、デュークから見ても油断ならない実力の持ち主であろうことが窺えた。しかしこの部屋に移されてからはどうだ。いったい何があったと問いたいくらい、兵の質が落ちたような──。

 いや、見てくれだけは質が上がったな、と苦笑を浮かべるデュークの視線の先には、白い鎧とマントを羽織った煌びやかな兵。鎧にはご大層にも、百合と剣が交わる紋章が輝く。

 デュークにはあずかり知らぬ事だったが、それは謁見の場がミヒャエル王の手の内である近衛から騎兵隊へ、つまりは議会に主導権が移されたという証に他ならなかった。

 連れのラスフォンにもそれが分かるようで、苦笑しながら、やはりすんなりといかないですねと囁かれる。ならば、と呆れつつも成り行きに任せることに決めたデュークだった。

 暫くすると二人は煌びやかな兵に連れられて、謁見の大広間へと通された。

 広間の中央には赤い絨毯が敷かれ、それに添うように騎士が並び立つ。その周りには二人に好奇の目を向ける、派手な衣装を身につけた貴族たち。言うまでもなく娘達も着飾り、うら若き剣聖の目に留まろうと待ちかまえている。

 見慣れた景色に、デュークは怯むことも呆れることもなく、凛とした表情で前に進み出る。

 最奥には、イーリアス国王が待ちかまえていた。


「よく参られた。イーリアスは貴殿を歓迎する、カペラの剣聖よ」


 デュークはそれを受けて簡単な礼をとって、跪くことなく真っ直ぐ顔を上げる。

 その目に映るのは、年老いた細身ではあるが貫禄のある品の良い王。淡い金髪を束ね、深い緑の衣を纏って玉座に座す。その脇には同じくらいの年配の、微笑を絶やさない落ち着いた雰囲気の王妃。そして王妃の横には、目も覚めるような長い黒髪を艶やかに垂らし、白い肌が印象的な美しい姫。

 あれがアシャナ姫か、とデュークは得心する。生き生きと輝く黒髪と黒い瞳。噂通りの黒真珠だ。


「お目にかかれて光栄です。私は金星カペラの剣聖、デューク・デラ・デューンにございます。このような歓待、痛み入ります。しかし、私の目的は同胞アルタイルの病状を窺う事。後に訪れるであろう、次のアルタイルへの引継ぎを準備する事です。それをお忘れ無きよう願います」


 デュークからのいきなりのけん制に、周りの貴族たちが動揺を醸し出す。

 そうなる事を分かってはいたが、デュークから何も言うつもりはなかった。

 剣聖の称号を与えられて以来、このようなことは日常茶飯事なのだ。どの国も、どの領主どの貴族たちも、建前はきれいごとを並べるが、本音では剣聖を自らの内に取り込みたい。それが妻を持たない若い男ならば、尚の事、関心が注がれるのは当たり前だとでも言いたげに。

 だから敢えて、デュークは真っ先に自らの目的を告げる。

 他の余地を与えない。

 もちろん、邪魔だてするのなら容赦しない。

 もっとも他の剣聖(やつら)がどう対応しているのかは知らぬが──とデュークは苦笑する。


「デューク殿」


 殿上からよく通る声が響くと、ざわめきが止むのは流石か。


「今日は既に日も傾ききっておる。旅の疲れもあるだろう、明日にもベクシーの元へと案内を遣わすゆえ、今晩はこの城で休まれよ」

「……お気遣いありがとうございます」


 デュークが王の申し出を受けると、再び殿上から軽やかな鈴の音のような声が振ってくる。


「お父様、わたくし諸外国のお話にとっても興味がありますわ。もしデューク様がよろしければ、サロンなどにお誘いしてもよろしいかしら?」


 アシャナ姫が父王におねだりしている姿は傍目にも愛らしく、これまたデュークにとってはよく見かける景色だ。

 デュークはまたかと呆れつつも、先程のラスフォンの言葉を思い出し、零れそうになった溜息を飲み込む。


「姫、お疲れのデューク様がお可哀想よ、明日以降になさい」


 王妃の言葉に、デュークは否を唱える。


「いえ、ご心配には及びません王妃様。私の拙い旅の話でよろしければ、いつでも」


 その言葉にアシャナ姫の顔がほころび、「まあ」と頬を染める。

 謁見も終わりを告げ、後ろに控えていたラスフォンが帰城を申し出る。


「大儀であったなラスフォン殿。客人を無事連れて参ってくれた事、感謝する。レイモンド王にもよろしく伝えてくれ」


「痛み入ります。ですが我が主より、丁重にと申し付かってございましたので、当然のことです」

「もう、戻られるのですか? 今からですと夜通し馬を走らせねばなりませんわよ?」


 アシャナが心配して留まらせようとしたのだが、ラスフォンが微笑む。


「お心遣い嬉しいのですが、私が戻りませんと、大祭までにシンシア軍の将が欠けることとなります。そうなると我が王子のこちらに向けての出発が、遅れさせる事になりかねますので、アシャナ姫」

「えっ……あ、はい。そうです、よね」


 アシャナ姫が突然動揺して、頬を赤らめる。

 姫の反応を見て満足げに微笑み、ラスフォンは殿上のイーリアス国王に一礼をする。そしてデュークにはまたお会いしましょうと告げ、広間を退室していった。


 日は既に沈み、イーリアス城の回廊には幻想的な淡い魔道灯が燈る。もやがかかったような光りが浮かぶ古城の中、デュークはまるでおとぎの国に迷い込んだ気分を味わっている。

 侍女によって案内されたのは、城の上階、王族の居室が近いのではないかと思しき一角。狭い廊下を進むと、趣のあるサロンに行き当たる。ガラス張りのサロンからテラスへ出ると、そこは小さな空中庭園のようだった。テラスには花壇が作られ、小さな花が風に揺れる。

 その奥の東屋に、目的の人物が優雅にお茶を用意して待ちかまえていた。


「ようこそお越し下さいました、デューク様」


 改めて自己紹介をし、席を立って微笑むのは黒真珠の姫、アシャナ・ル・イーリアス。

 デュークが招待の礼を述べようとすると、アシャナ姫がそれを制す。そして侍女を下がらせ、再び王女が口を開く。


「座って頂戴、デューク様。堅苦しいあいさつは面倒だわ」


 一変して口調が変わった姫を見て、しばしの躊躇の後黙って席につく。

 姫とその後ろに立つ、黄金の髪と新緑の瞳を持つ華奢な少女を見比べる。そして周囲の気配を察して静かに笑う。


「これはこれは……噂とは本当にあてにならない」


 アシャナ姫の後ろにレグルス。そしてデュークの右手側には近衛隊長にも劣らぬ身のこなしの男、左手にはこれまた鋭い気配を持つ赤毛の女兵士。東屋の外を固める兵士二人も近衛なのだろう、謁見の間で見た兵とはまるで違う。

 この国には先程の妙に飾り立てた、使えそうにない兵ばかりなのかと思えば、アシャナ姫のそばには驚くほど手練ばかり。

 笑うデュークに、アシャナが首を傾ける。


「恥を晒すようで申し訳ないわ。イーリアスも一枚岩ではないのよ」

「いえ、こちらこそ失礼したアシャナ殿」


 後ろに控えていたティラータが前に出る。


「おまえがカペラ……私はティラータ。黄金の獅子(レグルス)のティラータ・レダだ」


 デュークが立ち上がる。


「ようやく、会えたなティラータ」


 ティラータは差し出された手を握り返す。


「こんな形でしか会わせられなくて、ごめんなさいね。それで聞かせてもらえるかしら、あなたが予定を早めた理由を」


 華やかな花と茶器が置かれたテーブルを挟み、にこやかにアシャナが問う。

 ティラータが頷くのを見て、デュークはこの姫が信用に足ることを確信する。もっともこれだけの手練を配下に引き込んだのである。ただの可愛いだけの姫ではないことが伺える。


「グレカザルからの頼み……ベクシーの容態が思わしくないのを心配して、早めに様子を見てくれと」

「グレカザルから?」


 ティラータが聞き返す。グレカザルとは、ベクシーの一番弟子であり、次代の剣匠である。今はシンシアの隣国であるラプス公国に腰を落ち着けているが、ティラータの幼い頃はイーリアスにいたこともあって顔なじみだ。


「まあ、それは建前だがな」

「……」


 真っ直ぐティラータを見据えてデュークが告げる。


「無法地帯……つまりイーリアスから見たら魔法障壁の向こう側に、ならず者を集めている者がいる。傭兵盗賊あがり……様々だが武装した者達だ。その数既に二百」


 東屋の中に緊張が走る。


「二百」


 ティラータの低い声に、アシャナの組んでいた指に力が入る。


「それほどまでに……愚かな」


 アシャナの可憐な顔に苦渋の色が浮かぶ。

 二百の武装集団。城を落とすには全くもって足りない数字だったが、開けた障壁を潜り抜け、祭でにぎわう城下を混乱させるには充分な人数だ。だが──


「たとえ障壁を越えて来たとしても、ひとりたりとも、森から出さない。その者たちを引き入れ、一網打尽にする。デューク、ひとつ頼まれてくれないだろうか」


 凶聞をもたらしたデュークにそう告げると、ティラータの新緑の瞳が細く締まり、魔道灯の光を集めて光った。

 

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