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炮封の黄金獅子(レグルス)  作者: 小津 カヲル
第二章 女神ファラの豊穣祭
19/63

老人と憂い 1

 魔法障壁に穴が開けられた事件から、既に三日が過ぎようとしていた。

 結局事件は明るみにはならず、城下はいたって平和なものだ。

 この件について内々に処理することを決めたのは、他ならぬ国王ミヒャエルだった。首謀者が未だ掴めず、目的も不明のままで公にするのは、闇雲に民の不安を煽るだけとの判断だ。

 それについてはティラータたちに異存はない。

 ただでさえ閉塞感漂う国内をもり立てようと、ファラの大祭に力を入れている時なのだ。それに水を差すべきではないだろう。

 そして今は、日課となっている西の森の見回りから戻ったティラータが、カナン近衛隊長と共に国王へ報告に来ていた。


「今日も西の森、魔法障壁ともに異常は見られませんでした」

「ご苦労であった、ティラータ」


 白髪の混じった金髪が、少しだけ垂れて額にかかる。

 国王陛下の激務を想い、ティラータはやるせない気持ちになる。

 隣のカナンも同じ想いのようだった。


「陛下、ご自身のお体をお労り下さい」

「……大丈夫だ。そんなに疲れた顔をしておるか?」


 自嘲ぎみのミヒャエル王に、カナンが眉を下げる。


「陛下」

「分かった、分かった。カナンには適わぬ。そなたらの報告を聞いたら休憩を取る。それで許せ」


 シワの深い目じりを下げ、ミヒャエル王が言った。


「差し出がましいことを申し上げました。では、報告を」


 カナンは内々で調べ上げた経過を報告する。

 まず、実行犯で傷を負った者たちの行方について。城下の町医者は、三日経ってほぼ回り終えたのだが、それらしい患者は見つかっていない。残るは貴族のお抱え医師か、流れの闇医者くらいだ。どちらにしても獣傷を放っておくことはありえないだろう。


「ただ、レイチェル・リンド弓士から、気になる報告が」

「何だ、申してみよ」


 ミヒャエル王の促しに、カナンは躊躇しているようだったが、まだ確認が取れていないと前置きしつつ、重い口を開く。


「事件当日からしばらく、行方の知れない騎兵隊員がいるらしいのです。ごく下っ端の者なのですが、日頃から少々素行のよろしくない輩で、レイチェルも覚えていた者だそうです。引き続き行方を確認させております」


 ティラータは眉を顰める。

 騎兵隊は議会が指揮権を持つ為、かなり特殊な立場であり、主な仕事は式典の花形くらいだ。当然、その隊員には貴族の子息が多い。訓練所は馬場が必要になるため、剣術場とは別の場所に宿舎がある。レイチェルたち弓士隊は、その馬場の横に併設された射的場を利用するため、騎兵隊の顔や動向に詳しい。

 そういった経緯もあり、ティラータにとって最も立ち入りにくい場所が、騎兵隊だ。


「なるほど。どのような些細な事でも、ひとつひとつ確認をせよ。他は?」

「薬師殿からの報告ですが、ティラータが受けた矢に使用された毒について、入手先が判明しました」

「ほう、それは何処だ?」

「城内です」


 カナンの渋い声に、ミヒャエル王は言葉を失う。


「……それはもしかして、医務室からですか?」


 ティラータの問いに、カナンは頷く。


「鍵のかかる棚から持ち出されていたのを、昨日になってようやく気付いたと、医師達から報告がありました。単独で多量に摂取すれば毒ですが、調合次第では鎮痛作用を伴う精神安定薬として使用されるものらしいです……ですが、あまり使用頻度の高くないものらしく、無くなっても気付くのに時間がかかった模様で」


 ──苦しい言い訳だ。

 ジャージャービーンが真っ先に思いつきそうな場所だ。彼の要請を、医師たちは今まで無視していたのか。

 ティラータは憤りを通り越して呆れるしかなかった。


「……そうか。医師たちには薬の管理を徹底させるよう、余からも言い渡しておく」


 苦い表情の国王にも、想うところはあるようだった。

 それを受けてティラータが提案をする。


「陛下、薬の管理について、薬師殿に権限をお与えいただく訳にはまいりませんか?」


 しばしミヒャエル王は考え込む。


「……いや、ゲイブルズのみ特権を与える訳にはゆくまい。だからといって他の薬師にまで過ぎた権限を与えれば、悪用するものも出てくるだろう」


 ティラータの要望は、医師の膨れ上がった驕りを牽制する為には良いものであったが、用心せねば厄介が二つになる恐れに、国王は憂慮した。

 権限の名の下に、薬を出し渋り利益を独占する者がでてくれば、その不利益は民が被ることとなろう。


「はい。余計な事を申し上げました」

「いや良い。ところでティラータ、遣いを頼まれてくれまいか」


 ミヒャエル王はそう言うと、執務机の引き出しから手紙を取り出す。


「これをベクシーに届けてくれ」


 ティラータは国王の印で封じられた書簡を受け取る。


「奴は近頃ずいぶん体調がおもわしくないと聞き及んでおる。侍従長が土産を用意したと言っておったから、後でそれも受け取り届けてやってくれ」

「はい、承りました」


 ティラータは国王の心遣いに、微笑む。イーリアスに滞在する剣匠ベクシーに、古くからの友人として、国王は何かと便宜を図ってきた。

 もうそう長くはもたないだろう彼に、城の侍医を差し向け手を尽くしてくれている。


「では、私は先に失礼いたします」


 国王陛下とカナン隊長に礼をして、ティラータは執務室を出た。

 ティラータを見送って振り返ると、深い溜息をもらす主がカナンの眼に映る。


「陛下?」


 深く椅子にもたれ、国王は両手を前に組む。


「豊穣祭に合わせて、ベクシーの弟子グレカザルと、剣聖一人がイーリアスを訪れることとなった。ラプス大公国から知らせだ」

「では……代替わりが?」


 その言葉にカナンは驚きを隠せなかった。


「そのようだ。我が国の立場は、ますます厳しいものとなるやも知れぬ」

「もう一人の剣聖とは、いったい誰ですか?」

金の欠月(カペラ)のデューク・デラ・デューンだそうだ。ラプス在の白鷲(アルタイル)でないだけマシであろうが……」


 カナンの背に冷や汗が伝う。


「七剣聖が、四人ですか。何があってもおかしくありませんな」


 イーリアスにあるレグルス

 代替わりする剣匠のアルクトゥルス

 立会人としてのカペラ

 そして西の森に現れたシリウス……

 ──七剣聖が集う時、国が、歴史が動く──それはただの言い伝えだ。カナンはそう己に言い聞かせる。


「ベクシーを失い剣聖の要がラプス大公国に移れば、我が国がレグルスを封じていることについて、今まで以上に他国は非難を浴びせてくるであろうよ……」

「……陛下」

「いずれ耳に入るだろうが、今はまだティラータ(あれ)には悟られぬようにな」



◇ ◇ ◇ ◇


 剣匠ベクシーの元へ向かうべく(うまや)に来たティラータを、国王の侍従長が待ちかまえていた。


「お待ちしておりました。こちらをお願い致します」


 付き添いの者に大きな荷物を持たせた彼に、ティラータは苦笑いを浮かべる。


「ずいぶんな量ですね」

「一応、馬に乗せられる量にひかえたつもりでございます」


 この量でひかえたのか、とティラータがいつも通りに思っていると、老侍従長はにっこりと微笑んでいるので。


「……まあ、大丈夫だと思います」


 と答えるしかない。ティラータが荷を受け取ると、供の者が申し出る。


「お手伝い致しますか?」

「大丈夫です、それに近寄るとケガされますよ」


 申し出をティラータは丁重に断りを入れた。

 ティラータの愛馬はそれは気性の荒い牝馬だった。彼女にしか手綱を預けず、もし他のものが単独で乗ろうものなら、振り落とされその後ろ足で踏みつけられるのだ。

 それさえなければ、眼を見張るほど美しく優秀なのだが、この気性のせいでティラータに払い下げられた馬。

 それでも難なく乗りこなすティラータを見て、この愛馬を我が物とせんと手を出してくる馬鹿者が絶えないことに、ティラータはしばしば頭を痛めている。


「悪いな、ブランシス。今日は大荷物を運んでもらうよ」


 ブルル、と不満を訴えていたものの、次第に落ち着いたのを見計らい、ティラータは出立することにした。

 城からは四半時ほどの所に、七剣聖が要アルクトゥルスの称号を持つ、ユーリス・ベクシーの屋敷がある。

 田園を抜けると、小さな林を背に小ぢんまりとした屋敷が現れる。

 他には何もない一本道を駆け抜け、遮るものが何もない門を通り過ぎ、屋敷の正面へ馬をつける。荷を下ろしていると、屋敷の扉が開き使用人の男が顔を出した。


「ようこそお越し下さいました」

「国王陛下からの書簡と賜り物を預かって来た。ベクシーは?」


 鞍を外し簡素な厩へ愛馬をつなぐと、ティラータは男と荷を分け持って屋敷へ入る。


「旦那様は相変わらずの状況でございます。先程お目覚めになられましたので、今でしたらお話しできましょう」


 そう言いながら、男はティラータを寝所へと案内した。

 ──相変わらず、か。

 老剣匠が鉄鎚を持てなくなって、そろそろ二月となる。

 使用人が声をかけて扉を開くと、そこには質素な寝台に横たわる枯れ木のような老人が見えた。


「ベクシー、私だ。入るぞ」


 ちらりとこちらに視線を向けたその眼に、確かな生気を感じ、ティラータは安堵する。


「陛下から預かってきた」


 書簡を取り出して見せると、ベクシーは上身を起こそうとしたので、手を沿えて座らせる。

 ──こんなに小柄な老人だったろうか。

 白髪に浅黒い肌は、この国にはめったに見られない容姿。

 どういう経緯でイーリアスに腰を落ち着けたのかは、ティラータには分からない。

 筋張ったその手でティラータから書簡を受け取ると、その場で読み始めた。老人にしては太く逞しい腕は、さすが剣匠といったところ。

 ティラータは一歩下がり、手近な椅子に腰掛けて読み終わるのを待つ。

 さほど広くない寝室には、乱雑に積み重ねられた本と彼の仕事道具の一部、武具の手入れに使う道具が散乱していた。


「……大人しく寝てなかったのか」


 呟いて苦笑い。


「ティラータ」


 とても低い、少し枯れた声でベクシーが呼ぶ。


「近いうちに、グレカザルとデュークがここに来る」


 それを聞いて、ティラータは新緑の眼を見開く。


「……もう、決めたのか」


 問いかけているのか、ただ確認しているのか、どちらともつかない口調。それしか口にできなかった。


「お前も立ち会ってくれ、ティラータ。次をグレカザルに任せることは、もう何年も前に決めてある。……その時が来たというだけ」


 そう言う老人の顔が、幾分晴れやかに見えるのは気のせいだろうか。


「そうか、二人はいつ頃つくんだ?」

「大祭前には到着するだろう……デュークとは初めてだったか」


 カペラの剣聖、デューク・デラ・デューンはティラータよりも剣聖となって長い。ずい分気難しい男だと、以前聞いたような覚えがあった。


「どんな使い手だろう。楽しみだ」


 ティラータは純粋な好奇心が沸く。本気で相手となる者がいなくなって久しい。どんな剣技の持ち主なのか、と考えるだけでもウズウズする。

 ふとここでもう一人のことを思い出し、機嫌の良さそうだったティラータの眉間にシワが寄る。


「どうした?」

「先日、シリウスに会った……アレは何者だ?」


 一瞬、虚を突かれたような表情のベクシー。


「名のらなんだか? どこで会った」

「西の森だ。まったく、ふざけた奴」


 少々憤慨したティラータを見て、ベクシーが珍しく声を上げて笑った。

 だが同時に、若い男の声が割り込んできた。


「誰が、ふざけた奴だって?」

「……また、お前か」


 扉の前に立っていたのはシリウスと、足元には黒い狼。ティラータの口から出たのは、溜息だった。



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