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炮封の黄金獅子(レグルス)  作者: 小津 カヲル
第二章 女神ファラの豊穣祭
29/63

剣と百合と、すみれと茨 5

 謹慎を言い渡されたティラータは、議事堂を出てアシャナと共に王女の私室まで戻る。

 二人はどちらからともなく抱き合った。

 ただ無言で抱きしめ、互いの無事と舌戦の勝利を噛みしめる。

 そこへ扉を叩く音と聞きなれた声がしたと思えば、主であるアシャナの返事を待たずにその者たちが入ってきた。


「姫、レグルスよく無事で」


 少し垂れた目尻を更に下げ、溜息とともにボルドが呟く。


「すまないボルド、心配かけた……レイチェルも」


 言いかけて、掴まれた肩をガクガク揺らされたので、次の句が出ない。


「し、心配したんだからね!」

「レイチェル、わかったから」


 揺さぶられるティラータを、アシャナとボルドが生暖かい目で見ている。止めてくれと心で思ったティラータだったが、その訴えは聞き届けられなかった。

 ──『心配かけた』と、ここ最近何度口にしたことか。

 無事を喜んでくれる気のおけない仲間を前にして、ティラータは心が温かくなる。そして、アシャナに向き直って微笑む。


「アーシャ、ありがとう」


 アシャナの助けがなかったら、どうなっていたのかティラータにも分からない。

 そして凛々しいアシャナの姿を見せられ、彼女を守護する剣士としてどんなに誇り高かったことか。万感胸にせまり、かえって言葉が出ない。

 アシャナもそれを分かってか、目を潤ませながらも大きく頷いて笑って応えた。


「私たちは、互いを護るのよ? ティラータは剣で、私は王女という上に立つ者として。いつまでも泣いて駄々をこねる子供ではないわ」

「本当だ。私たちはもう、あの頃のような何の力も無い子供じゃない」


 ティラータはアシャナとボルドを見る。

 したたかに貴族たちと渡り合い、第一王位継承者の王女として立ちはじめたアーシャ。

 近衛副隊長として陛下と王女の側に在り、貴族としての地位はなくとも多くの兵を動かすことのできる立場となったボルド。

 そしてこの国に在りながらも、一国の利益やしがらみに囚われない立場を得た自分。

 だからこそ行動を起こさねばならない。ティラータは気を引き締める。


「アーシャ、謹慎とはなかなか面白いことを思いついたな」

「でしょ? これなら誰はばかりなくティラータと打ち合わせができるし、効率よくボルドたちと繋ぎやすいわよ、我ながら強引だとは思ったけれどね」


 ふふふ、と笑いながらアーシャはしたり顔だ。


「しかし、アーシャ、オズマ殿の状況次第では……」

「もしかしたらアレルヤは少しの間、拘束されるかもしれないわ」


 アシャナの想像では、そう軽くない処罰が下されるのではないかということだ。軽くて自宅軟禁、重くて禁固一ヶ月。


「禁固は少々まずいな……」

 

 ティラータは思わぬ協力者の喪失に、表情が曇る。


「例の違法魔術師とやらの行方を追うのは、どうするのよ? ティラータしか会ってないのだから、当然アレルヤを当てにしてたのに」

「オズマ殿を頼れない今、地道に捜すしかないだろうねレイチェル。あとはジンという男か……」


 貧民街で死亡した男達の身元やジンの行方を追うことでしか、魔術師へつながる道はない。


「ジン・マクガイアね」


 レイチェルがその名を聞いて眉を寄せる。


「いろいろと調べたのよ、あいつどうやらティラータの事を何人かに聞いたりして調べていたらしいの」

「……それは、その者からしたら最大の障害という意味ですか?」


 ボルドの言葉に、レイチェルは苦笑する。


「ん~そうなんだろうけどね……それにしてもしつこかったんで、懸想でもしてるんじゃないかって弓射隊の仲間が言うのだけどね」

「けそう?」


 ──ははは、とティラータが笑う。


「心当たりでも?」


 ボルドのいぶかしむような問いに。

 まあ、ある意味あれは懸想かもしれないと、自虐的な気分になる。


「……なんとなくだが、殺す相手としての執着というか?」

「それってまさか、ジン・マクガイアの目的が反王制とか魔法障壁とかより、ティラータ……なんて冗談だよね?」


 レイチェルとアシャナが女性らしい生理的嫌悪を滲ませながら、どうなんだとティラータに詰め寄る。


「ジン自身はそうみたいだが、組織として行動しているようだから両方じゃないのかな?」


 尚悪いとばかりに二人が溜息をもらすのを、ティラータは首をかしげながら更に爆弾を落とす。


「だから一応、こちらに寝返るかと思って誘いをかけてみたんだが……」

「誘い?! 何考えてんのよあんた、まだ素性も知れない奴に!」


 レイチェルが叫ぶ。


「だって、私を倒すことの方がジンの中で上回るのなら、別にあちらに居なくたっていいと思ったし、何より向こうの戦力を削げれるだろう?」

「いやいやいや、あんたがジンに倒されるとは思わないけれど、寝込みを襲われるとか不意打ち喰らうとか……怪我したら元も子もないでしょう!」

 

ボルドがレイチェルの後ろで、頷いている。

 アシャナまで呆れたように目を丸くしているのに気付き、ティラータはようやく自覚する。けっこう楽しそうな状況だと思っていた自分がいたのを。


「主義主張があってあちらに雇われているようじゃなかった。報酬さえ与えれば、こちらに回って良い戦力になると思ったんだけどね」

「報酬は、いつでもあなたを狙って襲ってもいいという権利ですか、レグルス?」

「うん、そう」

 

そのあっけらかんとした返事に、ボルドの頬がピクリと引きつる。


「あんたホント馬鹿!」

 

 レイチェルは開いた口が塞がらないといった調子で、アシャナはティラータらしいと苦笑する。


「もっとも、ますます酷い目にあわせて殺したくなったと断られたが」

「そりゃそうでしょ!」

「だから次に会ったら必ず落とし前はつける。四度目はない」

「ちょっと待ってください……四度目?」


 ボルドが聞き返す。

 しばし考えてから気付くティラータ。


「言い忘れてた。この腕に受けた矢を放ったのも、ジンだったようだ」

「そんな大事なことを忘れないでください……しかしそれならば、あれ程捜索の手を伸ばしたにもかかわらず、侵入者の特徴はおろか手がかりすらつかめなかったのも頷けますね。今となれば当然あの事件も一連の流れと分かりますが、あの時点で騎兵隊を疑うわけにもいかないでしょう」


 アシャナ姫も同意する。


「そうね、できればもう少し早く分かればよかったのでしょうけど……仕方がないわね、その件も含めてあちらを牽制する材料としましょう」


 そこへ隊長からの伝言を託された、近衛新兵のベルナールがやってきた。


「アレルヤの処遇が決まったようね、いいわベルナールを通してちょうだい」


 ベルナールからの報告は、やはりオズマ魔術次官の処罰についてだった。

 カナン隊長からもたらされた報告は、ティラータたちの期待を裏切るものだった。

 ──禁固二十日。

 罪状は捕虜への未許可の干渉。


「は、二十日? そんなに長く?」


 レイチェルが叫ぶ。

 ──女神ファラの大祭まであと十八日。

 やられたな、とティラータは心の中で舌打ちする。


「アーシャ」


 分かってるとアシャナも頷く。


「いくらあの悪癖が以前から問題だったとはいえ、ここのところ大人しくしていた──もといそんな暇のなかったオズマ殿を、今回のような未遂に終わった用件で強引に処罰するなどさすがにおかしい。とすれば、オズマ殿を我らから引き離すの理由はひとつ」

「魔法障壁を中和する石版の解析をされたくない?」


 レイチェルに頷く。


「あとこれはもしかしたらだが、オズマ殿の魔力追跡能力を知っているのであれば、石板の魔術を作り上げた魔術師の居場所をつきとめられたくないとか」


 ボルドとレイチェルは以前、オズマが剣術場で見せた能力を思い出す。

 魔力の位置を感知し、ティラータの正確な位置を把握してみせたのだ。そのような能力は、他には知らない。


「つまり、オズマに探られたくない人物が、議員たちの中にいるってこと?」


 レイチェルが乾いた声で笑う。


「レイチェル、ボルド、覚悟してほしい。私たちは倒してはならない相手を敵に回し、尚且つ彼らの企みを阻止せねばならない」


 この国に深く根ざし、複雑に絡みついた権力を持つ者たち。単純に排除できない相手──だが。

 ティラータは腰の愛剣の柄に手を置き、静かに言う。


「今、何の準備もなく魔法障壁がなくなれば国は混乱する。しかも奴らは前回、その先に傭兵くずれのならず者を用意していた。これは単に国を憂いその先を見据えた上での主義の違いなどという、きれいごとでは済まされない。無為に民を傷つけ、国を私欲のために滅ぼし混乱を招こうというのなら、私は彼らを敵と判断せざるをえない」


 それはイーリアス剣術師範長としてではなく、剣聖レグルスとしての言葉だ。

 ティラータはアシャナを見る。

 それを受けてアシャナは引き継ぐ。


「まずは、魔法障壁の中和を阻止します。先の事例とアレルヤの解析等で、満月の作用が大きく係わっていることが分かっているわ。次の機会は恐らくファラの大祭中でしょう」


 今回は四年に一度の大祭だ。言い知れぬ不安と閉塞感を払拭せんがため、多くのものが楽しみにしている。

 障壁が破壊され祭でにぎわう中襲撃されれば、たとえ死傷者を出さずとも大祭は失敗に終わるだろう。

 この国の民は、魔法障壁の護りは揺るぎない自分たちへの恩恵と信じて疑わないのだ。もし障壁がもたらす安寧が、砂上の楼閣と知れたら──

 すでに綻びはじめているこの国は、いったいどうなるのか。


 ファラの大祭までは女魔術師の地道な捜索と、騎兵隊ならびにユモレスク伯爵の動きを逐一監視することになった。それと同時に、祭の警護をぬって障壁の対応ができる要員の確保を急ぐ。

 なるべく反王制側の息がかかってない兵のを選ばねばならない。これはカナン隊長を頼らざるをえないだろう。

 あとは──西の森。

 大祭前に障壁へ再び何かを仕掛けられたら、防ぎようがない。

 いくら人を寄せ付けない森とはいえ、全く道がないわけではないのだ。

 そして陛下が何故か騎兵隊が森に入ることを許した……。

 ティラータが今後の対応を、ボルドとレイチェルと確認していると、アシャナが思いつめたような顔で割って入ってきた。


「ボルド、近衛を使ってアレス公を見張ってちょうだい」

「姫?!」


 ボルドが驚きアシャナ姫を見るが、その唇はきゅっと閉じられ決意がうかがえた。

 そしてもうひとり、ティラータを振り返る。

 目を伏せ、姫の決断を受け入れている。


「よろしいのですか?」


 アシャナとティラータ二人にとって、アレス公がどれほど特別な存在なのかボルドにはよく分かっている。


「叔父様は変わられたわ。それに公の妻はユモレスク伯爵の娘。それゆえ義父であるユモレスク伯の地位が、貴族たちの中で堅固なものとしているのは事実。これを好きにさせている公のお考えは分からないけれど、今はそんな事言っていられる状況ではないもの」


 アシャナは既に覚悟しているようだった。


「それにね、彼らがこの国を倒そうと本気で考えているのなら、その原動力って何かしら? 公はどんな立場なの? 私は知りたいの、叔父様がどうしたいのか……」


 避けて通れはしない問題だった。

 ティラータもまた、覚悟をせねばならないのだろうと悟る。そして左腕の傷跡をさすり、思い出す。

 薄暗い闇の中で見た、アレス公の姿を。


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