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炮封の黄金獅子(レグルス)  作者: 小津 カヲル
第一章 忍び寄る影
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閑話1 ある魔術師の非日常的、日常

 朝靄のあける前の冷気漂う石牢の片隅で、今日も只ならぬ悲鳴がこだまする。

 ここはイーリアス城地下にある、罪人を収監する留置場。石畳は冷たく、簡素な寝具のみで過ごす夜は、たとえ初夏を迎えようとしているこの季節でも、相当底冷えすることだろう。

 明けきらぬ夜は、囚人たちの声で終わりを告げる。


「や、まて、頼む!」


 最奥の牢から聞こえるその声は、震えて掠れる。


「うふふふ、優しくしますから……」


 場違いの高い声音には、愉悦があふれる。

 灰色のフードを被ったその端々から、淡いたんぽぽ色の綿毛が揺れる。

 その手には、鋭い鉤爪のついた道具が握られており、牢に張り巡らされた鉄柱に突き立てる。

 それを見た牢の中の13人の囚人たちは、青ざめ動揺する。


「ひいいいいっ、やめてくれ」


 金属を引っかく耳障りな音が、地下牢中を響き渡る。

 ギギギギギィーーー


「何をしている!」

「ふぎゃっ」


 ペシッと場にそぐわぬ音がしたと思えば、不快な金属音が止む。

 叩かれた頭を押さえフードの人物が振り返ると、そこに立つのは青筋を立てて怒りの表情を浮かべたティラータだった。


「ど、どどどうして此処に?」


 その拍子抜けした問いに、更に機嫌を損ねたのか、憤怒の面持ちで見下ろす。


「オズマ殿、あなたこそここで何を(・・・・・)?」

「あ、あのこれは単に朝のご、ご挨拶を……」


 丸い眼鏡を持ち上げて、薄笑いで体裁を整えるが、誤魔化しきれるはずもなく。


「拷問はご遠慮ねがえますね、オズマ殿?」


 決してお願いには聞こえないティラータの物言いに、シュンと項垂れるその姿は、とても一回り年上とは思えない。

 

「おい、あんたは一昨日の……なあ、何とかしてくれよ、この魔術師」


 話しかけてきたのは、牢の中の囚人たちだった。

 比較的大きなこの牢は、まとめて多数収容でき、大きな体格のむさ苦しい男たちが容れられている。先日魔法障壁から侵入し、ティラータとシリウスによって捕らえられた者たちだ。

 ティラータは鉄格子の向こうで情けない声に振り返る。


「囚人の立場でゴチャゴチャうるさいな。ちょっと拷問好きなだけだ、害意はない」

「拷問する気って時点で、害意あるだろっ……てか、そのチンチクリンな容姿で拷問好きってなんだそりゃ!」


 何のツッコミだよ、と呟きつつ、ティラータは自分よりひと回り小柄なオズマの首根っこを掴む。


「お前たちには、然るべき手順で自供を強要される。協力次第では、彼女のように生ぬるい方法などではなく、な。」


 ティラータの言葉に、にわかに空気が冷える。


「早々に知っている事は話したほうが良いと思うが……」


 未だに背後や協力者について話さない男たちを、牽制する。

 十三人の傭兵たちはこの地下牢に入れられ取調べをうけてはいるが、芳しい情報を引き出せてはいない。

 だが、こうしてティラータが顔を見せプレッシャーをかけることで、抵抗を続けることが自分達の不利益につながると誘導できれば、と覗きに来たのだが──。

 ティラータはオズマを見て盛大に溜息をつく。


「行きますよ、オズマ殿」


 引きずるようにして、オズマを連れ出す。


「あ、あの今日は、まだ何もしていません、よ?」


 ティラータが眉を寄せる。


「……今日は、ですか」


 ということは、昨日ティラータが朝まで熱で寝込んでいたうちに、すでに来たということか。

 再び大きく溜息をついてから、地下から昇りきったところでオズマの首根っこを離す。


「あ、あははは、大したことはしてません」


 この魔術師次官殿の悪癖にはどうしたものか、と悩むティラータをよそに、オズマはにこやかに首をかしげている。その姿は本当に、鈍そうなただの田舎娘そのものなのだが。


 げんなりしたティラータが顔を上げると、廊下の向こうから珍しい人物が目に映る。


「あれは、まさかヨーゼル殿?」


 その言葉に、オズマの肩が仰々しく揺れた。


「オズマ殿?」


 オズマは顔色を青くし、丸眼鏡の下の目をビックリさせたまま振り向く。そしてそのまま固まった。


「……お師匠様、なな、なんで此処に?」


 いつもより流暢な言葉使いなのに驚いたが、その代わりに声がプルプルと震えていた。

 そんなオズマの様子を知ってか知らずか、老魔術師ヨーゼルは真っ直ぐオズマに向かって歩いてきた。


「なんと、またやりおったかオズマよ。いい加減にせぬか」


 真っ白い豊かな髭と眉毛に隠されてその表情は見えないが、オズマの震える肩から察するに、この老人はそれなりに怒っているらしいと思われる。

 彼はこの国第一位の魔術師、魔術師団主席ヨーゼル師である。齢八十にして、オズマの唯一の上司だ。

 だが、ほぼオズマに後を任せ、楽隠居を決め込むこの国の重鎮でもある。

 ティラータとは畑違いの為か、その人となりはよく知らなかったが、若かりし頃の武勇伝はいろいろと耳にはしていた。

 そんなヨーゼルは今やただの老人と噂されていた。だが、目の前の小さな老人からは並々ならぬ覇気が感じられ、ティラータには隠居爺には到底見えない。

 しかし引きこもり気味のオズマといい、このご老人といい、どうなってるんだこの国の魔術師は、とティラータは内心密かに毒づく。

 ティラータの無言の観察に気付いたのか、ヨーゼルはチラリとティラータに目を向けた。


(ぬし)にはこの不肖の弟子が世話になったようじゃの。止めてくれたことに、感謝する」

「いや、今日だけだ。既に昨日は手遅れだったようだが……」

「そうか」


 それだけ言うと、オズマのほうに向き直る。

 腰を曲げて更に小さいはずの老人が、小柄なオズマよりも大きく見える。そのせいでティラータはついつい助け舟を出してしまう。


「穏便になさって下さい、彼ら捕虜の移送をオズマ殿に依頼したのは私です。それに魔術の解析も、オズマ殿の働きがなければ、往生していたでしょう」

「なに、それもこれの仕事、お主が庇うことありはせん。それに、隙を与えたこやつのミス」

「……隙?」


 ヨーゼフの言葉の意味を理解できず、ティラータは続く言葉を待ったが、意味深に笑っただけでそれ以上老人が説明することはなかった。


 結局オズマは青い顔をして俯いたまま、ヨーゼル師の後をついて帰っていった。

 彼女の弱点は、孤児であった幼い娘を拾い養い、魔術師次官にまで育て上げた師匠のようだ。


 ティラータはそんな師弟の後ろ姿を、複雑な表情で見送っていた。



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