表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
炮封の黄金獅子(レグルス)  作者: 小津 カヲル
第一章 忍び寄る影
15/63

思い出と守りたいもの 4

 勝手知ったる他人の部屋……と言わんばかりに失礼な態度で、ボルドは了承も得ずに、ずかずかとティラータの部屋に入る。

 そして入ってすぐの椅子にティラータを降ろすと、中から扉を閉めた。

 僅かに見せていた不機嫌さも失せ、無表情のボルドに不満をぶつけ損ない、ティラータは黙って座っているしかない。


「何故、姫と私が怒っているのか分からない、といった様子ですね」


 ボルドの言葉に、これは少々まずいかもしれないと、ティラータは身を窄ませる。


「休憩どころか、食事もろくに取ってませんね?」

「……あ」


 忘れていた。

 短いその反応に全てを悟り、ボルドが深い溜息をつく。


「何か用意しますから、あなたはここで待っていて下さい」


 そうしてボルドは部屋を出て行った。

 ほう、と一息ついてティラータは窓の外を見る。何故だかとても久しぶりに自室に帰った気がしたからだ。

 さほど大きくもない窓は、テラスなど付いておらず、明かりを取り風を入れるのに必要な程度のものだった。

 その窓の下はまるで断崖のように遥か下まで何も無く、塔に囚われているかのように錯覚する造りだ。

 そこからの眺めは素晴らしく、昼間であれば城下街を一望でき、なおかつ西に広がる森と魔法障壁の一部が目に入る。

 部屋は二間続きで、寝室と居間に分けられていて広い。剣術を尊ぶイーリアスの剣術師範長とはいえ、どの部隊にも所属せず一介の剣士でしかないティラータが、城の中でも王族に近い場所に部屋を与えられているというのは異例だった。

 この事実もまた、ティラータを忌まわしく思う者や身分に拘る者にとって面白い筈もなく、彼女の立場を一層厳しいものにしていた。

 ティラータはボルドが戻るまで、特に普段と変わりなく身支度をして待っていることにした。

 腰の剣を外して汚れを拭い、手入れをする。そして思い革のブーツを脱ぎ、荷や小道具を外して用意してあった水で簡単に手足を清める。

 楽な服に着替え終わったところで、ボルドが戻って来た。


「食事を用意したので、ちゃんと食べてください」


 いつも通りの様子に戻りつつあるボルドに、ティラータは少し安堵して席についた。


「ありがとう、ボルド。」


 素直に礼を言い、小さなテーブルに置かれた食事に手をつける。

 部屋には小さめのテーブルと椅子が一組しか無く、ボルドは部屋の片隅に置いてあった武具を入れる木箱に腰を下ろした。

 ティラータのほうは、それを見てまだ説教が続くのかと苦笑した。


「解放されると思っていたんですか?」


 ボルドも苦笑い。


「……ゆっくりでいいですから、ちゃんと食べてください」


 重ね重ね言われる。

 さして会話もなく、ティラータは食事をし、ボルドはといえばそんなティラータを見つつ、何か考え事でもしているようだった。

 ティラータはふと思う。

 近頃は本当に忙しくて、この男とはゆったりと過ごす事は稀になってしまったと。

 お互い口数が多いほうではないので、一緒にいても特に何をしゃべるでもない。だけどその沈黙がかえって心地よいと、いつも感じていたことを思い出す。

 だからか思いのほかリラックスして食事ができ、口元も自然と綻ぶ。


「何をにやけているんですか?」


 ボルドはそんなティラータの表情に気付いたようだ。


「……何でもないよ。まだ怒っているのか?」


 怒気は感じられないが、硬い表情は完全には崩れていない。


「……自分は万能ではない。と日頃言っていたのは誰でしたか。休まねば隙をつかれるし、思わぬミスもします。そうなって後悔したくないのなら、せめて食事くらい取るべきですね」


 やぶへびだったか……とティラータは目を逸らす。だがボルドの指摘はもっともである。だから小さな声でつぶやく。


「心配かけて、すまなかった」


 この男とアシャナ姫だけだ。ティラータの心配をして、こうしてわざわざお節介をやくのは。

 だから、逆らえないのだった。

 

「食べ終わったのなら、もう休んでください」


 ボルドは追い立てるようにして、ティラータを寝室へ行かせようとする。


「え? あ、いやまだ早いし。丁度いいからお前が居るうちに明日の打ち合わせをして……うわぁっ」


 ティラータは再び担がれたと思うと、そのまま寝室の方へ運ばれる。

 またかと嘆く暇も無く、今度はベッドに下ろされた。

 見下ろすボルドは、怒りよりも呆れ顔だ。


「休んでください。縛りつけられたくなかったら、今すぐ」


 有無を言わせない強さだった。


「……分かった」


 ティラータは諦めて素直にシーツへと潜りこむ。

 ボルドが居間に戻ったので、ようやく解放されると安堵していると、すぐに戻ってきた。


「ボルド?」


 ティラータの額に冷たく濡らした布を置く。


「熱、結構ありますよ、本当に心配させないで欲しい」


 そんな風にされ、じっと見つめられると、観念するしかない。


「……分かった」


 ティラータは額に気持ち良い冷たさを感じながら、目を閉じる。

 ──変わらない。

 子供の頃から、本当に困ったときは同じ顔をしていたな。ティラータは記憶をたどる。


「ボルド」

「何ですか?」

「お前も休んでくれ。昨日、あまり寝ていないのだろう?」

「大丈夫です、ちゃんと交替で休憩してますから」

「ボルド」

「?」

「早く戻ったほうが良い。あまりここに長居すると、明日から私が女官たちにイビられる」


 目を伏せたままで笑う。


「……何ですか、それは?」

「レイチェルによると、お前は城の女官たちに人気があるのだそうだぞ? 私はいらん事で女達に苛められるのは御免被る」

「……はあ」


 ボルドはバツが悪いのか、顔を背けて照れを隠す。

 すると、そのほんの一瞬でティラータは寝入ってしまっていた。


「ティラータ?」


 呼びかけてもピクリともせず、深い眠りについたようだ。

 ボルドは安心して、肩の力を抜く。

 そして再び冷たい水で絞った布を、額にかけなおし、ボルドはティラータの様子を暗がりの中で覗き込む。


「……」


 首筋に手の甲を当てると、部屋に連れて来た頃よりかは幾分ましだが、まだ熱が高い。

 ボルドは目を細め、首筋に当てた手を滑らせ、頬を優しく包み込む。

 安らかな寝息に安堵し、そのままそっと離れ、名残おしそうに寝室を後にしたのだった。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ