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炮封の黄金獅子(レグルス)  作者: 小津 カヲル
第二章 女神ファラの豊穣祭
27/63

剣と百合と、すみれと茨 3

 中央の宣誓台を囲むように、内側を向いて居並ぶ貴族議員席。

 その中央は空き、一段上がって国王が座す。王の背後には近衛隊長が控え、守りを固める。

 王の左右それぞれ十席ずつに、絢爛豪華な衣装を身に纏い、肥え飾り立てられた貴族の当主たちが不遜な態度で中央のティラータを見下ろしていた。

 中には空席も見られる。王の左手すぐは王弟殿下アレス公の席だが、主不在のままだ。そしてその中ほどにも一席空いている。

 国王の背後には鮮やかなステンドグラスがあしらわれ、そこから入る光が、罪人のごとく中央に立たされたティラータを照らす。

 だがその当人は罪人となるつもりなど微塵もなく、背を伸ばし真っ直ぐ前を見据える。その姿は堂々として、貴族の年老いた当主たちにはない若い力をみなぎらせているように見える。

 国王のすぐ右手側の席が、議長であるユモレスク伯爵。その議長が立ち上がる。


「それでは、今日の審議を始めさせていただきます」


 そう言って国王に一礼すると、ユモレスク伯爵は貴族議員の面々に向き直る。


「本日は、我がイーリアスの名誉ある剣術師範長を務める、ティラータ・レダの国家反逆の疑いについて、皆様にご判断願います」


 僅か二十名にも満たない貴族議員たちが、一斉にざわめく。その反応は様々で、ほうっと面白がる者、黙ってやりすごす者。だが多くは悪意に満ちた笑いが、表情に見てとれる。


「詳細は私から──」


 貴族議員の末席についていた騎兵隊長、フェイゼル伯爵が立ち上がる。


「先程、皆様もお気づきでしょうが、貧民街で起きた爆発事件においてこのティラータ・レダが、大きく係わっていた事が分かりました。現地では、死者も出ております。怪我人も多数──。この者が現場に居合わせたことを、調査に向かった魔術師や近衛の者のみならず、民衆も目撃しております。しかしその様な危険な場所に遭遇しておきながら怪我すらないとは、些か不自然と言わざるを得ない。以上のことから、これら危険な爆発を引き起こしたのは、このティラータ・レダと考えられるでしょう。あのような惨事を引き起こすなどと、罪なき民、ひいては国家に対する反逆の意があると断じるに足ると思われます」


 フェイゼルがひと息ついたところで、議長であるユモレスク伯爵が発言する。


「それだけかね、他には?」

「はい、残念ながら他にも余罪が……」


 ──茶番だ。内心毒づくしかないティラータだった。

 ユモレスク伯とフェイゼル騎兵隊長は、いわば師弟ともいえる立場である。同じ伯爵位をもつ二人は古くから親交があり、親子ほどに離れたフェイゼルを、ユモレスクが何かと指導し取り立てていることは、王宮に足を運ぶ者で知らぬ者などいない。

 芝居のような決まりきったやり取りに、ティラータは辟易する。

 だが、一字一句聞き漏らさぬよう、萎える心を奮い立たせて集中する。彼らの真の狙いを、言葉の端々から少しでも読み取りたい。

 一見何の動揺も見せないティラータを、フェイゼルは冷たく見据えつつ、言葉を続ける。


「先日、西の森にて魔法障壁を打ち破り、傭兵まがいの賊が入り込みました」


 その言葉に、ざわりと義堂内の空気が揺れる。


「魔法障壁を破ったと……? いったいどういうことだ?」


 ほとんどの貴族議員たちが知らされてなかった事実に、困惑している。


「これがどういう事態なのか……それはこちらに居られる議員の皆様ならよくお分かりでしょう。我が国がかつて経験したことのない危機です。こんな事態を放っておけば、この国は、イーリアスの尊い民はただでは済みません。この『地上の楽園』『至高の宝』と謳われたイーリアスの、存亡の危機でありましょう」


 その言葉を受け騒然とする中、議長が再び立ち上がる。


「皆様、ご静粛に──」


 議長ユモレスク伯は、黙って成り行きを見守るミヒャエル王を振り返る。


「畏れながら陛下……今の報告は事実でございましょうか」


 王の返答を、全ての貴族議員たちが固唾を呑んで待つ。

 深く玉座に座った王は、重い口を開く。


「事実である」


 瞬間に、議堂内は再び騒然となる。

 互いに顔を見合わせ驚きを口にする議員たちを、ティラータは観察する。

 青ざめる者、ただ大げさに仰天するだけの者、怒りを顕にする者──。しかし、ティラータはある一点で目を止める。

 薄く口元を弛めるフェイゼルに。


「ご静粛に」


 議長のひと声で、しんと静まり返る。

 その反応ひとつで、その場での彼ユモレスク伯爵の立場が窺える。その場ではとりたてて発言しない国王を押しのけ、場を制しているのは、紛れもなくユモレスクその人だった。


「今ここで騒いでも詮無きこと。まずは真実をよく知らねばなりません、審議を始めましょう」


 ユモレスクの目は、猛禽類のごとく鋭く光る。


「さて、ティラータ・レダ。そのほうは剣術師範長という任に就き、陛下ならびに姫の信をいただいておる……あまつさえ名誉ある西の森の守護者でありながら不法な侵入者を許し、その責を問われず放置し、更に今日のような騒動を巻き起こした。これが事実であるならば、忌々しきことである。……異議があるなら、申し開きをしてみせよ」


 ──ひとつ、息を吐き心を落ち着かせる。

 ティラータは真っ直ぐ立ち、初めて口を開く。


「異議を申し上げます」


 凛と響くその声は、怯むことなく議場の隅々まで通った。

 しかし、ティラータが次の言葉を綴ろうとしたその時、議事堂の扉が開いた。

 一斉に向けられた視線の先にいたのは。


「ヨーゼル殿……なんとこれは珍しい」


 つぶやくユモレスクの顔には、苦い色が浮かぶ。

 注目の中、白く長い髭と眉毛を揺らしながら、魔術師の好むマントを手繰り寄せ、空いていた中ほどの席へ移動する。。

 袖から見えるしわがれた指は、杖の上に乗せられ落ち着いたようだ。


「ほれ、ワシに構わず、すすめて構わんよ」


 まるで茶でも飲みにきたかのような気楽さでそう言うと、老人は何事もなかったかのように椅子に収まった。

 彼は、国家魔術師団を束ねる魔術師団長官。つまり、オズマの上司だ。

 今でこそ隠居魔術師かのような身分に収まってはいるが、その出自は子爵にあたる。先代の幼少時からの重鎮として、貴族の一人として議会にも名を連ねていた。

 しかし御年八十を迎え、ここ最近はめったに議会に出てくることは無かったはずだ。その思いは皆同じなのか、白い老人から目を離せずにいた。

 ティラータもまた、魔術師団の重鎮、ヨーゼル師の思惑が気になる。

 つい先日偶然顔を合わせたこと、今日の突然の来訪といい、ティラータには彼ヨーゼル師がほんの気まぐれを起こしてやって来たとは、到底思えない。

 そして、彼が既に呆け始めたなどという噂も、ティラータにはやはり信じがたかった。


「ほほ、どうしたかの? 確かそこの剣士殿の、陳述を始めておったのじゃろう、ほれ、続けんかい」


 目にかかる長い眉毛を揺らすヨーゼル師に促され、ティラータは頷く。


「……まず、国家反逆の意は無いことを誓います。先日、魔法障壁に細工をし、穴を開けた実行犯は私ではありません。その主だった者は、元騎兵隊員を名乗る者であることを、先程貧民街で突き止めました。しかしながら、ご存知の通り、その者の仲間である魔術師が魔術を暴走させた為、取り逃がしました。一連の事件を未然に防げず、犯人を取り逃がした責は負いますが、決して私がこれらに加担していないことを、ご理解いただきたい」


 ティラータの言葉に、議事堂の空気が動く。


「ほほ、()騎兵隊員と……どうじゃなフェイゼル殿、そのような人物に心当たりありますかな?」


 早速口を挟んだヨーゼルの問いを受け、議員、そしてティラータ、成り行きを見守る国王もフェイゼルに注目する。

 その重々しい雰囲気の中、悠然と立ち上がりフェイゼルは答える。


「我が騎兵隊に、そのような不埒者はおりませぬ。たとえ過去に在籍していた者とて同じ。それにこの者(ティラータ)の言う事が真実と、誰が証明できましょう」


 貴族議員の中には、その言葉で露骨な安堵の表情をする者までいる。

 それはそうだろう、とティラータは苦笑する。

 騎兵隊は、彼ら貴族議員の指示で動くいわば身内だ。そこから反逆者を出したとなれば、議会も責任を負うことを免れない。場合によっては、その発言権も失うことになる。


「ティラータ・レダよ、フェイゼルはそう申しておる。が、そなたの言う元騎兵隊員とはどこの誰だ。まさか名も知らぬとは言わせぬ、申してみよ」


 議長であるユモレスクは当然、フェイゼルの言い分を疑うことは無い。


「本人は『ジン』と名乗りました。それが本名なのかそうでないのか分かりません、それを調べる間もなくこちらへ参りましたので」


 ティラータは宣誓台に立ち、一度も視線を俯かせることなく淡々と答えている。それがまた貴族たちの反感を買うことは重々承知している。

 だが、ティラータには彼らに媚へつらう必要などないと思っている。彼らに迎合して己の見た事象を偽ることは、彼女の矜持に背く。それは剣聖という正義を根底から覆すことだ。自分ひとりの個人的な事情で事実を偽れば、全ての剣聖たちの存在が危うくなり、それによって定められた正義もまた保てなくなる。

 この国での立場を多少悪くしたとしても、今更だと心の中で毒づく。

 それに彼らにティラータを止めることなど、はなから出来はしないのだから。

 ──何故なら

 突然議事堂の扉が再び開き、一斉に皆が注目する。

 そこには、春風のような爽やかさを伴い、強く艶やかなすみれ色の瞳を輝かせた、黒髪の女性が立っていた。


「アシャナ姫?」


 突然の姫の来訪に一同が声を失った中、アシャナ姫は華麗に一礼すると、その愛らしい顔を上げ微笑んだ。


「わたくしの盟約の剣士を、断りも無く呼び立てるとはどういう事ですの?」


 鈴の鳴るような可憐な声にはたしかに威厳が漂い、普段の愛くるしい姫は鳴りを潜め、彼女こそが女王であるかのように錯覚する。

 コツコツと議事堂を進み、ティラータの横をすぎる。議員たちの中央まで来ると、アシャナは円を描くように座る議員たちを見回す。


「彼女は、このわたくしと血の盟約を交わし忠誠を誓う、わたくしのための剣士、イーリアスではありません。彼女の行動は、全てわたくしの意志と考えてくださって結構です。そしてお忘れのようですが」


 アシャナは議長を鋭い目で見つめる。


「彼女は七剣聖がひとり、黄金の獅子(レグルス)です。その意味、高尚な皆様方にならわたくしの言わんとするところ、お分かりですね?」


 固唾を呑むティラータをよそに毅然と立つアシャナ姫は、その場の全てを威圧する存在に見えた。


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