表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
炮封の黄金獅子(レグルス)  作者: 小津 カヲル
第二章 女神ファラの豊穣祭
21/63

背徳の魔術師 1

 ユーリス・ベクシーの屋敷から戻る途中、ティラータは城下の貧民街に差し掛かったところで、愛馬ブランシスを降りた。

 馬連れでは目立ちすぎるため、一時預けることとする。荷運びを請け負う街の馬屋に行けば、僅かな手数料で馬を預けられるのだ。

 フードを目深く被り、商人や旅人に交じって目立つ長剣と馬を預けると、人ごみに紛れて貧民街へ入っていった。

 人通りもまばらな旧市街には、様々な者達が流れ込んでくる。

 その中には、かなり怪しい商売をする者に紛れて、タチの悪い魔術師たちも独自のコミュニティを形成していた。こうした状況はまだ一般の者にはあまり知られていないが、蛇の道は蛇。噂を聞きつけた訳ありの者がこれら魔術師を雇うことで、更に問題を根深いものにしていた。

 ティラータが身を潜めながらやって来たのは、それら魔術師たちが隠れ住む一帯と思しき地域だ。

 白い石とレンガ造りの壁は、貧しくて修繕が行き届かず、崩れている箇所がいやに目に付く。

 ティラータは息を殺して歩を進める。


 魔術師が関わらなければ、魔法障壁を打ち消すことなど不可能。それも禁忌(タブー)を犯したことのある者だ。でなければこの術式はでてこない──。それがこの国最高の実力をもつ魔術師、オズマの言葉だ。


 ふいに気になる気配を感じ、ティラータは壁伝いに身を潜める。

 近くを通る二人連れを壁越しに見た、ティラータの眼が鋭く光る。

 考えるより前に、身体が動いていた。

 気配を殺して跡をつける。相手の顔も服装は深いフードと膝下まで長い外套で、何ひとつ手がかりになるような特徴を見て取ることができなかった。

 そのような姿の者は、ここでは決して少なくない。一見してどこにも目立つ様子も不審な動きも見られない。

 だが、本能が告げる。

 見逃すな──と。

 歩を進めると、更に中心街とは離れ、より荒れた街並みになる。ゴミが散乱し、物乞いが道端に寝転がっている。

 行き交う人々はいるが、どれも周りには目もくれず、フードやマントを被り、そそくさと目立たぬようにすれ違う。それらの人の動きを見ていて、やはり自分の本能が正しかったのに気付く。

 やはり違うな、とティラータはほくそ笑む。

 追いかける前方の男二人の内ひとりは、レイチェルが言っていた騎兵隊の男であろうと確信する。ほんの僅かだが、身体の使い方や足の捌きかたひとつで、相当に鍛錬された者であることが伺い知れる。

 男たちは廃墟のような建物の前で止まり、あたりを見回してから素早くその中へ入っていった。

 ティラータもまた、周囲の気配に気を配りながら、その建物に近づく。

 他の入口となりそうな所を探して、出来れば中に侵入したい。

 男たちの入った入口はどうやら本来は裏口らしく、ひと気が無い。反対側に回ると間口の大きい扉が見えたが、そこには浮浪者らしき姿の男がひとり、ふたり。恐らく街の住人を装った見張りだろう。

 となると他にも居そうだと、周囲全ての者に警戒すべきと判断し、息をひそめる。

 ティラータは比較的ひと気の少ない位置につけ、小石を拾う。それを見張りと思わしき者たちにむけて投げつける。

 カチンカチンと小石がはぜる音に、人の気配が向くのを感じとり、その隙に崩れかけた壁に足をかけ、一気に穴の空いた二階部分に入り込んだ。

 ふう、とひと息つき、すぐに室内に気を配る。

 誰もいない──ということは、ここはアジトではないということか。

 ティラータは階段を探すべく、廊下に出る。壁伝いに行くと人の気配を感じて、とっさに脇の部屋に潜り込むと、かすかに声が聞こえてくる。

 石が敷き詰められた床は老朽化で割れ、いくつか隙間ができている。その僅かな隙間から階下の声が聞こえ、ティラータは床に吸い寄せられるようにして覗き込んだ。


「確かに穴は開いた。これを更に長時間保たせるよう、急いで次の石版を用意しろ」


 高圧的な物言いに、それなりの立場を担っているのであろうことが窺われる。男は目深に被ったフードを外し、床に胡坐をかいて座っているが顔は見えない。何故なら、顔半分が痛々しくも包帯で隠されている。

 その横にもうひとり男が、何かを小脇に抱えて控えている。


「あ、あれ以上のものとなると、石版がかなり大きくなって……」

「石版の大きさは抑え、威力は格段に強く。それ以外は不可だ」


 そういった男が脇に控える男に目配せすると、小さな悲鳴が上がる。

 ティラータからよく見えなかった男が抱えていたのは小さな少女で、どうやら魔術師の身内なのだろう。少女を抱えなおし、首を締め上げる姿が、今度ははっきり見えてティラータは息を詰める。


「やめて、娘を放して!」


 か細く震える声は、かすれているが女のもので、ティラータは顔をしかめる。


コレ(・・)が大事なら、答えは決まっている筈だろう」


 尚も傷を負った半顔の男が、冷たく詰め寄る。


「わ、わかったから娘を……」


 その返事にとりあえずは満足したのだろう。男たちが目配せし、幼子の首から腕が緩められたようだ。

 その様子にティラータもまた胸を撫で下ろし、さあどうしたものかと考えをめぐらせていた、その時。


「誰か、そこに居るのか?」


 ティラータの入り込んだ部屋の扉が開き、いかつい男が顔を出した。

 ──しまったと思うのと、見張りの男へ身構えるのは、ほぼ同時だった。

 大声で仲間を呼ばれる前に仕留めんと、ティラータは床を蹴る。

 咄嗟に剣を抜いて振り上げた大男の懐に入り、ティラータは素手で拳を打ち込む。

 一瞬咽こんだが、さすがに頭ひとつ分ほどもティラータより上回る男へ、一撃で何とかできるとは思っていない。流れる動作で、回し蹴りを怯んだ男の首筋に決めた。

 意外なほど完璧に急所に決まったことに、ティラータのほうがギョッとする。

 ──まずいかも。

 そう思う暇も無く、白目をむいた男が床に倒れこむのと、自分が着地するのがほぼ同時で、その衝撃をどうにも出来ず。

 ただでさえ崩れかけた床が、ガラガラと石がぶつかる音とともに、二人を巻き込んで一気に崩れ落ちた。

 狭い部屋のほんの一部が崩れ落ちたとはいえ、レンガと石造りの天井である。相当な重量となって、地響きとともに一階の床に降ってきた。

 咄嗟のことではあったが、一階に居合わせた者たちは飛び退き、事なきを得る。


「いったい、何なんだ?」


 包帯の男は、忌々しそうに埃から目鼻を守りつつ、土埃の中を警戒する。

 一方、何とか瓦礫を避けて着地したティラータは、土煙の向こうで先程から覗き見ていた連中の真っ只中に飛び込んでしまったことを知り、どうしたものかと思案中だ。

 こうなったからには、何かしら決着をつけないことにはいかないだろう。さしずめ今は魔術師と思しき女と、その囚われている身内の確保が優先されそうだ。


「きさまは……レグルス」


 どうやら、ティラータの事は承知しているようだ。

 ──この中で中核をなしているのが、包帯を顔に巻いたあの男か──と身構えつつティラータは観察する。

 あの右側の包帯の下には、ヴラドの爪あとが残されているのだろう。その横には相変わらず子供を抱えたままの男。

 バタバタと人の集まる気配にチラリと後ろを見ると、見張り役と屋内に待機していた仲間が三人、ティラータの目に入る。


「逃がすなよ、こいつはレグルスのティラータ・レダだ。幸い丸腰だ、勝機はある」


 護衛に雇われたのだろうか、その言葉に男達の目が鋭くなり、剣を抜いて身構える。

 ティラータはボスらしき包帯の男に目を戻し、口元に笑みをつくる。


「お前が、騎兵隊の消えた下っ端か?」


 確かに幸いだ。ここで捕らえることができれば、今回の事件に一定のカタがつく。


「俺を知っているのか?」

「いいや、知らん」


 きっぱりと言う。


「そんな様な者がいたと、聞いただけだ。顔も名も、存在すら私は知らん。なら都合が良い。どこの手の者かは知らぬまま、捕らえればよいだけ」


 ティラータの言葉に、男は無言のまま顔を赤らめ、激高しながら命じる。


「捕まえろ、だがまだ殺すなよ」

「殺すほどの覚悟で来ねば、私を捕らえることなど不可能だ」


 そう言うや、ティラータは足元の瓦礫を、真後ろの男めがけて蹴りつけた。


「……がっ」


 目元を狙ったそれは、かろうじて庇った腕で避けられたが、死角ができる。

 ティラータはそこを狙って足蹴りを喰らわせる。

 苦痛に顔を歪めさせつつ長剣を抜き、死に物狂いで振り下ろしてきたそれを、ティラータは身を引いて避ける。

 振り切られたその手元を手刀で叩けば、いとも簡単に長剣を落とす。

 それを手にとって、持ち主の首元に突きつける。


「うっ……」


 一瞬で男たちの優位は消え去った。


「死にたくなければ動くなよ。両刃は慣れていないから、手加減し損ねるかもしれないぞ?」


 軽く嘘を言って包帯男を振り向く。

 左右の見張りの二人は、剣を構え目線で指示を仰ぐようだ。


「そいつを見殺しにしても、時間稼ぎにはならないってか」

「投降しろ。今ならまだ公にされていない。素直に目的と後ろにいる主犯を言えば、交渉に応じてもらえよう」


 ティラータは、真っ直ぐ男を見る。


「主犯? 馬鹿げたことを言う。俺の名はジン。俺がボスだ覚えておけ」


 笑いながらそう言うと、おい、と横に居る男に指示を出す。

 ティラータに見せ付けるように脇に抱えていた幼子の顔を向けさせる。

 だが、ティラータは息を飲んだ。

 幼子は手足をだらりと脱力し、脇を抱えるように支えられている。長く淡い栗毛が、背の中ほどまで伸び、美しい人形のように巻いて波打っている。

 白い肌は透き通るようで、手足は下町のスラムに住むとは思えない程きれいで汚れていない。

 人形のように俯いて垂れそうな首を、男が顎をつかんで持ち上げるとそこには、まるで穴が開いて闇を覗くような、何の感情も含まない真っ黒な二つの瞳。

 ティラータはゾッとした。

 心の底から深い拒絶感をもって、その幼子を見る。


「……なんだ、ソレ(・・)は?」


 ずっと成り行きを見守っていた女が走り出す。


「アーリア、アーリア! 私の娘だ、返せ!」


 ジンはその女の髪を掴んで、強引に引き戻す。


「黙ってろ、女!」


 ボロを纏う女魔術師は床に打ちつけられようとも、人形のような我が子にすがって手を伸ばす。

 そんなやり取りを視界の端で感じつつも、ティラータの目は幼子からピクリとも離せずにいた。

 ──禁忌を、犯したのか?

 ティラータの背に、ゾワリと感じたことのない程の悪寒が走った。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ