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炮封の黄金獅子(レグルス)  作者: 小津 カヲル
第二章 女神ファラの豊穣祭
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剣と百合と、すみれと茨 4

 ティラータは初めて目を伏せる。

 そして瞼の下に鮮やかに甦る、幼き日々に思いを馳せる。

 ──決別を誓ったあの日、アーシャと私はまだ子供で、とりわけ幼いアーシャは泣いて。

 でも彼女は私が考えているよりずっと強くしなやかで、そして眩しかった。

 一年も経たないうちに、彼女はそれを実現した。

 私に再び『アーシャ』と呼ばせるため、ありとあらゆる手を尽くし、大人たちを呆れさせた。時にずる賢く、またある時は子どもらしく盛大に駄々をこね、そして状況に応じて王女らしく気高く居丈高に。

 そして私たちは再び寄り添い、今度は二人ではなくボルドも加わって、立場は違えど三人共に歩んできた。

 再び彼女は私の前に立つ。

 その華奢な肩に全てを背負って──。

 ならば、とギュッと閉じていた瞼を上げる。

 ──私は彼女のゆく道を、害なすものから護る茨となろう。

 蔓を這わせ、この身にとげを巻き、身体を張っていかなる敵からもアーシャを護る。

 彼女を傷つけるものの足元を掬い、棘で行く手を阻もう、たとえ我が身もともに血を流そうとも。

 森の守護獅子(ティラトゥネ)と呼ばれる黄色いバラに相応しく。その名をもらった己もまた、王女アシャナの守護者となりたい──。


 普段とは全く違う凛としたアシャナ姫に、思わずのまれた議員たち。

 だが、すぐに我に帰り反撃に出る。その先鋒はもちろんユモレスク議長だ。


「ここは茶会の間ではございませんぞ、アシャナ姫。只今、重要な案件を処理中ですので、どうかお引取りを」


 ティラータは思わず剣の柄に伸びた手を宙で止め、奥歯を噛みしめる。


「くだんの詳細はわたくしがお話しいたします。わたくしがティラータを使い調べさせたのです、わたくしから報告するのが筋というものでしょう。それとも、ここで詳細を語るのに、何か不都合でもございますか?」


 議員たちに緊張が走る。

 ティラータの宙に浮いた右手が、アシャナの言葉で元に戻される。


「どうぞ、お話し下さい」


 渋い表情でユモレスクが促すと、アシャナは頷く。


「では失礼して、発言させていただきます。まず、ティラータが偽りを申し上げることは無いと宣言しておきます。彼女はこのイーリアスだけでなく、大陸全ての国でその身分と権威を保障されている存在です。その代価として正しくあること、中立であること、そして正義であることを求められ、なおかつその資質があると認められた者です。もし今ここで、ティラータの証言を嘘であると何の証拠も提示せず断ずるとしたなら、それは『剣聖』という世界を調律し安定させる制度そのものに異を唱えるということであり、他の国々と異なる道を我が国が選択するという意味を持つのです。それは、これまで他国と長年にわたり築いてきた友好に、反旗を翻すことに他なりません」


 一気にまくし立てたアシャナの言葉に、そこに並んだ全ての貴族議員たちが反論すらできず、黙り込む。

 そんな様子を、ティラータは胸を締め付けられる思いで見守っている。

 護りたかった女性(ひと)をこんな矢面に立たせるなど、不甲斐なさでどうにかなりそうだった。


「──否を唱えるものがいないと判断し、続けますがよろしいですね?」


 アシャナは円を描くように端から端まで見回す。


「まずは、わたくしどもが調べた限りをお話しいたします。まず、ティラータが先程追い詰めつつも取り逃がした者について……名をジン・マクガイアと申しまして、最初に起きた魔法障壁での事件があった日から、足取りが分からなくなっている者と名前が一致しております。何かしら事件とかかわりがある可能性が否定できません。騎兵隊の名誉の為にも、ジン・マクガイアの行方をお調べいただきたいのですが、フェイゼル伯?」


 アシャナは鋭い口調で、フェイゼルに言葉を投げる。

 すっと立ち上がり、フェイゼルが一礼する。


「……御意」


 フェイゼルの口からは是の意味が発せられたにも拘らず、その表情はどこまでも強く不遜だ。


「期待していますよ、あなたの調査に限って『分からなかった』などないと思っていますが」


 アシャナは念を押すことを忘れない。

 普段のアシャナからは想像もつかない、的確かつ狡猾なやり返しに、貴族の大半が驚き言葉を失っている。

 それを分かったうえで、アシャナは尚もたたみかける。


「魔術の暴走の件につきましてですが、これは予め魔術師団との情報交換をいたしておりました。魔術師団からの情報提供を元に、先の障壁の事件に係わりそうな、違法魔術師の潜伏先を捜索させております。だからこそ、爆発の折には、迅速な魔術師団の対応が可能だったのです。違いますか、ヨーゼル長官?」


 今度はヨーゼル師に向かって問う。


「ほほ、違いないの。姫のおっしゃる通りです。これで剣士殿が有罪とあらば、わしらも同罪かの?」


 ヨーゼルは相変わらず楽しげにユモレスクの方を見る。


「いえ、そのようなことは……」


 さすがのユモレスクも、半世紀にわたり歴代の王に仕えてきた老伯に下手な事は言えないようだ。

 この古くからの重鎮がまさか、アシャナを援護する形になるとは想定していなかったのだろう。そもそもが彼がここに現れること自体、想定外なのだから。

苦い表情のユモレスクだったが、まだ何かを諦めていないのかアシャナに向き直る。


「アシャナ様のおっしゃりたい事は分かりました。ですが、実際に賊を追い詰めておきながら取り逃がしたのも事実。そして魔術の暴走とはいえ、怪我人を多数出したのもまた事実。これをどう、責任を取られるおつもりか?」


 その苦し紛れの言葉に、ティラータはさすがに呆れるのだが、ここで自分がしゃしゃり出てはまた混乱すると思い、黙ってアシャナの裁定に、全てを託す。

 貴族議員の中には、その理論が矛盾していることに気付いているのかいないのか、勝ち誇って罰をと呟く者もいる。

 アシャナの口角が上がる。


「それはもちろん、ティラータに多少なりとも責を取らせますわ。彼女には、ファラの大祭が始まるまで、謹慎させます。」

「ほう、謹慎ですか」


 議員たちが、その言葉に賛同する。

 だが、つぎに発したアシャナの言葉ですべてが覆る。


「はい、謹慎です。剣術師範はおろか、犯人の捜索にも行かせず、このわたくしのそば近くで責任をもって謹慎させます……それで宜しいですね、お父様?」


 アシャナは段上で静かに成り行きを見守っていた父王を、初めて仰ぎ見た。


「良い、私が許可する」


 その王の言葉に、ユモレスク伯爵が息を呑む。

 そして、フェイゼルもまた、口元を歪ませる。

 小娘と思っていたアシャナ姫に、まんまとやられたのだ。悔しくないわけがない。

 これで、ティラータの反逆罪は認められず、謹慎とはいえアシャナの側からティラータを引き離すことすら、当のアシャナに阻止されたのだ。

 ティラータは心の中で胸をなで下ろし、晴れ晴れとこちらを振り向くアシャナに、頷いて見せる。

 ──まさか、アーシャに助けられるとは思っていなかった。

 ティラータは微かに己の手が震えているのに気付く。

 いつもなら己の背に護るはずのアシャナが、ティラータの前に立ち、降りかかる火の粉を身を挺して払いのけたのだ。

 護られる不安、自分を護る大切なひとへの心配が、こんなにも重く苦しいものだなんて、ティラータは知らなかった。相手が最も守りたい存在だからこそ、不安は尽きない。

 ──日頃、アーシャもまた、同じように自分を案じているのだろうか。ティラータは初めて知るその感覚に戸惑う。


「陛下、もうひとつお願い致したいのですが」


 苦渋に満ちたフェイゼルが、国王ミヒャエルに懇願する。


「申してみよ」


 フェイゼルは深く礼を取ると、あえてアシャナが触れずに誤魔化した事について口にした。


「西の森の警護についてでございます。ティラータ・レダが謹慎となりますと、西の森しいては魔法障壁の守りが手薄となります。ここは、我ら騎兵隊にその任をお任せいただきたいのです」


 ティラータひとりで入っていた森に、騎兵隊が踏み入れる。それはティラータにとって、実は最も避けたい事態だ。

 ティラータの不在時に、細工をされては手の打ちようが無い。


「陛下……」


 ついティラータが遮る。


「黙れ、無礼者。陛下のお言葉を遮るなど」

「よい、フェイゼル。ティラータもだ……」


 ティラータは我に返り、口を噤む。


「西の森へは、限られた時間のみ、しばらくはフェイゼルに任せよう。だが、あそこは危険な森だ。狼が多く住み着いて来る者を拒む。そうだね、ティラータ?」


 ミヒャエル王の言葉に、訝しく思いながらもティラータは頷く。


「何か危険があれば、すぐにでも騎兵隊は引かせる。それで良いな?」


 フェイゼルにそう言って、限定的ながらも王は騎兵隊が西の森へ入ることを許可した。

 ──狼。

 ティラータは、西の森で会った黒い大きな狼を思い出す。そしてその主たる男のことも。

 ──陛下は、あの男と繋がりがあるのだろうか。

 ミヒャエル王と剣匠ベクシーが古くからの友であることを考えると、ここ最近のシリウスの出現について、王とベクシーが係わっているとしても不思議ではないと、ティラータは気付く。

 ならば、王は何か策があって騎兵隊の立ち入りを許可したのだろう。


 結局、ティラータは罪に問われることはなく、嫌疑を解かれた。

 アシャナは議員に淑女らしく一礼し、ティラータを促して議事堂を退室させる。

 ホッとして浮き足立つ心を押さえつつ、議事堂を出ようとしたそのとき──


「次の審議に入る……魔術師団次官アレルヤ・オズマ、入れ」


 ティラータは冷や水を浴びせられたような気持ちで振り返る。


「まてっ……」

 

しかし、目の前で無情にも重厚な扉が、大きな音を立てて閉められる。

 ──何故、オズマ殿が?

 ティラータは言葉なくアシャナを振り返る

 アシャナは黙って首を横に振る。


「そんな……どうしてオズマ殿が?」

「ティラータ、ごめんなさい。私にはあなた一人しか助けられる術がないの」


 アシャナは申し訳なさそうに、ティラータの手を取る。


「じゃあ、オズマ殿は……」

「大丈夫、あなたを無罪としておいて彼女だけ有罪にはできないわ。でも、別件を言われたらどうにも……でもねそのためにヨーゼルが来てるのだから、きっと悪いようにはならないわ」


 ティラータはそのアシャナの物言いに、首を捻る。


「別件?」


 アシャナが複雑な表情になる。

 ひとつ溜息をついてから、口を開く。


「あのね、障壁の件で捕らえた捕虜に対しての、その……無許可の拷問というか」


 それを聞いて、ティラータが天井を仰いで溜息をつく。


「……そうか、それで」


 ──これが、ヨーゼル師の言っていた『隙』か。

 オズマが拘束されるのは、こちらにとってかなりの痛手だ。

 障壁に穴を開けた魔術の解析は、オズマほどの者でなければ出来ないと聞いている。解析がすすめば対策もいろいろ講じられるはずだった。

 ティラータは祈るような気持ちで、固く閉ざされた議事堂を睨む。

 これ以上、この国を乱そうとする者の好きにさせるものかと決意を新たに──。


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