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炮封の黄金獅子(レグルス)  作者: 小津 カヲル
第一章 忍び寄る影
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思い出と守りたいもの 2

 趣味の拷問の機会を失って、ぶつぶつと妄想に浸るオズマを捨て置いて、他のメンバーは今後の対策について話し合っていた。

 まず、ティラータはオズマを連れ西の森へ戻り、彼女の魔術で捕虜たちを回収する。

 その間にカナン隊長が陛下への報告を済ませ、ティラータが戻り次第捕虜たちから出来るかぎり情報を引き出すのだ。

 だが近衛よりも動きやすいレイチェルと薬師が分担して、怪我の治療をした医師などを探し、その情報から障壁へ石板を埋めた実行犯を洗い出すことになった。

 その変わりにボルドは暫くはアシャナ姫に付きっきりになる予定だ。魔法障壁を切り崩そうと考える輩であるならば、国王とそれを継ぐ姫を排したい反国王派である可能性が強い。

 特にアシャナ姫は、陛下の代わりに魔法障壁への祈りの儀式を努められる唯一の存在である。

 そんなアシャナを心配し、常に側で守りたいのがティラータの本音だったが、四六時中そばに居られるわけではない。よって近衛以外で信頼できて、女性であるが故により近くで警護ができるレイチェルやオズマ、また特例としてジャージャービーンを大いに当てにしているというのが現状だ。

 そういった経緯により彼女たちは、交代でアシャナ姫の側につめて守りを固めることになった。


 それぞれが確認しあい、オズマ次官を伴い立ち去ろうとしたところでティラータは、薬師に呼びとめられた。


「お待ち、この筋肉バカ娘」


 それはもしかして私のことか──と少々いぶかしみながらティラータは足を止める。


「治療くらいして行きなさい。その傷で大立ち回りしたんでしょう?」


 薬師は座れと言いたいらしく、呆れ顔で椅子を指し示す。

 ティラータはオズマを待たせて、大人しく従う。


「傷なら大丈夫だと思う」


 淡々とそう言うティラータに、そんなの見てからよ、と包帯を解こうとしたジャージャービーンの手が止まる。


「……あんたこれ、誰にしてもらったの?」


 今朝自分が巻いたものでないことに気付くが、しかしティラータが自分でやったにしては丁寧すぎる巻き方だった。

 ジロリと自分を見る薬師から、ティラータは僅かに視線を逸らす。


「……シリウス」

「はあ?」


 手早く包帯を解き、その傷跡を見て薬師が再び素っ頓狂な声を上げる。


「なに、コレ……」


 部屋を出て行こうとしたレイチェルやボルドまでこちらを窺う。

 ティラータはバツが悪くなって顔を背ける。


「縫われた」


 ジャージャービーンの顔が歪む。


「縫われたあー? 誰に!」

「だから、シリウス」

「いつ?」

「……大立ち回りの前」


 薬師はティラータの腕を食い入るようにあちこちから眺め、言葉を失う。

 それからようやく何か納得したのか、塗り薬を取り出すと布に付けて腕に当て、再び包帯を丁寧に巻きなおした。


「ありがとう」


 素直に礼を言い、これで用は済んだと思ったのだが、ジャージャービーンが続けた。


「後でもう一度ちゃんと診せて、詳しく聞かせなさいよ」

「ああ、分かった」


 詰め所をオズマと連れ立って出ようとすると、ティラータは何やら言いたげなボルドと目が合う。

 しかしふいに視線を外され、何も言わないボルドを素通りして、二人はそのまま急いで城下へ向かったのだった。

 ティラータとしてもそれ以上の追求が無いことに、実はとても安堵していた。

 正直、泉での出来事は伏せておきたかった。

 ──特にこの身体の紋章をあの男に知られたことは──



 一方、近衛隊長アズール・カナンは重い足取りで国王の執務室に向かっていた。

 城の上階にあるそこは、カナンにとって最も詰めることの多い場所だ。

 その政務室が見えると、カナンの穏やかな顔が一変する。

 執務室の前で、部下の近衛兵がその扉を開け何者かを通しているところだった。

 その者は貴族らしい華やかな衣装を身に纏い、だが上品に落ち着いた貫禄ある中年男性。執務室を出るとカナンに気付いたのか足を止めて待ちかまえていた。

 いつものような穏やかな表情に戻っていたカナンは、その人物の前で恭しく頭を垂れる。


「ユモレスク伯爵、お帰りですか?」

「お前にも会いたかったところよ、カナン隊長」


 ユモレスクと呼ばれたこの男、政でかなりの勢力を握る実力者だ。

 ガレウス・ユモレスク伯爵。

 身分も実力も備えたこの男は、彼の人──王弟アレス公の後ろ盾でもある。


「昨夜の騒動は聞き及んでおる。陛下のご心配の種は早々に摘まれるよう、私からもお前にしっかりと頼まねばと思っておったところだ」

「は、只今最善を尽くしております」


 カナンは鼻白みながらも、そう言って再び頭を垂れる。


 近衛の指揮権は陛下にある。

 議会の中枢を握っているこの男であろうと、どうこう出来るものではないことは理解しているのだろう。だからこそ、陛下を心配するという立場を盾にしつつ、『頼む』という言葉の中に数々の思惑を乗せてくる。


「期待しておるぞ……おお、そうであったカナンよ。人手が足りねば特別に、優秀な我が騎兵隊を貸し出すこともやぶさかではないが」


 相変わらず威厳を放ったままそう言う伯爵に、カナンは涼しい顔で応じる。


「それには及びません。じきに首謀者を捕らえられるでしょう」

「だとよいがな」


 無碍もない断りの言葉を特に咎めはしなかったが、皮肉にも取れる言葉を言い放ち、ユモレスクは帰ってゆく。

 彼の言う騎兵隊とは、議会の息がかかった部隊だ。

 伯爵を見送り、やれやれとカナンが一息ついて振り返ると、執務室前で警護する二人の近衛が苦々しい顔で立っているのに気付く。

「些細な事で感情を面に出すな。近衛の仕事を全うしろ」

「はっ」


 二人の若い近衛はハッとして姿勢を正し、顔を引き締める。

 それを認めてから、執務室の扉を叩き入室を告げる。すると、内の侍従長がカナンを確認して招き入れた。


「陛下、近衛隊長のカナン殿が参りました」


 内扉をもうひとつくぐると、王室の居室や謁見室に比べると質素でこぢんまりとした、国王の人柄を思わせる執務室に辿り着く。

 大きな執務室の机に向かい、イーリアス元首、ミヒャエル国王が書類に署名しているところだった。


「カナン、報告せよ」


 カナンは机の前に立ち、一礼する。


「陛下、人払いを願います」


 その言葉に、ミヒャエル国王は筆を止めると、白髪交じりの眉毛を上げ、ブルーグレイの瞳をカナンに向けてくる。


「──侍従長」


 後に控えていた老侍従長は頷くと、他の侍従と警護の近衛を伴って、先程カナンの入ってきた続きの間へと退いた。


「申せ、カナン」

「今日、西の森で魔法障壁が一部破られました……」


 報告を聞いたミヒャエル王は、しばらく黙って深く刻まれた眉間の皺をそのままに目を閉じる。


「先程……二時間ほど前か、尋常では無い大きな揺らぎはそれ・・であったか」

「お気づきでしたか」


 カナンは少し驚いた表情をする。

 国王はずっと城にいたというのに、そんな僅かな変化も感じ取れるのか、と言いたげだ。


「ティラータはどうした、あれの管理は任せてあるはず」


 報告の場に居ないことを考えれば、まだ何かあるということくらい、国王は容易に察する。


「彼女はその折に捕らえた者たちを運ぶため、魔術次官のオズマを伴って再び西の森へ向かっております。じきに戻りましょう」


 カナンは国王に促され、ティラータから受けた詳細を初めから話す。

 始終厳しい表情で報告を聞いていた国王は最後にひとつ頷くとカナンを労わる。


「ティラータには城に戻り次第、報告に来させます」

「怪我はもう良いのか」


 ティラータの心配をする国王に、カナンは微笑みで応える。


「どうやら、心配はないようです。森でシリウスに傷口を治療してもらったようで、傷は塞がりつつあるそうです」

「ほう、シリウスがな」


 国王は少しの間遠くを見たまま考え込んでいる。

 しかしすぐに何かを悟ったかのように、静かに笑い声を立てた。


「陛下……?」


 ここのところ滅多に笑うことすらしなくなった主の変化に、長く仕える近衛隊長は驚きを隠せない。

 副隊長時代を含めて国王の側にいるようになって、早十二年。様々な出来事を近くで見てきたカナンですら、今のような王の晴れ晴れとした笑顔は、そう多くはない。


「そなたの思う通りに対処は任せる。それとティラータが動きやすいよう、配慮もいつも通りにな」


 国王は落ち着いた口調に戻っていた。


「畏まりました」


 カナンは敬礼をして王の執務室を後にする。

 カナンは久しぶりに見たミヒャエル王の笑い声に、主がシリウスについて何か掴んでいるのかもしれない……そう思わずにはいられなかった。

 イーリアス国王は猛々しさこそ無いが、賢王である。

 長く仕えるカナンにも、王の深い考えは読めないことがままある。

 ミヒャエル王は民の様子も貴族達の動向も、諸外国の情勢なども感心するほどよく知っている。シリウスについての情報もまた、国王ならではの情報網で何かつかんでいるのかもしれないとカナンは考えた。

 その情報源のひとつが、七剣聖の要であるアルクトゥルスのユーリス・ベクシーであるのはカナンのよく知るところでもある。

 ひと癖もふた癖もある鋭い眼をした老人を思い浮かべて、肩を(すく)める。




 ティラータは西の森までオズマを同乗させ、泉まで来たところだった。


「オズマ殿、ここで馬を降りて徒歩で行くことになる」


 華奢で頼りなげな魔術師は、ティラータに手伝われておっかなびっくり馬を降りる。


「な、なな何ですって! あるき、ですか……」


 がっくりと項垂れる。

 ここまで馬でありながらも、険しい森の中、揺れる馬上でぶるぶると震えながら来たのだ。

 常日頃、引きこもり生活をしているオズマにとって、それだけでも相当な重労働であり、既にその顔には疲労の色が滲み出ている。


「やはり、少し身体を動かされたほうが良いな、オズマ殿」


 ティラータは呆れ気味で馬をつなぐと、渋るオズマを引き連れてさっさと森へ入る。

 密林と表現してもよいそこは、動物と植物でひしめいている。


「っひいいいぃ」


 落ち葉を踏みしめれば虫達が這い出て、枝葉をかき分ければ幹には蛇が巻きついていたりする。

 当然、さほど遠くないところから狼の遠吠えも聞こえてくる。


「よ、よくこんな所へひとりで来られますね」


 オズマの問い、というか悲鳴のような言葉にティラータは苦笑する。

 慣れたというより、こちらの方が性に合っているのだ。

 蛮族は森の民だ。

 森で生まれ、森で生き、生涯森から出ることは無い。

 その血が半分とはいえ蛮族である自分が今、人の中で暮らしていることのほうが、特殊なのだと思っていた。


「ティラータ殿?」


 オズマは自嘲するティラータが何を考えているのか分からず、何か自分が悪いことを言ったのだろうかと首を傾げる。

 ティラータはそんなオズマの気持ちを悟り、話を変える。


「こんな所だからな、あの者たちにとっては既に、拷問にちかい。オズマ殿が何もしなくとも、あなたが楽しくなる状況だろう」


 オズマがふいに足を止める。


「……どうした、オズマ殿?」


 俯いていたかと思えば、ふいに顔を上げてニヤリと笑う。

 その眼は恍惚として、彼女らしからぬ不敵な表情だった。


「……」


 少々まずいことを言ったかもしれない、と思うティラータ。


「うふふふ。さ、先を急ぎましょう」

「……そうか」


 まあ、やる気が出たのならいいか、とティラータは納得することにした。


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