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炮封の黄金獅子(レグルス)  作者: 小津 カヲル
第二章 女神ファラの豊穣祭
23/63

執着 1

 不気味に立ち上がった黒煙は既に収まり、今はかすかに煙る白煙が辺りを覆う。

 だが、貧民街はいまだ騒然としていた。爆発が起こって逃げ出す者、何事かと様子をうかがう野次馬などでごった返す。

 被害は黒煙が上がった一軒と、その周囲数件が爆風でなぎ倒されていたが、凄まじい音と地響きの割には被害は局地的なものであった。しかし巻き込まれた者がいないわけではなく、多数の怪我人が出て、ざわめきの中にも呻きや嗚咽が混ざる。

 そして爆発の中心であった家屋の状態は格段に凄まじく、えぐれたような屋敷の中心はぽっかりと天井に穴が空き、黒焦げの瓦礫が放射状に散乱する。

 まだあちこちで熱がくすぶっているので、野次馬といえど近寄れないのが現状であり、人々はその見たこともない状況を、ただただ遠巻きに眺めるしかできなかった。


「とんだ隠し玉を持ってやがる。おい、そっちは大丈夫か?」


 ジンは連れの男に声をかけながら、真っ暗な中ようやくランプを探り当て、火を入れる。

 ぼう、と明かりが灯り、連れの男が青い顔をして座り込んでいるのが目に入り、チッと舌打ちする。


「しっかりしろ、これくらいでビビるな! で、あの女はどこだ?」

「……女?」


 虚ろに顔を上げはっきりとしない様子で聞き返してくる男にジンは、使えない奴と溜息をつく。


「あの魔術師だ。まさか自滅なんてありえねぇだろ。自分の術にやられた魔術師なんて聞いたことねぇ! 恐らく奴もどさくさに紛れてこの地下道に逃げ込んでるはずだ」


 ジンはランプをかざして、キョロキョロと辺りを見回す。

 幾度か使ったことがあるが、狭くて地下ということから方向が分かりにくくて厄介だ。じめじめと水が垂れそうな狭い地下道は、上にあった屋敷とつながっていた。はるか昔に使われていた貯蔵庫のようだが、そこから地下道が延び、少し離れた場所に出入り口が作られている。

 ここに住み着いた魔術師が発見し、魔術の研究と実験のために利用していた。

 狭い地下道に、小石が跳ねる音が反響する。


「あっちか、おい行くぞ」


 ジンは連れを促し音のした方へ歩く。暗がりをランプひとつで進むが、連れがヨタヨタとふらつき苛立つ。


「おい気を抜くなよ、あのレグルスが簡単にやられるわけない。殺られたくなけりゃ、周りを警戒しとけ」

「レグルス? あんな中で生きてるわけないだろ!」


 信じられない、何を言っているんだと言わんばかりの連れを、ジンは鼻で笑う。

 ──だからお前は使えないんだよ、いつまでたっても。


「だといいがな」


 確かにあの凄まじい黒炎の中、普通なら生きてはいまい。

 事実、この地下道が地上の焼かれた熱で、普段よりかなり蒸し暑くなっている程の威力だったのだ。


「……退屈させんなよ?」


 クククとジンは笑いを堪えられない。もしあれで生き残っているとしたら、これほど面白いことはない。

 ジンの意味不明な笑みに、仲間の男は訝しみながらも口数少なくついて行く。もう何も起こらず、ただここを脱出することのみを考えて。

 ようやく狭い入口を見つけ、地下道は少し開けた場所へと出た。

 そこは魔術による明かりが灯り、ほんのりと明るい。それでも物陰などは目を凝らさねばはっきりと見えず、ジンはランプをかざしながら辺りを見回す。

 すると部屋の一角に、崩れた瓦礫が積みあがっている。

 そこに歩みより、天井を仰ぎ見てヒュゥと口笛を鳴らす。


「ホント、たまんねぇな」


 ニヤリと笑うと、足元の大きな瓦礫をいくつか除ける。

 中から鮮やかな金の髪が見えた。


「おい、こっちに来てくれジン!」


 他を探索していた男が、後ろから声を上げる。


「……ああ、今行く」


 瓦礫の山を一瞥し、ジンはその場を離れた。


「どうした?」


 ジンが男の元へ駆けつけると、そこには肉の塊と化した哀れな子供と、倒れ伏した女魔術師がいた。被っていたフードを除けると、青白い顔をしてはいたが、確かに女は生きていた。

 倒れている床には、かすかに魔方陣の跡が見える。

 ジンの読んだ通り、術の発動後、予め用意されてあった転移魔法陣に飛んだのだろう。


「……用意のいいこった」

「どうする、抱えて脱出するしかないか?」


 どうにもビクつきはじめた仲間に、ジンは鼻白む。


「それしかないだろ。お前はこいつ背負って行けよ、俺は……」


 舌なめずりしながら、瓦礫の山を見るその目はまるで、獲物を狙う獣の眼だった。



 土埃で咳き込むと身体が動かず、とても狭い場所に押し込められているのに気がつく。

 ティラータが目をあけると、そこは薄暗い室内だった。

 手足に力を入れ、レンガと石を払いのける。どうにか足を引き抜き、首を上げたところでティラータは全身を緊張させる。


「よお、無事ですんでなによりだ」


 その声でティラータははっきりと覚醒し、己の置かれた、多少よろしくない状況がのみこめた。

 ──そうか、確か黒炎の魔術から逃れるため、一か八かで地下へ逃れたのだっけ。

 ジンという男が、ティラータを見下ろす。その顔は、ティラータから見ても至極楽しそうだ。


「いいなあ、お前。ますます嬉しくさせてくれる……石も斬れるのか?」


 ジンは払いのけた瓦礫を足で裏返すと、そこには崩れたものとは違う、鋭利な切り口が見える。そしてチラリと天井を見ると、そこにも鋭利に切り取られたような一辺が残されている。


「床に穴を開けたうえに、壁をフタ代わりにして閉じたか……この目で見るまで信じちゃいなかったが、剣聖ってやつはまさに人外だな。もしかして石だけじゃなく、鉄も斬れるとか言わねえよな?」

 

くくくっと笑いながら、ティラータに剣を向ける。

 ティラータは黙ってその剣先を承知で身体を起こし、土埃を払う。


「斬れる。あんななまくら(・・・・)でなければだが」


 ティラータは、ジンという男を改めて観察する。


「ほう、あんな細身の剣でか? さすが、かの剣匠ベクシーのこしらえだ」


 ピクリとティラータの頬が反応し、薄闇に光る瞳孔が細くなる。

 この世に一振りしかないであろうあの剣を、この男は知っている。ティラータは警戒する。今日は手元にないあの剣ほど、風変わりなものはない。片刃で細身とは知られているだろうが、見たことのないものには想像しづらいはず。世間での主流はティラータの剣の五割り増しの太さはある両刃だ。そして、城でもみだりに抜いたことはない。


「お前……何者だ?」

「俺はジン。そう言っただろ。お前の知ってるとおり、騎兵隊のほんの下っ端だ。ティラータ・レダ?」


 ティラータは黙ってジンを睨む。

 目の前の男の目的が分からない。せっかくあの魔術から逃れ、追っ手であるティラータも動けなかったのだ。なぜここに留まり、わざわざ──

 ハッとして男の周囲に眼をこらす。


「魔術師を逃がしたのか」


 ティラータの問いに、ジンは肩をすくめる。


「ま、結果的にそうなったな。使えない役立たずは邪魔なだけだし。それに、俺はお前に興味があるんだよ、ティラータ・レダ。お前は面白れぇからなぁ」


 ジンの表情が次第に恍惚としてゆく。それを見てティラータはぞくりとした。


「他の連中の目的は、ま、色々だ。国を憎むやつ、王を呪うやつ、この嘘くさい楽園とやらを毛嫌いするやつ、単純に金が欲しいやつ……俺は、お前に決めた」


 楽しそうに眼を細めながら、ジンはティラータの左腕に剣を向ける。


「いいねぇ、俺がつけたその傷、その毒。思い出すだけでゾクゾクしてくる」


 ──あの矢を放ったのは、この男か。なるほど、とティラータは妙に納得する。騎兵隊に所属していたこいつなら、逃げ切れるだろうと。

 ティラータが淡々と問う。


「私を殺したかったのか? 憎いのは私か、それとも私の立場か」

「他の奴らと一緒にするな。お前を殺したいのも、憎らしいのも、他の誰かのことだ。俺はただ、お前相手に楽しめりゃそれでいいんだよ」


 ──執着、か。

 ティラータは呆れたように男を見た。


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