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炮封の黄金獅子(レグルス)  作者: 小津 カヲル
第二章 女神ファラの豊穣祭
25/63

剣と百合と、すみれと茨 1

 魔術の暴発を逃れ、地下から上がってみたティラータは、よくも生きていたものだと改めて思った。

 一階居間だったと思われる床は、真っ黒に炭化していた。そして見上げればそこにある筈の天井がまるで無く、よく晴れた青空が広がっている。

 呆然と周りを見回していると、見知った顔が駆け寄ってくる。

 なんとなく考えるより先に、回れ右したティラータ。続いて地下から上がってきたオズマの影に隠れる。


「無事ですか、レグルス?」


 心配顔のボルドだった。

 ティラータはこの男の、この表情(かお)が非常に苦手だ。


「一応、なんともない」


 苦笑いで受け答えるその姿は、全身ススだらけだったが、どこも怪我がないのが見てとれたのか、ボルドは大きな溜息をつく。


「……で、なんで隠れるんですか?」

「つい、条件反射で」


 間に挟まれ、訳が分からずおたおたするオズマが助けを請う。

 ふと遠まきにざわめく、兵に追い払われる野次馬たちに目を向ける。

 ボルドとティラータもそちらを見ると、ざわざわと人々がこちらを注目しているのに気付いた。


「……また、あの女だ」

「なんで、あいつが」

「まさか……」

「よく見ろ、あいつの姿! どう見てもあの中にいたんだ」

「じゃあ、やっぱり……」

「まったく、疫病神だな」

「あいつのせいで」

「蛮族が」

「……」


 ひそひそと不穏な空気が流れ始めたのを、そこにいた兵と魔術師団も肌で感じとる。

 すっと、ボルドが動く。

 側の兵にいくつかそっと指示を出すと、自らは様子を窺っていた民の前に立つ。


「静まれ!」


 良く通るその声に、人々がハッとして息を呑む。


「私は王宮近衛隊副隊長、ランカス・ボルドだ。この度の件は、近辺に潜伏していた魔術師が違法に起こした魔術の暴発である。主犯の魔術師の情報を求めている。皆に協力を願う。この家にいた者について見知っていることがあれば、兵に伝えてくれ」


 ボルドの言葉が途切れると、再び人々がざわめく。一般人に魔術の仕組みは分からないが、これで惨状を引き起こしたのが、ティラータではなく魔術師と断定された。この事実が近衛副隊長の口から出たものならば、今ここにいる誰にも否定することはできない。


「それから──」


 再び人々が静まる。


「陛下から、怪我人の救護を仰せつかっている。怪我のある者は、遠慮なく申し出てもらいたい。そして、関係のないものは速やかにこの場を立ち去ること……以上だ!」


 ボルドは言葉をまとめると、反論は許さぬといった体で、早々に人々に背を向けティラータたちのもとに戻ってきた。


「事後処理は陛下から任せられています。いったい何が起きたのか説明してもらいますよ」


 ティラータはここで何が起きたのか、おおまかではあったがボルドとオズマに話す。

 オズマが指摘した通り、ここに潜伏する魔術師が手を貸していることが明らかになったが、結局魔術師とジンの両方を取り逃がしている。その上、街に甚大な被害を出してしまった。

 ティラータが話をすすめるうちに、ボルドの眉間にシワが寄ったり、溜息をついたりと少々煩わしかったが全てを伝え終わる。


「……というわけだから、早急に元騎兵隊員のジンと名乗る男の捜索手配を頼む。どういう輩なのか、背後を調べて交遊関係も洗え」


 ティラータの言葉に、魔術師オズマが首を捻る。


「どうした?」

「と、取り込むのは、無理でしょうか」


 オズマの言葉に内心どきりとしながら、ティラータは実際にジンを取り込もうとしたことを話していなかったことに気付く。


「実は私もそれは考えたが、腕は立つだろうが性格に難アリだしどう出るかわからない。今回は逃がしたわけだが……」


 ティラータは苦笑いを浮かべつつ、なんとなく誤魔化す。


「それに本人にも言ったが、次は無い」


 その言葉に、ボルドも頷く。そしてボルドは散らばり始めた野次馬を見渡す。


「では、あとは魔術師団に任せてわれわれは怪我人の救護と、現場整理か」



 ふと、ティラータは屋敷内に横たわる、布が掛けられた遺体に目がいく。


「……助けられなかったか」


 布の端からはみ出た、黒くこげた手足が数人分見える。逃げろと伝えたが、間に合わなかったのだろう。

 痛ましい遺体を前に、そう言って取り繕わねばボルドとて平静を保てなかったのかもしれない。それ程に今回の魔術は熾烈を極めていたのだ。


「一瞬で炭になったのなら、さほど苦しまなかったでしょう」

「できる限り、彼らの身元を捜してやってくれ。恐らく雇われた者だろうとは思うが……もうここに手がかりはない。城へ戻ろう」


 オズマは頷く。


「ここ、この術式はトレース済みです。あとは、み、皆が痕跡を消せば、私たちの出番はなな無いかと」

 ボルドもまた兵達に指示を出しす。救護所と現場の保存のための見張り、そして街の巡回兵の手配を終えて城へ戻ることにした。


 ティラータは愛馬ブランシスと剣を回収し、魔術次官のオズマと近衛副隊長ボルドと共に、イーリアス城へ戻ってきていた。

 ティラータが貧民街で得た情報を、早急に国王に報告せねばならない。そして対策を立て一刻も早く動き出さねば再び先手を取られかねない。

 城門をくぐろうとした所で、三人は物々しい一団に出迎えられた。

 それははた目にも歓迎されているとは言いがたい、雰囲気を醸し出している。

 ティラータは目を細め、ボルドとオズマは息を呑む。

 白地に金と銀の刺繍が眩しい、きらびやかな騎士服に身をつつみ、長く垂れたマントが目立つ。そのマントと隊服の胸には、イーリアスの紋章と共に、交わる双剣と百合の紋章が光る。

 そろいの一団の中から、中央の壮年の男性が一歩前へ出る。

 その男は銀に近い輝く金髪で、背が高い。神経質そうな顔立ちが、その整った美しさを際立たせ、年齢を感じさせない精悍さと近寄りがたい気品を生んでいる。

 ティラータには別の意味で、近寄りたくない相手だった。


「私に何か? アレク・フェイゼル騎兵隊隊長殿」


 真っ直ぐ見返しティラータが口を開くと、彼の隣にいた男が睨みつけながら叱責する。


「控えよ! 身分の卑しい者が、許しも無く先に発言するとは何事だ!」


 そう言った同じく白い鎧の男を、フェイゼルが片手を上げて制する。


「よい、今さらこの獣に礼節もなにもなかろう」


 高慢な白い一団が、揃って鼻であざ笑う気配に気付いたが、ティラータはあえて無視する。

 それに耐えられず口出ししたのは、拳を握りしめいつになく厳しい顔のボルドだった。


「フェイゼル殿、ご用件は何ですか」

「お前か、ボルド卿の息子よ。まだそこ(・・)におったか。いつまでもそのままでは、今は亡き侯爵も泣いておられよう。早く目を覚ますのだな」


 フェイゼルはボルドにも厳しい口調だったが、そこにはティラータに向けられたような蔑みは見えなかった。

 フェイゼル騎兵隊隊長は、この国でも指折りの家名を誇る伯爵だ。貴族議会を支持しており、当然選民意識の塊ともいえ、元来ティラータへの格別の待遇を快く思わない人間のひとりだ。いや、先鋒ともいえる。

 さて、とティラータに向き直ったフェイゼルの顔には、既に表情は無い。


「貴様には一緒に来てもらう。このたびの件で、議会は貴様を国家反逆の疑いで議題にかける」

「なっ……!」


 声を上げたのはボルドだった。オズマも大きな目をこぼれんばかりに見開いて固まっている。

 一方ティラータは、無表情でその言葉を受けている。


「何故ですか?」

「何故? その疑問こそ我らは問いたい。今度の騒動の渦中にいるのは、いったい誰だ?」


 それは違う──と叫びたかったボルドだが、それはできない。事の始まりである魔法障壁での事件を、陛下が内々で収めた以上、滅多なことは口にしてはならない。


「疑いがあるのなら晴らすまでだ。私にやましい事はない。議会にでも何にでもかければいい……議会の迅速な行動力には、感心させられるがな」


 静かに返すティラータの言葉で、ボルドもまた冷静さを取り戻した。そしてこれが騎兵隊の保身ゆえの行動ではないかと気付く。


「分かりました。では、私たちは引き下がります」

「では早々に行くぞ」


 頷くティラータを中心に、四方を囲む形で騎兵隊員が配置され、先頭にはフェイゼルが立つ。まるで罪人を連行するかのような有様だ。

 ボルドは苦々しい思いでそれを見送る。


「……あ、あの行かせてしまって、よ、よろしかったのでしょうか」


 オズマがようやく発した言葉に、ボルドは頷く。


「議会の要請は、彼女とて断れません。ですがこれは少々調べる必要があるかもしれませんよ」

「ボルド殿?」


 ──早い。ティラータが指摘した通り、対応が早すぎる。いくら元騎兵隊員が係わっていたとしても、議会まで動くとは。

 ティラータを見送って、二人は指示を仰ぐべくカナン近衛隊長の下へと急いだ。


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