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炮封の黄金獅子(レグルス)  作者: 小津 カヲル
第一章 忍び寄る影
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森での出会い 2

 森の管理人である少女、ティラータ・レダの眉間には、深い溝が刻まれたままだ。


「なぜこの森に入り込んだ? たとえお前が剣聖シリウスの位を持つ者だとしても、ここにいても良い理由にはならない」


 樹の枝葉の陰で急いで服を着つつ、ティラータはまくし立てる。

 だが返ってきたのは緊張感の欠片もない声だ。


「……そうだな、暇つぶしというか」

「ひっ、ひまつぶし?」


 大きな瞳を見開き、ティラータは呑気な声のする方を振り返る。

 この森がどのような意味を持つ場所なのか、この『シリウス』を名乗る男であればこそ、分からないはずはないのだ。

 西の森はイーリアス国王直轄の領地であることは、この国では物心ついた子供ですら知っている。なぜならここは……と、ティラータは木々の向こう、森の先を見上げた。

 零れ落ちそうなほど大きな新緑の瞳に、虹色に輝く、巨大な魔法のカーテンが写りこむ。


「そう怒るなよ。古い友人を訪ねたついでに、色々と初めてづくしなお前の顔でものぞいていこうかと思って」


 シリウスを名のる男は、ティラータの憤慨をさらりと躱し、何食わぬ顔で楠の根元に腰を下ろす。だが相変わらず口調にそぐわぬ強い気配を、男から感じていて、ティラータは警戒を解くことができずにいた。

 だが男の言い分も、ティラータには分からないでもなかった。

 ティラータ・レダはシリウスの言う通り、永く続く歴代剣聖の中で、異例中の異例とも言える存在だ。

 世界に七人しかいない、剣聖レグルスの地位に彼女が就いたのは一年半前、十六になってすぐの頃だ。史上最年少、そして女性として剣聖の地位までのぼりつめたのも初めてのことである。とはいえ『レグルス』を襲名して日も浅く、生まれ育ったイーリアス国から出ることのなかったティラータは、末だ全ての剣聖たちに会ったことはない。もちろん、目の前の男にもだ。


「くだらない。私にはこの容姿以外、とりたてて面白いことなど何もない。それにおまえにも、私はさして興味は無い。気が済んだのならとっとと帰れ」


 服を着こんで茂みを出れば、男はティラータを観察しているのは隠さなかった。

 美しく輝くような、通り名のごとく獅子を思わせる金の髪。そしてその金糸の中から時折顔を出すのは、ヒトにはない尖った耳。

 大きな新緑色の瞳の奥の瞳孔は、まるで猫科の獣のように光の加減で太さを変え、見る者を怯えさせる。

 この他に類を見ない容姿は、蛮族特有のものだ。森に住み森と共に暮らす、少数民族。優れた身体能力を持つ彼らは、森の狩人としてひっそりと生きていた。ヒトとは違う独自の言語を持ち、他と交流を持つことを嫌う。そして獣を思わせる容姿のせいもあり、彼らは『蛮族』と称され、その文化は低く野蛮なものであると、蔑みの対象となって久しい。

 だからこそ、シリウスの撫でるような視線の指し示す意味を、ティラータは嫌悪というよりも諦めとして受け取る。

 幼い頃から現在に至るまで、彼女に与えられた分類は蛮族であり、変わることはないだろう。たとえ剣聖となった今も、そしてこれからも。

 ヒトというにはあまりにも野生的で、獣と呼ぶにはいくらか迫力に欠けていることを自覚しているティラータ。たとえその血が半分しかなくとも、今まで充分ヒトからは弾かれて生きてきたのだから。

 だが、ティラータがふと気づけば男はもう何か別のことをしていた。


「……おい、お前はいったいそこで何を始めている?」


 一瞬のうちに気配を変えたシリウスが、人も話もそこそこに火をおこしている男がいるのだ。困惑するティラータ。

 その突拍子もない行動に、いつに無く自分のペースを乱されるティラータは、わずかだが苛立ちを覚える。


「何って……美味しそうだから。食うんだろう?」


 そう言って彼が視線を送るのは、足元に転がる魚だ。

 呆れて言葉も無いという表情で、ティラータはしばし立ち尽くすのだった。


 ──結局、何がどうしてそうなったのか。ティラータは大人しくシリウスの向かいに腰を下ろし、共に朝食にありつく羽目になっていた。

 困惑しながらも気を取り直したティラータは、火に小枝をくべつつ口火を切る。


「おまえの詳細だけは、剣匠であるベクシーから聞かされていない。シリウスが存在している、ということだけだ。ならば、お前はこの国の者ではないのだろう?」


 七剣聖と呼ばれてはいても、常に七人全てが揃っているわけではない。空位のある方が常の七剣聖のなかで、要となるアルクトゥルスだけは欠けることなく引き継がれる。その理由は、赤星アルクトゥルスは剣匠だからだ。

 剣聖の持つ剣は、全て当代の剣匠ユーリス・ベクシーの(こしら)えとなる。

 その剣匠(アルクトゥルス)のベクシーから、他の仲間の名は聞いているティラータ。だが通常称号を得た剣聖の名は、世間に公表されるのだ。それなのに、このシリウスの称号を与えられた男の名や素性は、なぜか全て伏せられたままだった。就任時期もはっきりしないとなれば、どこかの国にとって不都合がる存在なのではなかろうかと、憶測されていた。

 そんな経緯があったため、例えその身分を証明する唯一の証を見せられたあとだったとしても、この目の前で飄々と魚を食べる男に、ティラータの不信感は拭えなかった。


「美味いなこの魚」


 訊いた事には答える気がない様子のシリウスに、ティラータは呆れつつ再び観察するのだが、それだけでは彼の真意は窺い知ることはできなかった。

 仲間というには何かが足りない。だが顔すら知らなかったこの男の纏う気配は、常人のそれではない。隙が感じられなかったのだ。

 だがそれは、信用における人物なのかどうかといえば、全く別問題なのである。

 疑いを隠さないティラータに、シリウスを名乗る男は口角を上げる。


「お前の噂は聞いている、ティラータ・レダ。その年でイーリアス剣術師範長も、異例だろう」


 その言葉にティラータは眉を寄せる。


「お前と余計なおしゃべりをするつもりはない。目的を早く言え。私の事をそれだけ知っているのなら、尚更ここがどんな場所なのか知らぬ筈はなかろう。国王陛下の私有地であり、この国を庇護する魔法障壁の森だ」


 チラリと彼の後方に、ティラータは再び視線を移す。森の深緑を切り裂くように、虹色で半透明な光の波が、空高くゆらめく。

 鋭くなるばかりのその視線をよそに、先程までの悪戯そうな顔を崩したシリウス。ティラータより年上だろうと思われていた容姿に、いかばかりか訂正を入れたくなる、少年のような笑みだった。


「噂に違わぬ、堅物だ」


 そして今まで堪えていたのか、男がくく、と笑い出す。


「見た目も噂通り、小娘だ」


 ティラータの頬がヒクリと動いたかと思うと、次の瞬間には辺り一面に凍りつくような殺気が立ち込める。そして立ち上がったティラータは、鞘に手をかけた。


「……これが最後だ。シリウス、ここに何をしに来た?」


 低い声と共に、ティラータの左脇から(つば)鳴りが響く。だがティラータの怒りを買うことを承知の上だったシリウスは、素早く後方へ飛び退く。

 長身にもかかわらず素早いシリウスの動きに、ティラータはチッと舌打ちする。


「だからそう怒るなって。目的について嘘はついていない」

「なお、悪い!」


 ティラータは言うや否や、目にもとまらぬ速さで剣を抜き、シリウスとの距離を一足で縮める。そのまま右腕一本で、己の剣を相手の喉元に狙いを定めた。

 かん高い金属音を響かせて、ティラータの細い剣を受け止めたのは、装飾の施された両刃の剣。

 ティラータにとっては渾身の突きだった。しかし受け止めた男は、焦りひとつ見られない。

 だがティラータの中では、驚きよりも納得のほうが強かった。


「これ見りゃ、さすがに分かるだろう? こんな剣を打てるのはベクシーくらいなものだ」

「だから、そんなことを言ってるんじゃない! この場所にわざわざお前が出向いたわけを言えというんだ!」


 シリウスはティラータの剣を力で押しのけ、背にした楠の幹に、ひょいっと飛び乗る。そして夜空のごとく石を散りばめた剣を鞘に納めると、ティラータ全身の毛を逆なですることも忘れない。


「じゃあ、また(・・)な、レグルス」

「またじゃない、待て! シリウス!!」


 軽薄そうな笑みを最後に、シリウスは次々と枝に飛び移っていく。

 虚をつかれ、出遅れたティラータにはどうしようもない。


「待てきさま…………もう、二度と来るなっ!」


 シリウスは猿のごとき器用さで、あっという間に深い木々の奥に隠れ、ティラータはあっけなく見失ってしまった。


「なんだったんだ、あの男は!」


 ティラータはがっくり肩を落とし短く息をつくと、抜いた刀身を鞘に収める。

 二つ名を天狼星(シリウス)ではなく山猿(モナーク)にすべきだと、心の底からティラータは思うのだった。


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