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炮封の黄金獅子(レグルス)  作者: 小津 カヲル
第一章 忍び寄る影
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思い出と守りたいもの 1

 シリウスとは泉で別れ、ティラータは愛馬を駆ってイーリアス城への帰路についていた。

 相変わらず厚顔な態度のシリウスに、今回は助けられた形になったが、未だその正体を明かさない男にティラータは完全に気を許した訳ではなかった。

 それでも剣聖という立場である以上、敵に回ることはないだろうと思い直しつつ、左腕の妙に丁寧に巻かれた包帯を見る。

 あれほどの立ち回りをしたにもかかわらず、傷口が開くことはなかった。

 ──取り入れるべきは取り入れる。

 薬師を通して、新しい医療技術の情報を得ることを心に決めるティラータだった。


 城下を駆け抜け、城門をくぐり馬を休めると、ティラータは剣術場へと急ぐ。

 既に約束の正午を過ぎようとしていた。

 西の森での事件をいち早く報告せねばならないが、その相手が剣術場に揃っているのだ。陛下への報告が後回しになってしまうが、まずはカナン近衛隊長に会うのが先決と判断した。

 足早に城内を行くティラータを、すれ違う文官や侍従たちが怪訝な顔で振り返るのだった。



 その頃剣術場では、集まった珍しい面々が、たまたま居合わせた下っ端の兵士達を無駄に緊張させていた。

 詰め所にはいくつか粗末な椅子と机が置かれており、最奥には近衛隊長カナンが座り、背もたれに身を任せて静かに目を伏せている。その脇には副隊長であるボルドが立って控える。

 反対の壁際に、おずおずと挙動不審な宮廷魔術師団次官、アレルヤ・オズマが立つ。その手前の椅子に、優雅に足を組んで座るのは、弓射隊随一の使い手である、赤毛の女戦士レイチェル・リンド。椅子の肘掛に頬杖をついて、退屈そうだ。

 そして渋い顔をして、詰め所の中を冬眠前の熊のようにウロウロと歩き回っているのは、国王の信頼を得る天才薬師、ジャン・ジャック・ビーン・ゲイブルズ。

 そこが単なる鍛錬場の休憩所とは思えない、顔ぶれである。


「……ちょっと、あの娘まだ戻って来ないの?」

「心配なのは分かりますが、もう少し待ちましょう


 ボルド副隊長は苦笑いを浮かべながら、ジャージャービーンをなだめるのだが、薬師はボルドをキッと睨みつける。


「傷だって昨日の今日よ、塞がってないんだからね。これだから体力馬鹿は面倒なのよ!」


 送り出したのが己である手前、薬師は気が気でない様子だった。

 ぶつぶつと文句を言いながら、落ち着かない様子の薬師を、赤毛の弓士レイチェルが面白がって煽る。


「ねえ、本当にティラータひとりで行かせて大丈夫だったのかしら。あなたたちの話を聞くと、今日西の森で何かしら起きる可能性のほうが高いわ。しかも、彼の方絡みの……何かあって手間取っているとしたら」


 切られた言葉の続きを想像して、ジャージャービーンは色を失くす。

 そんなやり取りを部屋の隅っこで壁を背にして見守っていた、灰色のマントを羽織る小さな影がピクリと動く。


「……どうした、オズマ次官?」


 ずっと黙っていたカナン隊長が、何かに反応した様子の小さな魔術師へ問う。だが魔術師はあたふたと、手振りも大げさに挙動不審な動きだ。


「あ、あああの、えっと」

「落ち着きなさいよ、アレルヤ」

「すすす、すみません」


 自分のことは棚に上げ、薬師が呆れ声をかけた相手は、イーリアス宮廷魔術師アレルヤ・オズマ。

 ふわっとしたタンポポ色の髪を無造作に束ね、小さな厚い丸眼鏡をかけた、これまた小さな背丈の少女(・・)は、イーリアス第二位の実力を持つ魔術師だった。

 見た目より年は重ねているはずだが、いつまでたってもアガリ症が治らず、滅多に表舞台には現れない。


「で、どうした?」


 カナン隊長が促す。


「あ、はい……し、師範長殿は今、城に入られた、よ、ようです」


 一同が魔術師次官をまじまじと見る。


「す、すすす、すみません、わ、私何かいけないこと言……」

「それは本当ですか? どうしてそのような事が分かるんですかオズマ殿?」


 ボルドは驚きのあまり、彼女が言い終わらぬうちに聞き返していた。


「あ、あの……私、魔術で魔力の位置が、分かるんです。そ、その、彼女は特徴があってですね……見つけやすいといいますか、その」

「アレルヤ、あんた凄いじゃない!」

「ひいいいぃっ」


 ジャージャービーンの感嘆の声にすら、ビクリと身体を震わせ、悲鳴を上げるオズマ次官。

 丸眼鏡の奥のすみれ色の瞳が潤み、涙を浮かべて狼狽する。


「では、無事のようだからもう暫く待つとしようか」


 カナンがそう判断し、泣きそうなオズマを解放してやれと、ついでに薬師に告げる。


「相変わらずね、アレルヤは、ふふふ」


 オズマの窮地を、レイチェルは心底楽しそうに笑うが、ボルドは感心しきりだ。


「しかし、本当に凄いですねオズマ殿。他の者も同様に所在が分かるんですか?」

「あ、はい。い、いいえっ」


 オズマは滅多にない褒め言葉に、赤面しながらあたふたとする。


「ボ、ボルド副隊長殿は分かりません……すみません。あの、魔力を持っている方しか……」

「えーと、それは彼女が魔術を使える、ということですか?」

「い、いいえっ、ち、違うんです、その、潜在的素質、という意味で内在している魔力で、充分です。た、たとえば、魔術師の子供とかで、将来魔術を使えるようにならなくても、ちち、血に伝わる、魔力があれば……ある程度は」


 聞き返したボルドへの説明に、感心した一同。


「ねえ、カナン隊長? それってつまり……すごく助かるのではないですか? 護衛とか」


 レイチェルが複雑な表情でカナンを振り返ると、少し考え込んで口元を引き締める。


「ちょっと聞きたいのだが、オズマ次官?」

「はっはい、ななな何でしょう、カナン近衛隊長殿」


 竦み上がるオズマ。何か拙いことでも言ったのだろうか、と青ざめている。


「その能力は、いつから?」

「ええと、最初から……デス」

「最初? 最初とは、まさか宮廷魔術師に取り立てられた、十年も前からかね?」


 カナンが身を乗り出して問うと、勢いに押され壁に埋もれそうなほど押し付け、がくがくと首を縦に振る。

 それを唖然と見ていたかと思うと、カナンは額を手で覆い、宙に浮いた腰を下ろす。


「……あ、あのぉ、主席魔術師ヨーゼル様も、ご存知です……よ?」


 おずおずと小さい声で弁解する。

 ──ヨーゼル師。

 一同は大きく溜息をつく。

 オズマがひとり首を傾げる。

 主席魔術師は齢八十を超えた、言っては何だが見た目はヨボヨボの爺様だ。ヨーゼル師は耳も遠く、オズマが城に来た十年前……いやそれよりも前から、ボケていると噂されているくらいの御仁だった。

 なるほど伝わらない筈だ、という虚しい空気が部屋全体に広がり、微妙な沈黙がおちる。

 するとそんな微妙な空気を破るかのように、何も知らないティラータが勢い良く入って来た。


「遅れて申し訳ない……どうしたのだ?」


 ティラータはキョロキョロと静まり返った皆を見回す。

 真っ先に我に返るのは薬師だった。


「ちょっと遅いわよ、あんた。何かあったの?!」


 ティラータはマイペースに一同の顔を見渡して、詰め所の扉を後ろ手に閉めた。その姿に答えを悟り、ボルドが呟いていた。


「……やはり何か、あったんですね」




 ティラータは先程西の森での出来事をかいつまんで説明する。

 シリウスとのやり取りは、一部を省略して。

 何者かが魔術を用いて魔法障壁に穴を開けることに成功した事。

 それを待ちかまえるように『外』から傭兵らしき武装集団が入り込んだ事。

 これらはこの国の在り方を根底から覆すような事項だ。渋い表情でティラータの報告を聞いていたカナンが沈黙を破る。


「それで、障壁を破る手引きをした者たちは、どうしたのだ」

「はい、その者たちは私は直接見ていないのですが、シリウスによると──」


 その名に、皆、驚きを隠せないでいた。


「またシリウスですか」


 彼の狼がつけた印のことを話す。


「確か、先日も西の森に現れたと聞いたが……君はそのシリウスをどう見ている?」


 カナンが問う。


「剣聖のひとりである事は間違いありません。ですが、私にはまだその正体はつかめず……しかし極端な立場を取ることはないかと。後日、剣匠アルクトゥルスのベクシーに確認したいとは思っていますが」

「ふむ……分かった。そのシリウスとやらは君に任せる。皆もシリウスの存在は漏らさぬこと。では、我ら近衛はその傷を負った男達の捜索を引き受けよう。人の口は塞ぎようがないからな、どこかしらで情報が得られるだろう」


 カナンは副官に目配せすると、了解したとボルドは頷いて見せた。


「次は、その障壁に穴を開けた方法だが」


 ティラータはオズマの前に、割れた石版を置く。


「効果としては、短時間だったが人ひとり通り抜けるには充分だった。待ちかまえて次々潜り抜けられれば、それでも相当数が侵入できるでしょう」


 オズマは、引き寄せられるように近づき、石版を手に取る。

 そしてぶつぶつと呟きながら魔方陣らしき紋章の解析を始めたようだ。


「魔法障壁の中和は、こちらが見ていた限りでは突然だった。発動条件が分かれば、今後対処しようがあるが……」


 『また会おう』と言った男の言葉が、ずっとティラータの頭に残っていた。そう言ったからには、当てがあるとみていいのだろう。

 オズマは石版から顔を上げる。


「こ、これは、少しお時間を、い、いただきたいです」

「それとは別に、オズマ殿に頼みがあるのだが」


 頷いてみせてすぐに返すティラータの言葉に、オズマは眼鏡を支えながら首をかしげる。


「……何でしょう?」

「西の森に捕らえてある庸兵十三人を、城まで運んでもらいたい」

「は、はい、お安い御用です。……あ、ああああの、ティラータ殿、わわ私からも、お願いが」


 もじもじとするオズマに、一同が嫌な予感に顔をしかめる。


「そ、その方たち、あの……」


 オズマの厚い丸眼鏡が光る。


「ご、拷問しちゃっても……良いでしょうか?」


 その言葉に、カナン隊長は冷静な顔に青筋を立てる。

 副官ボルドは眉を八の字に下げ、赤毛の戦士レイチェルは妙に上げた口角をヒクつかせる。

 そしてジャージャービーンは、もじゃもじゃを掻き毟りながら。

 そしてティラータは溜息をつき、声高に言う。


「だ・め・だ!!」


 気が小さい癖に何故か拷問好きの、少女のような魔術師次官は、小さく呟く。けち……と。

 だが幸いにも、その声は誰にも届かなかったようだった。


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